兄妹で違うパートの歌を一緒に歌うの、良いよね

「ツマリ……部屋、入っていい?」

「うん……」


少し落ち着いた様子になったツマリは、ドアを解放した。


「えっと、その……あっしは退散しやしょうか?」


その様子にいたたまれなくなった様子でセドナは尋ねるが、二人は笑顔で手招きした。


「何言ってるのよ、セドナ。お礼にお茶でもどう?」

「え、良いんですかい?」

「勿論ですよ。……後、クレイズさんにも今度お礼しないといけませんね」


アダンはただでさえ精神状態が安定していなかったうえ、ここ数日の事件により孤立していた。

その為ホース・オブ・ムーンを取り仕切っていたのはクレイズであり、また彼とセドナ、そして元帝国兵の面々はアダンの濡れ衣を晴らすために毎日のように奔走していた。

そのことをアダンは感謝しながらも、ただ部屋に保護される形で閉じこもっていただけであったことに無力感を抱えていた。


「それじゃ、入らせていただきやす。ただお茶は良いのでお二人で」

「あ、そうか。セドナは飲まないんだよね」

「ええ、良かったらあっしがお茶を淹れやすよ」

「良いの? じゃあ、頼むわ」


勿論衛生兵ロボットと言えど会食など社交の場で食事を行うことは可能である。しかし基本的には太陽光による発電が中心であり、食事は必要としない。

基本的にセドナが馬車の御者などの野外活動を好むのは、その方が発電効率がいいからでもある。





「じゃあ、どうぞ」


セドナは紅茶をそっと二人に提供した。


「ああ、良い香り……。ありがと、セドナ」

「うん、美味しいよ」


アダンとツマリはセドナに淹れてもらった紅茶を飲みながら、はあ、と落ち着いた口調でつぶやいた。


「へへへ、あっしは紅茶を淹れるのは得意なんすよ」


そうセドナは得意げに答えた。


「ツマリ、砂糖は……」


そう言おうとして、アダンはツマリが成熟により炭水化物を摂れなくなりつつあることを思い出した。


「うん、もう食べられないみたい……。代わりに、シナモンを貰っていい?」

「うん。……はい、ツマリ」


アダンは席を立って、ツマリのティーカップにシナモンを振りかけた。

そして、ツマリは思い出したように尋ねる。


「そう言えばさ、アダン? 覚えてる? 昔私が紅茶に砂糖入れすぎちゃったときのこと?」

「ああ、あのときか……確かツマリ、あの頃は甘いものが大好きだったものね。それでシュガーポットいっぱいに入れてさ……」

「そうそう。それで甘くて飲めなくてアダンに飲んでもらって……。しかもそのことを両親に怒られちゃったのよね」

「あの時はひどかったよ、ツマリは……。『お兄ちゃんが飲んだから、あたしは悪くない!』って言ってさ……」

「へえ、その頃からアダンさんに迷惑かけてたんすね」


冗談っぽく言うセドナに、ツマリは少し口をとがらせる。


「ふん。けど、その後すぐにばれて、私も怒られたからいいでしょ!」

「アハハ、確かにね。で、その後隣町に砂糖を買いに行かされてさ。でツマリは足をあの時もくじいて……」

「最後はアダンにおぶってもらったわよね。……けど、今なら私がアダンをおぶって帰れるから、安心して!」

その後、アダンはツマリに怪我を負わせたことで両親に酷く叱られ、更には殴られたのだが、そのことはアダンは口にせず、胸を張るツマリに対して楽しそうに笑った。


「……なんか、良かったす。本当に」

「セドナ?」

「お二人がやっぱりそうやって笑っているのが、あっしにはとても幸せなんすよ。……機械のあっしがこういうのは変かもしれやせんけどね」


本心から嬉しそうな表情で二人を眺めるセドナを見て、二人は少し焦ったようにフォローを行う。


「そんなことないよ! 機械だって、人間だって、関係ないよ!」

「そうそう! セドナが居なかったらこんな風に二人でお茶を飲んでなかったんだし! ……そうだ、セドナ。結局お茶までごちそうになったわよね? 何か代わりにお礼出来ること、ない?」

「え? あっしは奉仕自体が喜びっすから……いや……」


そこで少し考えるようにしながら、さりげなく窓を開ける。


「そうだ、折角だからお二人の歌をお聞かせいただいて良いっすか?」

「歌を?」


意外な提案に、アダンは思わず聞き返す。


「ええ、以前ニクスの町に攻め込んだ時にみんなで歌ってた『明日を掘り出すもの』がありやすよね? あれをお二人の声で聴きたくなりやして」


勿論芸術を介さないセドナが歌を聞きたがる訳はない。

実際には別の意図が2つある。

一つは、歌を二人で共同で歌うことで、アダンとツマリの絆を確かめ合ってもらうことである。


「へえ、セドナがそんなことを思うなんてね。もちろん良いわよ? アダン、歌詞は覚えてる?」

「うん、あれから教えてもらったからね。……僕もツマリの歌を聴けるのは、嬉しいな」

「あれ、ツマリさんは歌が上手なんですかい?」

「そうなんだ。ツマリは聖歌隊で歌を教えてもらっていたからね。凄いきれいなんだよ?」

「へえ……」

「も、もう、アダン! そんなに持ち上げないでったら!」

「アハハ、じゃあ、あっしが前みたいに指揮をやりやすね?」

「ううん、僕らはそんなことしなくても、思念でリズムを取れるから、良いですよ」

そう言いながらアダンはツマリの手を握る。

「あ……」


思わず一瞬、ツマリが顔を赤らめた。そして、


「そうだね、久しぶりに二人で歌お、アダン?」

「う……うん……」


手の握り方を『恋人つなぎ』に変えてきた。

これに今度はアダンも少し赤面するが、すぐにその指に力を込め、離さないようにしっかりと握りしめた。


「じゃあ、お願いしやす。……この空の向こうの女神さまにも聞こえるくらい、大きな声で歌ってくだせえ」

「うん! たっぷり聞かせてあげる!」




そう言われて、二人は歌を歌い始めた。







「ん、この声は……」


城の中庭で夜間の訓練を行っていた兵士たちが、思わずその声に耳を澄ませた。


「きれいな声ね……。特に、女の子の声が凄い素敵……」


ツマリの玲瓏と響く美しい声と、それをあまり上手では無いながらも必死で支えるようなアダンの声を聴きながら、兵士はほう……と少し聞きほれるようにツマリの部屋の方を向いた。


「アダンとツマリが歌っているようだな。……よし、少し小休止を取って、聴こうか?」


そのタイミングで、訓練の指導を行っていたクレイズは剣を止め、一同に休むように伝える。


いつしか女性兵の一部はツマリの高音パートに合わせて、男性兵の一部はアダンの低音パートに合わせて、歌い始めていた。

そして歌っていない兵士たちは口々に、アダンとツマリのことを話していた。


「けど……こんなにぴったり合った音色で、二人が仲良く歌うなんて、無理やりうたわされているんなら、出来ないよな……」

「うん。やっぱりアダンさんは、ツマリさんを無理やり襲ったわけじゃなかったんだろうな……」

「じゃあ、あの噂はやっぱり……」

「そうよね。今にして思うと、不自然なくらいアダンさんに都合が悪い噂だったもの。誰かが流したのかもね」

(……フフフ)


その様子を見て、クレイズは笑みを浮かべた。

噂を流し、それを捻じ曲げた犯人は、クレイズの予想通りギラル卿の密偵であった。

話を聴いたところ、前から彼は同族のアダンがホース・オブ・ムーンの代表として権力を持ちつつあることが気に入らなかったらしい。

その為、今回の機会にアダンを蹴落とそうと不自然なまでに噂を捻じ曲げたとのことだった。

無論翌朝にそのことは軍全体に通達を行う予定だったが、その前段階として二人が仲直りしたことを知らせるためには、この歌は絶好の機会であった。


(さすがだな、セドナ……。私のしてほしいことを分かってる……)


セドナがお礼として歌をリクエストしたのは、これが本当の理由であった。




((昔を思い出すな……))

一方中庭の歌声や話し声は二人には聞こえていないらしく、二人は同時にそう思っていた。

その思い出は、やはり歌の思い出である。


小さい時に両親が体調を崩した時に快癒を願って歌った歌。

一緒に草原に遊びに行って、お弁当を食べながら歌った歌。

辛いことや悲しいことがあった時に、慰めるために歌った歌。


(あの時には二人で同じパートを歌って……)

(そのたびに両親は嬉しそうに笑っていた……)

(けど、今は私が高音で歌って……)

(僕が低音で歌っている……)

((もう、同じ道を一緒に歩くことは出来ないんだね……))


二人の異なる歌声から「二人で一人」だった子ども時代が終わったことを思い、二人は寂しく思う思念を互いに感じ取った。

そしてしばらくして歌を終え、二人は顔を見合わせ、


「……フフフ。同じこと思ってたね」

「アハハ、本当だよね……」


そう二人は顔を見合わせて笑った。

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