一度負けた相手のことをひたすら考えるの、良いよね

それと時間は少し前後して、ちょうどクレイズ一行がディアンの町を去った日。

二人の女性がディアンの町で話をしていた。


「なあ、ダリアーク。クレイズの剣技だが、どこの由来か覚えはあるか?」

「さあな。帝国軍由来のものと聞くが、出自を知るものがもういないからな」

「では、ダリアーク。クレイズはこの街で何を買っていたのだ? 奴の剣技を知るヒントになるかもしれん」

「購入したのは刺繍だそうだ。特に意味のない、趣味の品だろう」

「そうか? ……或いは故郷の恋人に送る品とも取れないか? まさか、そんなことはないよな、おい?」

「いや、奴に特定の相手がいると聞いたことはない」

「そうか……では……」

「ネリア。……いい加減にしてくれ」


ダリアークは少し呆れた様子で答えた。


「え?」

「以前の戦いで敗れてから、口を開けばクレイズのことばかり。いったいどうしたというのだ……」


ダリアークは呆れた様子で尋ねる。


「え? それはそうだろう。人間の身でありながら、竜族の私に勝利したのだぞ? 興味をひかないわけないではないか……」

「それにしては興味の持ち方が異常だと思うが」

「そ、そうか? いや、別に次の戦いのために少しでも役立つ情報をと思ったのでな」

「そんなことしなくとも、人間の寿命は短い。もう数十年ほど待てば、何もせずとも勝てるだろう」


だが、それは出来ないとネリア将軍は首を振る。


「ふざけるな! そんな方法での勝利など、私は認めるつもりはない! 奴とは完全な形で決着をつけたいのだ!」

「それが私には分からん。勝つという結果のために、勝ち方などどうでも良いでないか。クレイズ自身、その勝ち方を卑怯と呼ぶような男ではあるまい」

「そんなことはどうでも良い。要するに私は今のクレイズに勝ちたいのだ」


ダリアークは、戦い自体を目的として戦場に立つクレイズや、勝ち方にこだわりたがるネリアのような武人肌の人間を嫌っていた。

だが、次の作戦ではネリアの協力が欠かせないことも分かっていたので、話し相手にはならざるを得なかった。


「……はあ。お前が勝利にこだわる理由は分からんがな。それで勝ったらその男をどうするのだ?」

「え? ……もし勝利して奴が命を拾ったならば……。我が国に軟禁し、死ぬまで私の剣の相手をしてもらうのも悪くはないかな」


ネリア将軍は、そう言うと待ち遠しそうに笑みを浮かべる。


「だが、それでも数十年は短いがな……」

「であれば、奴を我が国に捕らえた後、縁談を持ち込むのも悪い話ではないだろう。奴の子に、お前の剣技を教え込めば、より強い剣士となるだろう」

「……それは……」


その発言に、ネリア将軍は顔を真っ赤にして首を振った。


「ダメだ。その方法は。奴には剣のことだけを考える人生こそがふさわしい」

「……フン。まあ、そう言うことにしておこう」


それ以上の提案は帰って話を長引かせるだけだと思ったのだろう、ダリアークは話を打ち切った。


「それで、作戦の方は……」

「ああ、我々は万一のための待機要員だ」

「はあ。それじゃあ、今回の戦いではクレイズとの勝負はお預けと言うこと、か」


ネリア将軍は少し残念そうに答えた。


「そうだな。……まさか、例の抜け道を知られているとは思わぬが……奴の軍にはセドナがいるからな」

「セドナか。お前はずいぶんとあの男を警戒しているのだな」


ダリアークはその発言に、ああ、と忌々し気に頷いた。


「あの男は、何か得体のしれないものを感じる……。そんな気がするのだ。まるで、他の生命体のような、な。そして奴のせいで計画が大きく狂わされた」

「確かにな。われらの予定では、ここまでホース・オブ・ムーンの勢力を今の段階で大きくさせるつもりはなかった」


ネリア将軍もそう同意する。


「だからこそ、また奴が何かしでかすような気がする」

「だが、今回はあの男をうまく出し抜けたようだな」

「ああ。……英邁さとは裏腹に、あのような単純な謀略には弱いのだろうな、奴は」


ダリアークはそうほくそ笑んだ。


「……だが、奴が脅威であることに変わりはない。これではまた『秩序ある混沌』を目指すことが出来ん」


ギリ、と歯を食いしばるダリアークに、ネリアは少し呆れたように答える。


「お前のその信念は驚嘆に値するが、私は『混沌な秩序』を求める世界も悪くないと思うがな」

「それは、お前が強いからそう思うだけだ。……弱きもののため、私はここで戦い止めるわけにはいかん」

「弱きものの命を戦場で散らせて、そういうのか……。まあいい。私はお前の部下だ。お前の言うことに従おう」


ネリア将軍はマントをひるがえして部屋から出ていった。

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