第2話 再起動
P.M.12:10 逆羽高校 2−A教室
あと二十分。
少年はこっそりと後ろに眼をやり、そこにかかった壁掛け時計の針が示す位置を確認した。
2−Aの時計は若干針の進み具合が早い。チャイムが鳴ったときに調べてみたが、二分ほど早かった。これを計算に入れると、ちょうど二十分ほどで、四限目の終了を告げるチャイムが鳴るというわけだ。
高校生相応の下らない思案のようにも思えるが、少年にとってはそれが明暗を決する大一番と同列にならんでおかしくない瀬戸際だったのだ。というのも、この四限目が終われば、待ちに待った給食タイムが訪れるのだから。育ち盛りな少年にとって、その時間があるのとないのとでは歴然とした差があった。身体はもう、美味い飯にありつきたいがために空腹を訴えている。目の前で行われている授業など気が気でなかった。
しかも、またその授業が酷く興味をそそらない。歴史の授業なのだが、なんのために昔の事件や出来事を知らなくてはならないのか解らなかった。自分は今を生きているのだ。昔の話をするぐらいなら、もっと生徒に密接に関わってくる未来について話したほうが有意義ではないか。そう思ってしまう。
「
そんな不満やら懐疑が表に出てしまったのか、歴史担当の教師に名指しで注意されてしまった。
「……すみません」少年は素直に謝った。
すると、教師はにっこりと笑った。「自分の授業がつまらないのは解りますが、この苦行も残り十五分ほどなんでね、それまではなんとか耐え切ってください」
敵わないな、と少年は苦笑した。こちらの心情を隅々まで見透かしている。生徒の気持ちを理解している教師に敬意を表して、少年は最後まで授業を真面目に聞くつもりになった。
「えっと、どこまで話しましたっけ。そうそう、『異神五世界平和条約』のところからですね。みなさん知っての通り、二十年前、2000年5月24日に現れた扉、『
異世界。
20年前以上前なら一笑に
「五つの世界はそれぞれ、『ヘルミナス王国』、『フーバ皇国』、『シークヴァニア連邦』、『エクス・デウス』、『コーリアス』という国名を名乗り、我々が住んでいる『地球』も含め、『六神世界』と呼んでいます」
現在ではあまりに有名な名前だった。授業を受ける彼らは、異世界と繋がった『コネクト時代』以降に生まれたので、幼い頃から五世界の名前は聞かされていた。
「始めの頃は、それはもう酷いものでした」教師はそのときの感触を思い出すかのように力強く言った。「突如現れた異世界。我々が未知との遭遇であったように、あちらも未知との遭遇でした。最初から友好的にいこう、とはならなかった。特に、我々地球人は『魔法』を使えませんでしたからね。そのことを大義名分に一蓮托生して、侵略を企てる世界も少なくありませんでした。もっとも、今は先ほど話した、『異神五世界平和条約』のおかげで世界間での争いは禁止されているので、皆さんは安心して私のつまらない授業を聞いていられるわけです」
ふふっ、と周りの席から笑みがこぼれる音が聞こえた。音のしたほうに見てみれば、仲の良い男友達がこっちを見ていた。うるせえ、と目線だけで返事した。
「条約の中に『五』と書いてあるように、条約が結んだのは五つの世界。ヘルミナス王国、フーバ皇国、シークヴァニア連邦、コーリアス、地球。不毛な争いに終止符を打ちましょう、と意見が一致したのが今から十五年前。2005年のことです。ただ、『エクス・デウス』を除いて」
『エクス・デウス』は『六神世界』の中でも特殊な立ち位置にいた。
「エクス・デウスについては皆さんも記憶に新しいことでしょう。自律する機械生命体、『
ここでいう『本当の意味での』の意味が少年は解らなかったが、教師の言わんとしていることはなんとなく伝わった。
『
機械、と聞いてどうしてもイメージが湧いてくるのは、人間が作ったもの、人間がプログラムした通りの動きを再現する、というはっきりとした上下関係だ。
しかし、『
「『
『
「『
『地球』と『コーリアス』を除く、和平を結んだ世界同士、つまりは『ヘルミナス王国』と『フーバ皇国』、そして『シークヴァニア連邦』が手を組み、『鬼』の掃討に躍り出た。
その顛末は平穏な日常を送る少年もニュースで知り、世間は凄まじい盛り上がりを見せた。憎き仇敵がついに滅んだ。それを喜ばずして何を喜ぶべきか。家族を殺された人物も少なくないはずだ。悪が栄える時代は終わったのだ、と世間はお祭り状態だった。
「当時のことは皆さんにとって記憶に真新しいと思います。日本全土が文字通り踊った記念日ですね。渋谷では若い男女が真夜中まで踊り明かし、道頓堀ではお酒片手に老若男女が喝采を上げる。皆さんはまだ生まれていませんが、先生が若い頃に、『バブル時代』と呼ばれる、日本の経済力が高騰する時期があったんですけど、いっときの喧騒は、それを思い出しましたね」
少年にとってもその光景は記憶に新しかった。参加したわけでも、直接眼にしたわけでもなかったが、戦争後の街の様子はテレビで連日に渡り取り上げられていた。アドレナリンを出し切った後の街並みの惨状も報道されていた。空になった酒瓶や、それを持ったまま地べたに眠りこける若者、ピザやハンバーガーの残骸。そんな光景が少年の頭の中を巡った。
「実際、大戦後は景気が上昇が良くなった、という記録が出た話もあります。恐怖からの解放が、人々を大胆にさせたんでしょうね」
それほど『
異世界へと繋がる扉、『
少年はふと、後ろの時計に眼をやった。
残り十分。
「さて、それじゃあ最後に、ついでに『
そこで教師の言葉が途切れ、少年は不思議に思った。時計に向けていた視線を元に戻す。先ほどまで雄弁に語っていた歴史の教師は、嘘のように口を一文字に閉じ、瞼にボタンでも入れられたかのようにかっ
その視線は生徒ではなく、教室の窓側に注がれていた。
彼に限らず、少年を除く多数の生徒が同じ方向に注目しているようだった。
そういえば、いつもは太陽の光が鬱陶しいほど射し込むはずの教室内が、珍しく影で埋まっている。
少年も彼らに誘われるように視線を動かした。
青色に光る、大きな目玉のようなものが、あった。
それを囲うようにして、黒くて丸い身体があり、そこから細長い足のようなものが伸びていた。背中には平べったいソーラーパネルのような羽がバタバタと音を立てていた。
少年の頭に浮かんだのは、歴史の教科書に載った写真。
地球襲来時に撮られたと思われるランクC『
ご飯の時間まで、もう五分もない。
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