ドア越しに背中を合わせて、互いに気持ちを伝え合うの、良いよね

「セドナが、転移物……人間じゃ、なかったのね?」


その様子を見て、ツマリは今までの言動に合点がいったようにつぶやく。


「だから、あっしは思念を感じないし、エナジードレインも効かないんす」

「そうだったのね。それで、誰が……あんたを操ってんの? やっぱり、クレイズ?」


この世界におけるゴーレムと言うと一般的に誰かの命令で動くものが多い。その為ツマリは疑問を投げかけるが、セドナは首を振る。


「違いやす。あっしは自分の意思で動いて、自分で今『やるべきこと』をやるように作られていやす。……やるべきことは『他人への奉仕』っす」

「そうだったのね……」


今にして思うとセドナはやたらと他者の世話を焼いていた。

特に周囲が嫌がる汚れ仕事を引き受けるときに嫌な顔一つしなかったことも、疑問に思うべきだったとツマリは感じた。

特に進んで行っていたのがけが人の搬送や救護と言った対人救助だったのは、セドナが元は衛生兵として後方支援を行うことを目的に作られていたからだろう。


「……で、何の用なの?」

「先ほどもお話させていただきやした通り、あっしには『心』がありやせん。……だから、アダンさんが、なんで苦しんでるのかが分からないんす……」

「別に、あんたが分かる必要はないでしょ? ……って、アダンが苦しんでる?」


ここ数日アダンとは声をかわすこともしなかったので、状況を理解していない。そこでツマリは思わず尋ねた。


「ええ……。ずっと『僕は最低だ』……って悩んでいやす。ただ、あっしにはその理由がわからなかったんす。正直、ツマリさんはアダンさんにしたことは、過失だったとはいえひどいことだったと思いやす」


それを聞き、ツマリは自らの自責の想いと共に、ぽつり、ぽつりとつぶやく。


「そうよね……。剣の腕も、アダンの宝物も、アダンの積み上げた絆も、全部奪って……。私は同じものを全部手に入れたのに、それを一つも手放してないんだもの……」


それらの件についてはセドナも同意し、


「それなのに、アダンさんはツマリさんを責めることなく、それどころか自責の念で苦しんでいる。あっしには……それが分からないんす。そして、それはあっしのようなものには、何より辛いんすよ……」


そう、悲しそうな声で答える。


「……アダンは優しいから……。それに、私よりも大人だから何でも許してくれたし……。私のためにすっごい頑張ってくれていたのよ……。そんなアダンの努力を私が全部台無しにしちゃったから……。それで私を憎んでるんだと思うの。だから私を許せないことに怒ってるんだと思うの……」

「そういうことっすか……。じゃあ、ここを出て謝りに行きやせんか?」

「嫌よ……。きっと、また私のサキュバスの血が……違うわね、私自身がアダンを求めちゃうから……。また、暴走してアダンを傷つけちゃうかもしれないし……」


先日の一見は、極度の罪悪感に精気不足による飢餓感、それに思春期ならではの破壊的なまでの異性愛がプラスされたことで、サキュバスの血が暴走したことによって理性が崩壊したためであることは、セドナにも分かっていた。

加えて、飢餓感と言う意味では先日よりも状況は悪化している。そのことを考えセドナは提案してみた。


「なら、そうならないようにあっしやクレイズ隊長が一緒にいやしょうか?」


だが、ツマリは首を振る。


「ダメよ。そんなことしたら、またアダンは私を『許さなきゃいけない』って思うじゃない! アダンは優しいから、そうやって自分の気持ちに嘘ついて、私を受け入れてくれるでしょ? そんなのずるいわよ!」


それについてはセドナも同意した。


「……まあ、そうっすね。あのアダンさんは、ツマリさんを責める姿はイメージできやせん……仮にツマリさんが原因で命を落としても、笑って逝くでしょうね」

「それに、また前みたいにアダンの大事なものを奪ったらどうするのよ! もう、嫌なのよ! 私はもう、アダンから何も奪いたくないの!」


そう感情を露わにしてセドナの居るドアをドン! と叩くツマリ。セドナはその様子に、そっと語り掛ける。


「ツマリさん……だから、部屋から出なかったんすね。自分がアダンさんを不幸にしたくないから……もう精気を吸わないために……」

「そうよ。私は自分に流れるサキュバスの血が嫌なの……。それにアダンは私なんかより、ずっとずっと素敵な女といればいいのよ。優しくて、思いやりがあって、何でも与えてくれるような、ね……。私みたいな……求めて、奪ってばかりのひどい妹じゃなくて……」


ツマリが涙声で叫ぶのを聴いたセドナは、敢えて感情を込めない口調で尋ねる。


「分かりやした。アダンさんが『ツマリさんを憎んでいる』ことに罪悪感があるってことなんすね……。あっしはアダンさんと話をつけてきやす」

「……うん、ゴメンね、セドナ。迷惑かけて」


ツマリは少しだけ悲しそうに笑いかけるが、当然ドアの向こうに居るセドナには伝わらない。


「そうだ、ツマリさん。せめて、何か一言アダンさんに言いたいことはありやすか?」

「…………」


しばらくツマリは少し考えた後、




「ごめんね、アダン……。私みたいな妹がいて……。けど、来世でも……ううん、来世では素敵な兄妹でいようね……?」




そう答えた。

「……ありがとうごぜえやす。……そうだ、ツマリさん。ちょっとドアに背中をつけてくれやせんか?」

「え?」

「あっしの手には、心を鎮める力があるんすよ。ドア越しでも伝わりやすから、背中をつけてみてくだせえ」


むろんこの発言は嘘だ。だがツマリはそれに気づかず、ドアを背中にくっつける。


「こう?」

「そうそう。じゃあ、いきやすよ……」

「! ……これは……!」


そう思った瞬間、思念がツマリの心に流れ込んできた。……アダンのものだ。


「アダン? セドナ、騙したの?」


思わずバッとドアから体を離して文句を言うツマリに、セドナは落ち着いた口調で答える。


「違いやすよ。アダンさんの思念じゃありやせん。あっしの能力によるものっす。……だから、もう一度背中をくっつけてくだせえ」

「う、うん……」


そう言われてもう一度ドアに背を付ける。だが、やはり流れ込んでくる思念はアダンのものだ。だが、ツマリは、


(これは、アダンのものじゃない、セドナの能力だから……)


あえてそう思い込み、その思念と思しき心の流れに身をゆだねていた。


(暖かい……それに、優しい思念……)


それは、ツマリのささくれだった心を必死で自ら傷つきながらも包み込む、暖流が穏やかに流れる海にも似た思念だった。


(やっぱり、これ、アダンのだ……。けど、どうして……なんで、私にこんなに優しくしてくれるの……?)


自身が心身ともに傷つけ、奪い取ったのに、そのことを微塵も感じさせない。そして、自らが傷つくこともいとわずに、ささくれた思念を包み込もうとする思念。

それに対し、ツマリは困惑していた。


(それに、この思念……。罪悪感……? それに、この思念は……)

「ツマリ、ごめんね……」


ドアの向こうから、アダンの声が聞こえてきた。


「その声……やっぱりアダンね……」


ツマリはセドナの先ほどの発言が単なる方便だと、改めて確信した。

だが、思念のやり取りによって少し心を落ち着けたのか、ツマリは拒絶するようなことはしなかった。


「本当はツマリにずっと、謝りたかったんだ……」

「どうして? 私はアダンに……」

「うん。怪我をしたし、指輪は壊されたし、周りから孤立したし……けど、その時僕は本当はどう思っていたと思う?」

「え……『ツマリ、絶対許さない!』じゃなかったの……?」


アダンは首を振り、ひどく自嘲するような口調で答えた。


「違うんだ、ツマリ。……僕は逆に……嬉しかったんだ」

「なんで?」

「『これだけ僕を傷つけたツマリは、一生傍から離れられないよね』って思ったんだ。そんな、すごい嫌な気持ちが浮かんだんだよ……」

「嘘……それって、本当なの?」


その質問への回答はなく、真偽を確かめることは出来なかった。だが、その後にアダンは自嘲的な口調で続ける。


「アハハ、最低なのは僕の方だったんだよ。しかもさ、この間僕の部屋にツマリが来た時にも……『ツマリをやっと独占できる』『怪我した甲斐があった』なんて、そんなことばっかりで……。けど、こんなずるいやり方で、ツマリを自分のものにするなんて……」

「なんでアダンは、私を好きでいてくれるの? こんな私のことを……?」


アダンはフフ、と昔を思い出すような目をして、天井を見上げる。


「ツマリが、僕を愛してくれたからだよ……。物心ついた時から、傍で笑って、おしゃべりして、一緒に支えあって……それが僕にとって、どれだけ素敵だったと思う?」

「それは、私もだよ……」


ツマリの想いでは、常にアダンと共にあった。初めて一緒に戦場でご飯を作った時。初めて一緒に遠出したとき。初めてアダンから精気を吸った時。

それはどれも、ツマリにとってもかけがえのない思い出だった。

アダンもそう思っていた、と言うことにツマリは何よりも驚いた。……そして今、アダンから流れてくる思念が自身と同じだと気づき、本心のものだと感じ取れた。


「僕は……小さい時から一緒に遊んでいたツマリも、大人になっていくツマリも、きっと大人になったツマリも、全部好きだよ」

「それは、私も……」


ツマリは、昔から自分の遊び相手として、そして頼れる仲間として、何より兄として愛してくれるアダンを愛していた。そして大人として、一人の男として成長していくアダンのことも。


「だから、ツマリがしたことなんて、なんでもないよ! 僕は……ツマリが……生きていて、隣で笑ってくれている、その笑顔だけで……僕の魔力だって、寿命だって……何を上げたって惜しくないよ!}

「…………」

「世界でたった一人の妹だよね、ツマリは……? だから……一緒にこれからも、生きていこうよ?」

「…………」


その発言で、そっと扉を開けるツマリ。そしてアダンの顔を見ながら、


「アダン、ごめん……」


涙目でアダンを見上げ、そう謝罪した。


「ツマリ……やっぱり、一緒には……」

「腕、出して?」


その言葉の意味はアダンにはすぐに理解できた。

アダンは微笑みながら腕をまくると膝立ちになり、そっと腕を差し出した。

その腕をそっと手に取り、ツマリは唇をそっとつける。


「んく……んく……んく……」


アダンの精気を以前とは異なり、ゆっくりと味わうようにのどを鳴らすツマリ。

ポタポタとその腕には暖かい涙が落ちていく。

しばらく精気を吸い、涙で潤む瞳をアダンに向ける。


「アダン……」

「久しぶり、ツマリ? ……目を閉じて?」

「うん……」


いつものように、その目にたまる涙を拭うように、アダンはその瞼を重ね合わせた。

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