双子兄妹の息の乱れない連携攻撃、良いよね
(アダンとツマリは……なに!?もう私の前に?)
自分の方が先に飛び出したはずだったのだが、アダンとツマリの兄妹は自分の前に出ていた。
体格はこちらの方が大きいはずなのに、一蹴りで進む速度がまるで異なる。まるで空を駆ける天馬のごとき軽やかさで、二つの疾風が大地を走っていた。
そして数秒後、アダン達は兵士たちの手段の真ん中に音もなく飛び込んだ。
何も打ち合わせをしていないにも関わらず、背中合わせに死角もない態勢。
「はあ!」
「せい!」
そして一瞬で肉弾戦を得意とするツマリの掌底がエルフの顎に炸裂し、魔法を得意とするアダンの放つ魔法の泡が数人の兵士を包み込み、眠りにいざなった。
「な……勇者!」
「くそ、ダリアーク様の……」
言ったとおりだ、と言おうと思ったのだろうが、ようやく追いついたクレイズに後ろから首を絞められ、そのまま意識を喪失していった。
はじめは応戦の意思を見せていたエルフたちも、暗がりの中で目まぐるしく動くこちらに焦点を合わせることが出来ないのだろう、隊長と思しき大柄なエルフの女が叫んだ。
「全員、撤退しろ!ダリアーク様に報告するんだ!ここは私が引き受ける!喰らえ!」
そう言うと、ツマリ達に向けて魔法を放った。雷を光球状に固めて打ち出すタイプのものだ。
「ツマリ!」
「うん!」
だが、アダンのその掛け声によりツマリは高く跳躍し、魔法をかわした。
それに呼応するかのようにアダンは剣を抜き、刃を背にして腰を落とした。
「いくわよ、お兄ちゃん!」
「はあ!」
アダンは背後から敵の膝裏を大きく打ち付けた。
「ぐ……!」
隊長と思しきエルフはそれにより体を大きくぐらつかせた。そこに急所となる後頭部が無防備となった。
「寝てなさい!」
そして、その後頭部にツマリは剣の柄をしたたかにぶつけた。
(素晴らしい……!)
ばらばらになって逃げるエルフたちの足元を次々に払いながら、クレイズはその瞬間を恍惚とした表情で見つめていた。
(あの足さばき、息の合い方、合わせ技……!やはりあの二人は、私の最期の相手に……いや、待て……)
「く……くそ……」
これにより、女は膝をついた。
「まだ……まだだ!」
だが、すぐにバッと起き上がり剣を抜くが、すでに後ろにはツマリが立っていた。
「もう起きないでね……」
これを見たツマリは、とどめとばかりに女の首筋に手を振れ、思念を送り込む。
頭にガツン、と衝撃を受けるような錯覚を受けたのだろう、女は崩れ落ちた。
(おかしい……今の動き、違和感が……)
そこまで考えたところで、一人のエルフが暗がりに消えていくのを見過ごしてしまった。
(しまった!)
だが、幸いなことにエルフが逃げた街道はクレイズの部下たちが潜伏していた場所だった。
「ぐは!」と音がして、そのエルフが取り押さえる音が遠くから聞こえてきた。
もしそのエルフが『街道は封鎖されているだろうから、茂みに逃げ込もう』と考えるほどの知恵と判断力があったのであれば、作戦は失敗していただろう。
「まったく、隊長らしくもないねえ。とりあえず、逃がした奴はいないと思うよ」
そう言いながら、リザードマンの兵士がさるぐつわを噛まされた兵士を手に、暗がりからやってきた。
「そうか……。すまないな」
「ま、俺たちもやることがあってよかったよ。……次のエルフたちが来るまで3時間くらいあるそうですし、少し休憩しましょうよ?」
このことは、今さるぐつわを噛ませている兵士たちから聞き出したのだろう。他の部下たちも暗がりから顔を出した。
「おお、その情報を聞き出してくれたのか」
「流石に俺たちだってそれくらいの仕事はしますって」
クレイズ自身がそうするつもりで意識を残した状態で無力化していたのだが、その必要がなくなった。
「助かる。昨日からまともに食事もとってないからな。着替えたら食事にしよう」
そう言うと、クレイズは足元で転がりながらのたうつ兵士たちにさるぐつわを噛ませた後、装備を奪った。
「いっただっきまーす!」
ツマリは大声で叫ぶと、携帯食料として出された黒パンと干し肉、そしてドライフルーツにかじりついた。
「うん、おいしい!けど、やっぱりこの季節だとあったかいものが欲しいわよねえ……」
満面の笑みで干し肉をほおばりながらも、少し不満そうにツマリはつぶやいた。
「ハハハ、まあ仕方がないさ。さすがに炊事の煙まで上げたら、敵さんにも怪しまれるからな」
そう言いながらもクレイズは白カビの生えたチーズを口にしていた。
無表情で口にするが、その食べっぷりから相当に空腹だったことが分かる。その様子を見ながら部下の兵士たちが囃し立てた。
「あれ、クレイズ隊長。チーズは嫌いじゃないでしたっけ?」
「まあな。ただ、空腹ならなんでも美味く感じるものだな」
「そうなんですか?意外ですね。クレイズさんは大人っぽいし、好き嫌いが無いと思いましたが……」
アダンもビスケット(嗜好品ではなく、いわゆる保存食として用いられる固いタイプのものである)をかじりながら笑う。
「実は正直なところ、私は結構な偏食家なんだ。チーズや干物と言った匂いのきついものがあまり好きでは無くてな」
「そういや、携帯食もあまり食べたがんないですよね。セドナさんから野戦食の作り方を教わったのも、それが理由でしょ?」
先ほどの兵士がそう言うと、クレイズは恥ずかしそうにうなづいた。
「む……。まあ、そうなのだがな。だが、甘いものは好きだぞ?それに野菜嫌いと言うわけではない。街中ではあまり困る嗜好ではないぞ?」
因みに、主に野菜中心の食生活を好むエルフが支配するこの世界に置いて『野菜嫌い』と言うのは極めて恥ずかしいことと蔑視される傾向がある。そのことを強調したのか、クレイズはそう答える。
「アハハ、クレイズの意外な弱点ね!今度のご飯の時には、きっつい匂いのフルコースをご馳走してあげるわね!」
「勘弁してくれ……」
苦笑しながらもチーズを食べきったクレイズは、ツマリの食べ方を見て疑問を呈した。
「そういう君も、パンを半分も食べていないじゃないか」
「うん。なんかもう、お腹いっぱいになっちゃって」
ツマリは少し残念そうに、手に持ったパンを見つめた。
「あれだけ勢いよく食べていたのに、食が細いんだな。それも夢魔だからか?」
「……多分、そうね」
そう言うと、ツマリはそっとパンをアダンに渡した。
因みに夢魔は『エナジードレイン』で栄養を摂取できると言ったが、それは決して人間など他種族の上位互換と言うわけではない。
エナジードレインで摂取できるのは、現代社会でいうところの「カロリー」のみであり、それ以外のタンパク質やビタミンと言った栄養素は他の食事から摂取する必要がある。
また、それに伴い思春期に差し掛かると次第に胃袋の大きさが他種族に差が開くようになるため、小食になりやすい。
そのことを知識としては理解しているが、少し意外そうにクレイズは尋ねた。
「アダン、ごめんね。これ代わりに食べて?」
「うん」
そう言うと、アダンはツマリが食べかけていたパンをかじり始める。エルフの血が濃いアダンは、ツマリほど食が細くないようだ。
「こういう話、もう少し相談できる人がいると良いんですが……。なんでボクたち以外、クレイズさんの部隊に夢魔はいないんですか?」
「ああ。夢魔やエルフと言ったあのバカ皇帝の好きそうな種族はみーんな後宮に連れていかれたからね」
「それに、男の夢魔やエルフは良くて追放、悪けりゃ処刑されちまう。で、残るのは俺たちみたいなドワーフや人狼、リザードマンだけってわけよ」
そう言いながら、兵士達は不満げに答えた。
(何が地雷か分かったものじゃないんだな……)
そう思いながら、アダンは自分が失言をしたことに気づき、押し黙った。
それからしばらくして、アダン達も食事を終えた。
「ふ~……。お腹いっぱいですね」
「ああ。これだけでも依頼を引き受けた価値があったというものだな」
クレイズは採取場の近くにある小川で入念に口を漱ぎながら答えた。よほど、匂いのきつい食事が嫌だったのだろう。
「それじゃあ、兵士が来るまで警備のふりをしておこうか」
「…………」
だが、ツマリは立ち上がらなかった。
「どうしたの、ツマリ?」
「……ごめん、やっぱりお腹すいて……」
そう言うと、アダンの方を向いてきた。
「お兄ちゃん、ごめん。その、エナジードレインやっていい?」
「あ、やっぱり?うん、良いよ?」
そう言うとアダンは手を差し出した。これにツマリは口をつける。
「う……」
力を少しずつ吸われているのだろう、アダンの体がぴくり、と動く。
「んく……んく……おいし……」
しばらくツマリはアダンの手に口づけをしながら動かなかったが、数十秒後、アダンは尋ねる。
「あの、ツマリ?そろそろ良いんじゃない?」
「え?」
そう言うと顔を上げたツマリ。だが、
「ごめん、アダン。まだ、足リナイ……モット、頂戴……」
そう言って、今度は頬に唇をつけてきた。
エナジードレインによる吸収効率は、基本的には相手に口をつける部位によって異なる。一般的な順序として、手→額→頬→脛→瞼→首筋→唇と言った具合であり、相手が心を許していないと触れられない位置になるほど、吸収効率は大きい。
「ち、ちょっと、ツマリ……。まだ次の作戦もあるから、ちょっと……」
「ダマッテ……」
ごくり、ごくりと喉を何度も鳴らしながら精気を取り込んでいくツマリ。
先ほどまで食事をしていたにもかかわらず、アダンの足元がふらり、と揺れる。
それから10秒ほど経過し、
「おい、その辺にしておくんだ、ツマリ。あまり吸いすぎると君も胃もたれで動けなくなるぞ?」
その状態を見かねたクレイズが、ツマリに注意した。
「え?」
これによって、ツマリはわれに返ったようにハッとした表情になり、アダンを解放した。
「……ありがと、ごちそうさま、アダン」
ペロリ、と舌を舐めながらにやりと笑うと、すぐに振り返った。
「……あの、ツマリ!」
「ん、なに?」
「……ううん、何でもない。頑張ろうね?」
「うん。もちろんよ」
そう言うとツマリは兜を目深にかぶり、立ち上がった。
(……はあ、はあ……)
アダンは興奮する自身を必死で落ち着かせるように、深呼吸を何度もしていた。
(すごい……思念が……なんだったんだろう……)
ツマリの思念は炎のように熱いものだったが、先ほどのはいつものそれとは比べ物にならなかった。
また、何よりも違和感を感じたのは頬に吸い付いた時だった、
(あの時のツマリ……瞳の色が赤色に染まったような気がしたけど……)
そう思いながらも、アダンは周囲の安全を見渡した。
幸いと言うべきか、まだ敵影は見られなかった。
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