兄妹のように育った兄に告白するの、良いよね

それからしばらくして、アダンは部屋を去っていった。


「……ありがと、アダン」

「こちらこそ、ツマリ」


そう言って二人は見つめあい、静かな時が流れる。

そして、ツマリは口を開いた。


「その……。やっぱり、これだけは言いたいんだけど……」

「うん……」


その様子にアダンは真剣な目をして、その瞳を覗き込む。




「アダン。……私はあなたが好きなの。兄としてだけじゃない、異性として……」




そうまっすぐと赤い瞳を向け、アダンにいう。

アダンはそれを何も言わずに聞いていた。


「きっと、サキュバスの血がそう言わせてるのかもしれない。アダンの精気が欲しいから、言ってるのかもしれない。……けど……絶対に私はそれだけじゃないって思ってるの……」

「うん……」


そのアダンの顔は瞳を見る中で徐々に赤く染まり始めていた。

ツマリはぐい、と顔を近づけてはっきりと言う。


「だから、付き合って欲しいなんて言えないけど……。お願い、アダン! 私があなたに恋しても、良いよね……?」


その胸元で握った手が震えているのを見て、アダンは優しくその手を包み込み、答える。


「勿論だよ、ツマリ。……僕だって、ツマリを愛しているよ。……だから、全部、その思いを受け止めるね?」


そして、そっとその両腕でふんわりと包み込むように、ツマリのことを抱きしめた。


「あ……ありがと……アダン……」


そう言って、ツマリは目からぽろぽろと涙をこぼしながら腕をほどくと、ツマリもアダンの体を抱きしめた。




「…………」

ツマリの暖かい陽だまりのような思念を感じながら、心地よい気持ちと共にアダンも春先の小川のように穏やかな思念を送る。

ツマリはその思念の中で自身の心を受け入れてくれたことへの感謝と、あふれ出る思慕の想いをアダンに伝え続けていた。


そしてしばらくした後、ツマリはそっと体を離し、


「アダン……。やっぱりもう少し、精気が欲しいんだけど……いい?」

「うん……」


そう言うと、額にそっと唇を当て、


「んく……んく……」


こくり、こくりとゆっくり味わうように精気を飲み始める。


「大丈夫、アダン?」

「うん、まだまだ大丈夫だよ?」

「そう……。……う……!」


その瞬間、ツマリの体からまた以前のような、熱く燃え盛るような情欲が流れ込んできた。

それを必死で抑え込もうとするツマリをアダンは、


「いいよ、ツマリ……。その気持ち、全部受け入れるって言ったよね?」


ギュッとツマリのことを抱きしめると、その情欲ごと包み込むような思念を送り込む。


「……ありがと……大好き……アダン……」


そう言うと、ツマリは首筋に軽く唇をつけ、精気を吸い始める。


「…………」


ツマリの温かく柔らかい唇の感触をアダンは感じ取っていた。以前の貪るようなかみつき方と違い、心から相手をいつくしむような感触に、アダンは目を閉じてツマリに吸われるがままにする。


「アダン……こっち見て?」


しばらくすると、ツマリはアダンの目をまっすぐと見つめていた。


「ツマリ? あ……」


以前のギラギラと光る赤い瞳とは違い、上品なワインレッドの色にその瞳は染まっていた。

……夢魔として成熟に近づいた証だ。


「お願い……。唇からも……吸っていい……?」

「え?」

「今だけ、恋人として……ね?」



先ほどの言動においてアダンは「愛している」とは言ったが、ツマリのように「恋している」とは言っていなかった。



これはアダンがまだ完全にツマリに対して異性として意識を仕切れていないことである。ツマリはそれを本能的に感じ取っていたのだろう。

……だからこそ、これが自己満足であることも、ツマリには分かっていた。

だがアダンはツマリの要求を拒否する気持ちはなかった。


「うん、良いよ……」


そう言って目を閉じ、唇を突き出す。


「…………」


当然だが、夢魔の世界でも『唇をつけてのエナジードレイン』は特別な意味合いを持っている。その為、自分から言い出したこととは言え、以前のような暴走状態でもないのにキスをするとなると、胸が早鐘の如く鳴り始める。


「……す、するよ……キス……」

「う、うん……」


それはアダンにとっても同様だった。

思念もお互いに制御することが出来ず、溶けるような高熱を発する思念がお互いの間ですさまじい勢いで流れあう。


「…………」


そして二人の唇があと指1本と言うところまで近づいたとき、それは起きた。


「ぐ……ああああああ!」


突然、アダンが悲鳴を上げながら頭を押さえ始めた。


「どうしたの、アダン……いやああああ!」


ツマリも同様であった。






一方、セドナは訓練を終えたクレイズ達と食堂で談笑を行っていた。


「セドナ、うまくやったみたいだな」


クレイズはそう言うと、苦手な干物をさりげなく部下に渡しながら、セドナに笑みを浮かべた。

セドナも自身の役割を果たせた達成感もあるのか、誇らしげに答える。


「ええ、お二人さんも仲直りしていただけたみたいで。クレイズ隊長もこれで少しは楽になりやすね」

「まったくだな。……それにしても、特にツマリの歌声は美しかったな。あれほどとは思わなかったぞ」

「ええ。なんでもツマリさん、小さい時に聖歌隊に入ってたようですから」

「聖歌隊、か……」


その発言に、クレイズはまた違和感を感じた。

アダンの習い事は剣術や魔法と言った実用的なものばかりであり、なおかつそれはそれとなく親に勧められたことがきっかけだと言っていた。


一方のツマリの習い事は聖歌隊の他にも以前は絵画の教室にも通っていたと聞いている。いずれもどちらかと言えば趣味性が強いものである。


(やはり、二人の育て方が平等じゃないな。……気のせいではなさそう、か……)


そう思いを巡らせようとしたが、その瞬間に凄まじい頭痛がクレイズを襲った。


「ぐ……なんだ、これは……!」


それは周りの兵士たちも同様であった。


「この思念……アダンさんと、ツマリさんです!」

「凄い声……! アダンが好き、ツマリが好き、そんな声が……頭に響いて……!」


無論これは、二人の思念が特別強いという理由だけで起きた現象ではない。

運の悪いことに、クレイズ達の居る食堂がツマリの部屋の真下にあったことも理由である。


「皆さん、どうしたんすか!」


思念の影響を受けないセドナは、それを見て驚いたようにクレイズに尋ねる。


「セ……セドナ……。アダンとツマリが……思念を暴走させている……。大体理由は分かるが……二人を……止めてくれ……」

「え? ……へい、分かりやした!」


そう言うと、セドナは駆けていった。




それから10分後。


「さて、アダンさん、ツマリさん?」


セドナがツマリの部屋に到着したとき、二人は抱き合ったまま頭痛に苦しんでいた。

必死で引きはがそうとしたが、それでもなお腕を離さない二人に対して、最後の手段として強烈な一撃を叩きこみ失神させることしか出来なかった。

ようやく二人が目を覚ましたところで、セドナはやや怒りを含んだ表情で二人をベッドに座らせた。


「えっと……」

「ひょっとして……」


大体理由の察しはつくのだろう、二人は委縮するようにセドナの言葉を待った。


「ええ、そうっす。お二人の思念が階下に響いて、兵士がみんな大変だったんすからね!」

「やっぱり……」

「ごめんなさい……」

「まったく、特にアダンさん! あっしは以前、結論を急ぐなって言ったじゃないっすか! アダンさんはツマリさにより成熟が遅いんす! だから、思念を制御しきれないんすよ!」

「え、そうなの?」


そのことに、ツマリは少し意外そうに尋ねる。


「そう。それにツマリさん! サキュバスの瞳は魅了効果があるんすから! まだ未熟なアダンさんにまっすぐ目を向けたら、ツマリさんを好きになるに決まってるんすからね!」

「あ……そうだったのか……だから……」


アダンは以前ツマリが襲ってきたときのことを思い出した。最後の力を振り絞って魔法を使えた一瞬、あの時ツマリは目を閉じていた。


「とにかくっすけど……。アダンさんもツマリさんも、もう少し思念を制御できるようになってつかあさい! そうしないと、兵士さん達にも迷惑がかかるし、恥ずかしい思いをするのはお二人なんすから!」

「はい……」

「ごめんなさい……」


いくら思念で伝わる情報が掛け声程度とは言っても『誰が発したのか』くらいは分かる。そのため、アダンとツマリはセドナの説教に、思わずしゅん、と頭を下げた。


「まあ、今回はこの程度にしときやす。結果的に兵士たちにお二人の仲の良さをアピールできたのはプラスでもありやすし……けど、これからは気を付けてくだせえ。お互い大切な人同士なんでしょ?」

「え? それは勿論!」

「当然ですよ」


思わずそれに対してはっきりと返事をする二人に、セドナは苦笑した。


「それじゃ、今日はもう寝やしょう。明日、しっかり皆に謝るんすよ?」


そう言いながらセドナはアダンを手招きする。


「ええ、そうしますね……。それじゃ、お休み、ツマリ」


そう言うとアダンは立ち上がりドアの前まで移動する。だが、ツマリは何か言いたそうにもじもじとしながらアダンの方を見る。


「……その、えっと……」

「……わかったよ、ツマリ……」


その様子と思念を感じ取ったアダンはドアからツマリのベッドの方に戻り、その額にキスをした。


「……えへへ、ありがと。私も、ね?」


お返しとばかりにツマリもアダンの頬にキスをした後、部屋を出るアダンを見送った。

このキスは当然、エナジードレインが目的ではない、純粋な情愛の証としてのキスであった。




そして誰もいなくなった部屋でツマリは、少し複雑な表情を見せていた。


(私が魅了しちゃってたのかな、アダンのこと……。もしそうなら、いつかアダンが成長して魅了が効かなくなったら、私から離れて行っちゃうのかな……)


そう思ったが以前のようには寂しげな表情は見せず、


(なら、その分今一緒に居よう! それでアダンが居なくなるなら、悲しいけど……本当に悲しいけど、しょうがないもんね!)


どこか晴れやかな表情をしてそのように思うと、ツマリもベッドにもぐりこんだ。

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