第 41 話 人工知能感情部門開発研究班 ―壱―
時は僅かに遡る。
帽子に入れたハク搭載のスマホを利用して難を逃れたはいいものの、彼女が明かした『縁』の効果が続く限りは、どこに逃げようともいつかは追いつかれる。なまじ魔法の知識があるからこそ、香織はその確信が深かった。どうせ居場所が見透かされるのならば、こちらからあえて接触を図るべきではないか、と思いもしたが、相手が戦闘のプロたる『
途中、別にブースに続く扉や脇道が現れ、香織の好きな駄菓子ブースにも通りがかったが、立ち寄るようなことはしなかった。どこもアスレチックブースと同様に袋小路なのもそうだが、計画も練れていない現段階で走りを止めると唐突に不安が頭をせしめてきそうで恐ろしかった。
【相変わらず、『あの連中』と同じ穴のムジナとは思えない運動神経ネ】手中にあったスマホから、ハクが呆れたように言葉をかけてきた。
「ハク、さっきはありがとう」走りながら、香織は息ひとつ切らさず感謝を口にした。
【別にアレぐらいお安い御用だけさ。これからどうするつもりなワケ? 衝動的に飛び出しちゃっただけで、この後はなにも考えてないのが正直なトコロ、って感じ?】ハクの分析は、あった事実をそのまま述べているのかと思えるぐらい、的確に香織の心情を言葉にした。
「……どうしたらいいと思う?」色々と思考を繰り返した香織はパンク寸前だった。
【人の助けを借りることネ】ハクはスパッと言い切った。
「それは駄目」香織もスパッと言い返した。「それじゃあ、ボクがあそこで彼女を出し抜いた意味がない」
【逆に、そこまで巻き込みたくないなら大人しく捕まればよかっただけでしょ】
「そ、それはそうだけど……」
【でも、かおるンはそうしなかった。そうすることで、あの変態の足を引っ張ることも嫌だったから。だから、人払いの魔法がかかった領域内で逃げ遂せる道を選んだ。そういうことでショ?】
「んー…………」ぐうの音も出ないほどに図星だった。敵わないなあ、と笑いながら呟く。
無策に走り続ける香織だが、ただ一点、絶対に踏み込もうとしない道があった。
それは、民間人達の避難先である。この騒動の影響を受けて、シェルターで暮らしていた民間人は自衛隊員達に先導されて一箇所に集められている。香織は、そこやその付近には行かないように、そこだけは気を付けていた。
【自分でも解ってるんでしょ。今回のことは自分一人じゃどうにもできない。一番賢いのは、他人を頼ることだ、って】
「それはそうなんだけど」
【だったらサ、素直に頼るべきなんだって。言っとくケド、これはAIだからこそ出せる結論とか、最適解とかじゃないからネ。人情的にも、そうすべきだという答えが出てるんだから】
「……ふふ」
【なんで笑ってんの?】
「だってそれ、難しい言い方で誤魔化してるけどさ――ボクのことを心配してくれているハクの意見ってことでしょ?」
【――――ッ!?】途端、画面のシーサーが大きく歪む。こういうとき、動揺などの感情が隠せないのは可哀想だなあ、と思う香織だった。
香織がハクとファーストコンタクトを果たしたのは、『人工知能感情部門開発研究班』として所属してから二ヶ月も経たないうちだった。
自律型AI『ハク』は研究班にとって至上の発明と言え、その希少価値と機密性も他に類を見ない。
そんな一級品を二ヶ月程度で触れていい許可が降りたのは、香織の素行の良さと研究に対する熱心な姿勢が評価されたからだった。
女子高生のような口調で喋るシーサー、という個性しかないAIに最初は戸惑いを覚えた香織だったが、話をするうちに、段々と自分を理解していき、最終的に遠慮がないぐらいまでにグイグイと物を言ってくる彼女の在り方は、発明品やAIの試行を行う作業というよりも、友達と駄弁る感覚が強くなり、次第に友情さえ抱くようになった。
もっとも、それは香織の一方的な思いでしかなく、人の裏側が確かめられないように、ここまで感情に理解を深めたAIの本当の気持ちを知ることも不可能に近かった。
だからこそ、こちらを本気で心配してくれている彼女の言動は素直に嬉しかった。
「ハクの言い分も解ったよ。だから、こうしようと思う」
【……どうするつもりなワケ?】
「ひとまず、自分の力でどうにかできるか一回試す」それは、香織らしいなんとも単純な結論だった。「それで駄目なら、ハクに連絡を頼むよ」
【本当に大丈夫なワケ?】ハクは素っ気ない言い方をするが、ミデアに近付こうとする香織を気遣っているのは明らかだった。【ていうか、アタシが連絡役って、まさか……】
「そうだよ。もしものときは、あの人達に頼ることにするよ」
【アイツらが来てどうにかなるのかな】
「それこそ、大丈夫だよ。あの人達の凄さは、見習いのボクより、ハクのほうが知ってるでしょ?」
現在 地下シェルター 倉庫
「世界研究機構いのべーしょおん……?」ミデアは胡散臭いものを見つけたように言った。
「なんや、僕よりソッチに興味持つんかいな」それはそれで悲しいわ、と突然現れた男は唇を尖らせた。
大量のレトルト食品や缶詰を詰めた、内部を常温に維持した黄色いコンテナの上から登場した男の名は、
香織がここに逃げるまでに、もしものことがあれば頼ろうとしていた人達の筆頭だった。
最初の不意打ちに加え、二打目の蹴りが柔術にいなされてしまった彼女は、自分一人でこの場を突破することを諦め、素直に彼らに助けを求めることをハクに頼んだ。そして、彼らが到着するまでの時間を、この倉庫内で稼ごうと無謀な鬼ごっこを続行することにしたのだが――――
――まさか、先回りされちゃうとはね。
もちろん、『縁』で居場所を把握されていることは把握していた。だからこそ、それを意識しながらルートを選択しているつもりだった。ミデアに先回りをされないような、彼女が後ろから追いかけるしかない、なるべく通ったことのない道を選んできたつもりだったのだが、
ミデアの先を見通す『天賦の
「初対面とはいえ、可愛い女の子に興味持たれへんのはちょっとショックやわ。おじさんショック。トルコショックや」
「なに? もしかして私のことを口説きに来たのかなぁ? だとしたらお生憎様、その真っ白な羽織りをつけている限り、私が君に振り向くことは永劫にないと思うよぉ。科学者にロクな人格をした輩がいないのは、色んなアニメで学んできたからねぇ」
「アニメて。これまた、むっちゃ異世界生活満喫しとる『
軽口に軽口を返す応酬。一見、雑談の域を出ない二人の会話だったが、少なくともミデアは違った。彼女の普段の様子からは考えられないほどに警戒心を剥き出しにし、頭上で仁王立ちをしている井上理を睨むように凝視していた。
それでも右手でしっかりと構えた拳銃の矛先は、二人の顔に視線を行ったり来たりさせている香織から離す気配は微塵もない。突然現れた未知の男の一挙手一投足に注目しながらも、
「で? また答えてもらってけどないけどぉ」いつでも引き金をひく準備ができているミデアは、井上理との会話を続行した。「世界研究機構『Innovasion』、ってなんのことなのかなぁ?」
「なんや。そないに気になるんか、世界のことが」興味深そうに井上理は言った。「まあ、『
「あれぇ? 私、いつの間にか気絶してたかなぁ? なんか、話が突拍子もない方向に飛んでなーい?」
「しかも、最後のは日本の観光地だし」
聞き手の反応を無視してまで話を続ける井上理に、さしものミデアもマイペースな調子を崩し始め、その口元はストレスでピクピクと痙攣するかのように引き攣っていた。
自分がピントのズレた話をし続けることによって、自分に向けられた脅威を逸らそうとしている――などという可能性を香織は微塵も考えなかった。井上理とは、そういう男だということを知っていたからだ。このような深刻な場でも、ゴリゴリの関西弁で自分調子な語りを行う。場を和ませるためにウケを取ろうとしているのかは定かではないが、もしそういった意図があるのならば、それは完全に失敗している。
一人の男の登場に静かに進行していたムードが一気に歪み始めたとき――またしてもその空気を曲げようと新たな声が上がった。
「ダメよ、ダメ。その男に説明を求めると、いつまでも経っても、それこそ連載形式の小説が三話分進んだところでステップ1もクリアできないんだから。真面目に相手するだけ、こっちが損するだけよ」
その声は、香織の真に迫ったものでも、ミデアのやる気が消失したものでも、ましてや井上理の天を突く能天気ぶりなものでもなかった。
言うなれば、それは、誰もが
井上部長ほどの特徴的な口調ではなかったが――適当男の中身のない言葉よりも格段に、ミデアの心にすんと染み渡る優雅さを湛えた女の声だった。
足音ひとつひとつが反響するような広い空間にも拘らず、声の主はちゃんと声のした方向に佇んでいた。ミデアの背後、一定の距離を保った壁際に、その女はいた。
「よって、『Innovasion』の解説はここから先――『人工知能感情部門開発研究班』副部長たるこの私、
その女――矢戸戸佳那と名乗るその女は、その場の誰よりも大人らしかった。一体、何を基準に大人らしいと判じるべきか、その基準も定かではないが、少なくとも容姿だけで言えば、香織とミデアの引けを取らない色香を漂わせていた。
女性の平均身長より少し高いぐらいの背丈。肩の少し下辺りまで伸びた艷やかな黒髪を、花の形にヘアアレンジしていた。化粧した顔は彼女自身に秘める魅力を最大限に引き出しているようだった。形のいい眉に綺麗な二重瞼。モナリザのような芸術的な美しさが醸し出す顔立ち。白衣から覗く凹凸のハッキリしたプロポーションは、男女問わず意識を惑わすような肉感的な艶麗を漂わせていた。
白衣を身に着けているからこそかろうじて研究者然としているが、服装を変えれば華美な豪邸でお酒を飲んでもおかしくない矢戸戸佳那という女は、倉庫という不釣り合いな場で腕を組みながら、「世界研究機構『Innovasion』というのは、その名の通り、世界的に活動する研究組織のことよ。存在自体は『コネクト世代』からあったけど、日の出を浴びるようになったのは、どこの組織よりも速く『異神世界』の研究を始めたのがきっかけね。今ではWHOやILOなどの国連と肩を並べるほどに、地球にとってなくてはならない要となったわ。貴方も何度か、戦闘した『
「えっと……お姉さんは、その『Innovasion』というメンバーの一人なのぉ?」
「いえ、私は『Innovasion』の所属ではないわ。あそこは世界中の技術力と優良な研究施設、そして惜しみない研究費用が与えられるという話だけれど、当然その提供価値に見合った人材を選ぶわけだから。……まあ、そういう意味では、あの一から百までふざけ倒しているあの男は何故選ばれたのか理解に苦しむのだけれど」
「ん? なんや、年取りすぎて耳が遠くなってもうたかな?」
同じ研究グループの直下の役職につく者からの
「……まあ、とにかく」と矢戸戸副部長は息を漏らした。「あの男と違って、私はただの一介の研究員に過ぎないわ。『人工知能感情部門開発研究班』、という日本の数あるAI研究グループの一員で副部長を務めている、しがない万年美女よ」
「……ちなみに、そのジンコウなんとかってのは?」最後の一言には突っ込まず、ミデアは疑問を続けて紡ぐ。
「そこから先は僕が説明を引き継ぐとしよう!」
神々しさすら感じさせる空気を取り巻いていた矢戸戸佳那の登場を押し潰すように――また別の声が明瞭に響き渡った。
どこまでも続くような朗らかな調子だった。その声の主は、香織の背後、矢戸戸副部長が現れた方向とは真反対から聞こえた。
ミデアが素早く首を振った先にいたのは、冴えない顔をした青年だった。単純な顔立ちだけを見れば、爽やかな印象を持たせる目の形や堀の深い輪郭に高い鼻など、美男と取られてもおかしくないパーツが集まっていたが、それをボサボサの髪や目の下にどんよりと塗りたくられた隈が台無しにしている。ラテン系の血が混じった浮世離れした青年だった。
「……誰、君ぃ?」またも現れた三人目の白衣に、ミデアは疲れたように問いかけた。
「あっあっ、ど、ども」すると、青年は突然どもり始めた。先ほどの快調さはどこに行ったのか、消え入りそうな声でボソボソと反応した。「あ、えと、僕は
「ち、ちょっと、どうしたのこの人急に!?」
隅多デニス、と名乗った青年の豹変ぶりに度肝を抜かれるミデア。名前を訊ねただけの、ほんの些細な質問をきっかけに、彼は容姿に見合った陰鬱な空気を醸し出し始めたかと思うと、ボソボソと、『
「あー、気にせんでええよ。隅多デニス研究員のコレ、いつものことやから」
「コレ……?」
「彼、自分の好きなことを話すときだけテンションが上がるの」と矢戸戸佳那が当惑するミデアに捕捉する。「逆に言えば、平常はずっとあんな感じだから、まあそういうものだって受け入れてあげて」
「慣れると聞き取れるもんやで」
「いや、慣れって…………」まるでこれからも関係が続く前提のような言い方に、ミデアは怒りも喜びも忘れて呆然と
明らかに空気の流れが変わっていた。この、香織が助けを求めた、風変わりな研究仲間たちによって。
「デニスくん、説明はいいの?」
矢戸戸副部長の静かながらも芯のある声に、ブツブツと文句を垂れていた隅田デニスはハッと正気を取り戻したように、「そうだった! 今は我らが『人工知能感情部門開発研究班』の説明を、罪なき無知であるこの『
そして、登場した直後と同じような朗々とした口振りに変化すると、眩いばかりに瞳を輝かせながら、突っ立っていることしかできないミデアに視線を定める。
「『人工知能感情部門開発研究班』とは! 我らが創明大学OBと現受講生が築き上げたバベルの塔にして始まりの地! 数多ある自律型AIの研究グループなれど、甘く見てはいけない! 我々の主題はそこではないからだ。感情、即ちエモーションを重点に置いた科学見地的な心理作用の懐柔こそが我々の目指すべきエデンなのです!」
「性格が変わっても何言ってるか全然解らないねぇ」
テンション最高潮に声を上げる隅多からは、最早ミデアに説明している意識はないように思えた。
こんな奇妙な助っ人など無視して香織を連れ去ってしまおうか、と考えが及んだミデアは、拳銃を彼女に向けてさえいれば下手に行動できないだろう、と外までのルートを確保しようと周囲に眼を巡らせたところ――――
またもや見知らぬ人間が立っていることに気付いた。
しかも、二人。
「す、隅多先輩……その説明じゃ、ふ、不出来です。ほら……こちらの文明や科学技術に馴染みがない『
「うむ。森川くんの言う通り!」
流れるように割り込んで参戦する香織の助っ人達。その四度目となった舞台は、ミデアから見て9時の方向、井上部長が立つコンテナの対極の位置だった。そこには、冷蔵庫と同等の温度に保たれたコンテナが並んでおり、なんと新たな二人はそのコンテナ内から姿を現した。
重々しい両扉を開いた先にいたのは、やはり白衣を身に纏う男女だった。
女のほうは、大人とはかけ離れた、高校生とも言い難い幼い容姿で、サラサラの金髪をツインテールにしていた。まんじゅうのような小さな顔には、その大半を占めるような大きな瓶底眼鏡がずっしりと鼻に乗せられ、まるでそういう生き物かのような錯覚さえ受ける。先刻まで冷蔵コンテナに潜んでいたためか、身体がぶるぶると震えていた。
対し、男のほうはかなりガッチリとした体格をしていた。スポーツ選手を思わせる短髪に、下顎を中心とした無精髭が目立つものの、健康的な男性を彷彿とさせる全体像は見る者に心強さを与えていた。彼のみ唯一、袖丈が肘から上までしかない半袖にも拘らず、冷蔵庫に隠れていたことを感じさせない威風堂々ぶりを誇示していた。
そんな色んな意味で対義を成している二人は、再三の参戦に慣れつつあるミデアを遠目に見据えて、
「あ、あの……は、初めまして。
「うむ。森川くんが言うならば、俺も自己紹介しなくてはな。俺は
辿々しく喋る森川彩也と、滑舌よく朗々と語る兵藤寛太。自己紹介すら対立しているような二人の様子に、ミデアは珍獣でも見つけたかのような気分だった。
「もしかして、まだ出てくるんじゃないだろうねぇ……?」
「安心してええで。我らが誇りの『人工知能感情部門開発研究班』のメンバーは、これで全員や」
暗幕と冷たい空気に閉ざされた二人っきりだったはずの倉庫は、あっという間にその流れを切り崩し、『人工知能感情部門開発研究班』という彼らが作り出す独特の空気に染まりつつあった。
人工知能感情部門開発研究班部長、井上理。
人工知能感情部門開発研究班副部長、矢戸戸佳那。
人工知能感情部門開発研究班AIエンジニア、隅多デニス。
人工知能感情部門開発研究班コミュニティ心理学担当、森川彩也。
人工知能感情部門開発研究班行動心理学担当、兵藤寛太。
創明大学を代表する天才達。人工的な生命に、理論や数式では到底計測することのできない要素を落とし込もうとする
それもすべて、入って間もない新人研究員を助けるそのためだけに――――
「みんな……本当に来てくれたんだ……」『
「冴山香織研究員」
「は、はい!」井上部長に呼ばれ、香織はピシッと姿勢を正した。
「『ハク』はどうや? 元気にやっとる?」
「ハクは…………」と躊躇いがちに漏らしたのは、ここに来る前に彼女の意見を聞いていたからだった。「えっと……言いづらいんですけど、井上部長とは話をしたくないみたいです」
「え、なんでなん?」
「そりゃ、女の子に向かってあんなにズカズカと餌に貪り尽くような態度をするからでしょ」矢戸戸副部長が不思議がる部長に苦言を呈する。「好きな男の子のタイプとか、お風呂のときどこから洗うとか、果ては直球にスリーサイズまで訊くセクハラ三昧。全く。大切な研究材料に何をやってるんだか」
「研究材料なんて無味な言い方すんなや! あの娘は俺の大事な娘なんやで! 娘のことを知りたいと思うて何が悪いん?」
「普通の父親は娘のスリーサイズまで知ろうとは思いませんよ!」
「うわ、隅多デニス研究員(陽モード)にまで言われた!」
「えーと、あのぅ……と、とりあえず『
倉庫の古今東西を占めるように佇む四人は、その中心にいるミデアと香織を囲むように話を交わしていた。後輩の研究員に突きつけられている銃に物怖じひとつ見せなかった。
「うむ。世間話はこれが終わった後でもよかろう!」兵藤研究員は言った。
「……ていうかさぁ」ミデアはやっと喋る番がまわってきたことに安堵した様子だった。「さっきからペラペラと好き勝手言ってくれてるけど、まるで次があるような言い方をしてくれてるよねぇ」
ミデアは、香織に向けた拳銃の、その圧倒的な存在を主張するかのように彼らに見せつける。
「もしかしてぇ、これだけの人数差があれば力で劣る自分達でも『
意地悪く、悪人に
香織には
――『癒』を使えれば多少乱暴しても問題ないんだけど、あれは
もしものときは手足に撃つ覚悟はあるものの、できればそういうこともしたくなかった。
だからこそ、自分を包囲する香織の研究仲間達に残酷な台詞を突きつけ、彼らが攻めあぐねている隙にこの場を突破したいところだった。
「なんやと? ひじきに銃弾入れても美味しくないやろ」
「井上部長、クソみたいな親父ギャグはやめてくれる?」
「それに、ひじきとえじきじゃ何も惜しくないんじゃ?」
「うむ。森川くんの言う通り。何もおもしろくないしな」
「そもそも井上部長はお笑いを取るセンスもないのになんでいつもこう空気の読めないボケをかましてくるんですかねいやほんとそういうところですよそういうところさえなかったら……だからなんだって話ですね」
なのに、なのにだ。
彼らを取り巻く空気は、ミデアの装う一触即発としたムードとは水と油のように相容れない。こちらは銃弾を持っているのに。銃弾とは、日本では限られた人間にしか持つことを許されない危険な代物ではないのか?
「あ、あはは……」香織は気まずそうに息を洩らした。「なんというか、ごめんね? あの人達、いつもこうだから」
人質にも哀れまれる始末。
ミデアの性格上、他人から茶々を入れられたり馬鹿にされたりでプライドがどうこうなる心配はない。雰囲気作りとか、己の矜持とか、そんなものに固執する性質でもない。
それでも、自身が望むような思い描いた展開にならないとストレスを感じるのは万国どころい万世界共通らしい。
冷静になれ、と己に言い聞かせるミデア。自分はマーダー小隊の一員ではないか。そのことに誇りも何も持っちゃいないが、頼もしい仲間達と共に何度も困難を乗り越えてきたではないか。これしきのことで動揺していてはラチが明かないことなど何度もあった。
原点回帰すると、自分達の目的とは、冴山香織を連れて帰ることで、そのためになんでもしていいかと言われればそうではない。
「必要なこと以外の戦闘は避けたい」とはクレハが言い出した意見であり、それにミデアやアイーシャも同意した。
この
そんなことは、考えるまでもなく解ること。
ぎこちない笑みを浮かべながら不安げにこちらを窺ってくる香織に、ミデアはこれまでにない柔和な笑みを送ると、彼女に向けていた拳銃をゆっくりと下におろした。
――かと思えば、眼にも止まらぬ速さで天井に差し向けると、躊躇いもなくその引き金に手をかけた。
乾いた破裂音が波紋のように急激に広がった。
その余波は、好き勝手にペチャクチャとしていた彼らの耳朶にも強烈に染み込んだようで、全員が面食らった表情で言葉を失った。
最も銃声を間近で耳にした香織は、呼吸も忘れた様子で唖然と眼を離さない。
彼女に向けていたときと同じ、ニッコリと微笑んだままのミデアから――――
「とりあえず、胴体に当たらなければ問題ないよねぇ?」
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