双子が親愛の情にほっぺにキスするの、良いよね
それから数時間後。
クレイズ一行は村から一番近くにある採取場に到達した。
「し……あそこにいやすね、エルフたちが……」
「え、どこ?暗くて見えないけど……あ、あそこか」
はじめにセドナが夜間の見張りと思しきエルフたちを発見したらしく、声を潜めるようにつぶやく。
「今回の作戦、まず第一段階は隊長とお二人にかかっていやす。頼みやすよ」
「うん。けどセドナはいかないの?」
「ええ、あっしの獲物はメイスだから今回の作戦には役にたてやせん。それとほかに気になることがあるんで、仲間を何人か連れていきやす」
そう言うと、セドナは数人の兵士と共に暗がりの中に消えていった。
茂みの中で、クレイズ達はエルフたちの様子をうかがっていた。
「だが、妙だな……」
その様子を見ながら、クレイズは小声でつぶやいた。
「なにが妙なの?」
「そもそも戦争は終わったから、膏薬の需要は今後下がっていくはずだろう?なのに今更接収するとは……あいつらは何を考えているんだ?」
「あ、そう言えばそうですね」
クレイズの疑問に、アダンも同意した。
そもそも戦争が起きると様々な物資の価格は高騰するものである。
特に、武器防具の素材になる鉄くずや傷薬の原料になる薬草、攻撃呪文を教える技術の販売などを行う村落は急激に発展することになる。
先ほど訪れた村落もその一つである。
だが、当然戦争が終結し大陸内が統一国家となった現在、平和な治世が続くというのであれば膏薬を無理に接収するほどのメリットはない。
「……まあ、そういうことを考えるのはセドナの仕事だ。私は戦うことだけ考えよう」
クレイズも騎士の出身なので教養は人並み程度にはある。とはいえ所詮は人間と言うこともあり、戦術や戦略に関する知識や技術以外に学んだことは少ない。
特に政治や経済に関する知識は全くの門外漢であり、ある意味為政者にとって一番都合の良い「コマ」としての教育を受けてきたと言える。
「そう言えば、セドナさんって、なんか兵士っぽくないですよね」
「あたしもそう思う!口調はちょっと変だけど、なーんか頭の良さが違うわね。あたしたちも知らない凄いこと知ってるかと思えば、簡単なリボン結びも出来なかったり……どういう人なの?」
ツマリの質問にクレイズは首を傾げた。
「実は私も彼の来歴はよく知らないんだ。元は皇帝の側近だったことは確かだがな」
「側近と言うより、あのスケベバカがセドナをどっかで見つけてきたから、皇帝になれたというべきだけどね」
傍にいたクレイズの部下は、吐き捨てるようにつぶやいた。
「ま、確かにセドナが側近に居れば、それくらい出来そうね。けど、なんでクレイズの副長になったの?」
「……愚弟……じゃない、義弟のハーレムの中に敵国のスパイがいてな。その女の謀略に対して諫言したら、降格されたんだ」
そうクレイズはつぶやくと、ツマリは納得いかなそうに怒りの声を上げた。
「え、それひどいじゃない!」
「まあな。……とりあえず、この話はその辺にしておこう。エルフたちも、どこか警戒を強めている。さすがはエルフと言ったところか……」
そう言うと、クレイズははぐらかすようにエルフたちの方を見るように指示をした。
エルフは人間に比べて直観に優れている。さすがにまだ茂みに潜むクレイズ達の存在に気づいてはいないようだが、談笑することもなく注意深く周囲を見張っている。
「そうですね。或いはダリアークに何か吹き込まれた可能性もありますね……」
「そうだな。合図をしたら、私とアダン、ツマリで奇襲をかける。他のものは万一のうち漏らしを考えて、ここで待機していてくれ」
「ああ、分かったよ、隊長」
今回セドナが作戦は、極めて単純なものだった。
まず近くの採取場にいるエルフたちを襲撃し、衣服を奪い取る。その上で交代に来たエルフたちと入れ替わる形で城内に侵入し、内部の兵を倒したうえで糧秣を奪い、退却に追い込むという形である。
「けど、殺すな、ってのはまだ良いとして、鎧も壊すな、出血もさせるなってのは難しいわね……」
ツマリはそう言いながら、少し身震いした。
これは衣服に血の跡がついていたら鎧に傷がついていたりする場合、偽装作戦がすぐに露見する可能性があるためだ。当然セドナのような鈍器を武器にするものはこの作戦には参加できない。
その為、一瞬で一人も逃がすことも無く全員を気絶させるというのは人間業ではない。
その為、卓越した剣技を持つクレイズと、夢魔の中でも身軽なアダン、ツマリだけでこの作戦を実行することになった。
「ツマリ……緊張しているの?」
「え?……だ、大丈夫よ、多分……」
アダンは勿論、他の兵士たちにもツマリが緊張していることが見て取れた。
何度も戦いを経験してきたツマリだが、先ほどの撤退戦の時の不安が残っているのだろう。
その様子を見たアダンは、
「ちょっと手を出して?」
そうツマリに尋ねた。
「え?……うん……」
そう言うと、アダンはツマリの手をそっと握って額に当て、目をそっと閉じた。
「やっぱり、思念が乱れているね……。大丈夫、ボクがついているから……」
アダンはツマリのくすぶる炎のような思念を感じながら、穏やかにそう言って自身も思念をツマリに送った。
熱い炎を穏やかに落ち着けるような、小川のせせらぎのような思念。いつもこれは緊張したツマリに対してアダンが注ぐものであった。
これを感じ取ったツマリは、少しずつ気持ちを落ち着けていった。
(アダン……私の中で走る炎を覚ますような柔らかい水みたいな思念……優しくって、いつも落ち着く……。それに、手の温かさも伝わってきて……やっぱり、傍に居てくれるだけで嬉しい……アダンも私のこと、そう思ってホシイナ……)
ツマリがそう思っていると、アダンはそっと目を開けた。
「あ、ありがと……。ごめんね、いつも……」
いつもこのような形でツマリの熱く鋭い心を落ち着かせてきたのだろう、クレイズはその光景をほほえましくみていた。
アダンはツマリをそっと見つめた後、
「後、これはいつものおまじないだよ?」
そう言って手を離すと、アダンは頬に軽くキスをして、にっこりとほほ笑んだ。
「え……」
その瞬間、跳ねるような思念が周囲にも拡散した。
「一緒に帰ろうね、ツマリ?」
「う、うん……」
ツマリはその瞬間、自身の心臓が高鳴るのを感じた。
(どうしてなの……いつものおまじないなのに……なんで今日はこんなに……?)
そう思いながらも煩悶するが、クレイズは冷徹につぶやいた。
「ツマリ……思念を垂れ流しすぎだ。見ろ、エルフの連中、いよいよ周囲を疑い始めたぞ」
まだ遠くに居るエルフたちが、急に慌てふためくようにきょろきょろし始めた。
「え、嘘?なんであんな遠くの相手に届くのよ!?」
「君の思念が成長しているのだろう。そんなことより、行けるか?」
「もちろんよ!」
「では、行くぞ!」
そう言うと、クレイズは音もなく茂みから飛び出し、大きく身をかがめて走り出した。
(しかし……今の思念の強さは異常だったな……)
走りながらクレイズは疑問を呈した。
『無意識に垂れ流した思念』が遠く離れた相手にまで届くことは通常の夢魔では起こりえない。そうでなければ、夢魔は心を読まれるのが嫌で家から出ることも出来ない。
(これほどの思念を持つものをなだめられるのか、アダンは……)
そう思いながら、クレイズは改めてアダンの心の強さに感心した。さらに、
(だが、ツマリがこのペースで思念の強さを高めていったら……そして『接触した状態で、明確な意思を持って』思念を全力で注ぎ込まれたら……アダンは正気を保てるのか?)
そうも思いながら、敵陣に切り込んでいった。
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