下の子がわがまま言うのを上の子がなだめるの、良いよね
村に近づくと、一人の村民が「あっ」と声を上げて村の中に走り去っていった。
「うーん……。やっぱりボク達、歓迎されてないのかな?」
「そりゃ、普通は余所者なんて歓迎される訳ねえっすよ。それにあっしら、どう見ても『戦闘のプロ』って、いで立ちっすからね」
「あたし、そんなに魅力ない?こんなに可愛いのに……」
少し不機嫌そうにするツマリに、アダンは慌てたように答える。
「だ、大丈夫! ツマリは可愛いよ!」
「そうよね、ありがと、お兄ちゃん」
その返答にツマリは機嫌を直したようだ。
「とにかく、我々は略奪に来たわけじゃないことを伝えねばな」
そういって白旗を掲げながら近づくと、村長と思しき人が数人のお供を連れて、村の入り口に歩いてきた。
一見すると穏やかな様子を見せているが、明らかにこちらに不快感をあらわにしていることが分かる。
「おお、これは元帝国兵の皆様。今日はどのような用でいらしたのでしょうか?」
「いえ、彼らは今はボクの部下です」
そう言うと、アダンは兵士たちの中から一歩歩み出た。その姿を見るなり、村長の表情が一変する。
因みにクレイズがアダンの指揮下に入ったという名目にすることは事前に打ち合わせていた。
「ゆ、勇者様? どうしてこんなところに?しかも、このような輩を連れて!」
輩、と言う言葉に村長の本音が透けて見えるようだった。クレイズはその発言に少し残念そうな表情を見せた。
「実は……」
ここで、アダンはことのいきさつを説明した。
「おお、なんと……。やはりあの薄汚いエルフ共……あなた方も利用されたのですな……」
「ええ……。裏切られて今は流浪の身です。ですが、いつか必ず復讐を成し遂げるつもりです。こちらに居るクレイズは、元帝国の四天王の一人。きっと頼りになることでしょう」
「私たち帝国のものがあなた方の村にしてきたことは存じております。歓迎していただけないのは承知の上。せめて我々に出来ることはあればさせていただきます」
クレイズは下馬した上で、深々と頭を下げた。
なお、セドナは正しい敬語を話せないこともあり、ここでは口をつぐんでいる。
それを聞き、村長は媚びるように尻尾を振りながらクレイズ達の方を向いた。
「おお、それであれば……。その、実は頼みたいことがありましてな……」
「どのような要件でしょう?」
「この村を北に行った先に薬草の採取場がありましてな……そこで摘んだ薬草を傷薬に加工するのが我々の生業としておりましてな……」
そう言いながら村長は傷薬と思しき膏薬を取り出した。
「あ、その薬……」
「おや、ツマリ様もご存じでしたか? ハハハ、最近は戦争のおかげでよく売れましたからな。嘆かわしいことです……」
そう言うと、村長は苦笑する素振りで笑みを浮かべる。だが尻尾を見るに戦争によって暮らしぶりが良くなっていたことは隠せていない。
(クレイズさん。あのパイプ、コーンパイプ……いわゆる『転移物』っす)
セドナがボソッとクレイズにつぶやいた。
この世界におけるトウモロコシは、パイプの素材には適さない。そのことからコーンパイプは転移物として送られてきたものしか存在せず、当然値段も高額である。
そのような高級品を見せびらかすように燻らせていることからも、村民の羽振りの良さが伺えた。
「なるほど、その薬の産地だったのですね。それで、その採取場はどうしたのですか?」
「ええ。実はここしばらくの間、ガラの悪いエルフの連中が採取場を独占しておりまして……それで、我々としても困り果てていたのですよ。何とかしていただけませぬか?」
「……ふむ……」
その時、口を閉じているのに耐えられなかったのだろう、ツマリが大声を挙げた。
「まっかせといてよ!それなら、あたしたちが退治してきてあげる!」
その無礼ながらも威勢の良い態度に、村長は笑みを浮かべる。
「おお、それはありがたい! しかし、気を付けていただきたいことが……」
「なによ?なに隠してんの?」
「実は、その採取場の近くにエルフ共が根城にしている古城がありまして……」
「古城?」
「ええ。そこから採取場で集めた薬草を町に卸しているのでしょう。……あのエルフの兵士たちも強欲なものですな……。しかし、皆様に引き受けてくださると聞いて、このわたくし、感服いたしましたぞ?」
「え……」
そこまで聴いて、ツマリは自身が安請け合いをしてしまったことに気が付いたらしく、アダンの方を向いた。
恐らくツマリは、エルフと言えども小規模な山賊を想定していたのだろう。村長の話を聴く限り、明らかに相手は正規兵である。
「ちょ、ちょっと待って! そんなにやばい相手なの?」
最初に簡単そうな依頼に見せかけて了承させ、後になって難しい条件を提示する。さすがに村長ともなればこのような腹芸の一つや二つはやってのけるのだろう。
アダンは困惑したようにクレイズの方を向くと、クレイズは嬉しそうに笑みを浮かべながら頷き、前に進み出た。
「それでは村長。彼我の戦力差をお聞かせ願いたい。エルフの兵数はどの程度だ?」
クレイズは戦闘と聞いて、血が騒いだのだろう、先ほどまでの柔和な態度が崩れ去り、一人の剣士の表情と口調で尋ねた。
「採取場にくる兵士は毎回15名ほどですが、それ以上のことは……」
「採取場の他に、街道の封鎖や鉱山の接収と言ったことは?」
「それはありませんが、採取場は1か所ではありません。……少なくとも4か所の採取場でエルフの部隊を見かけたそうです」
「なるほど、では古城に居るのは……どう思うアダン?」
「採取場に60名、四交代で勤務をしていたとしたら、予備隊を含めて300名くらいだと思います」
体力の乏しいエルフには三交代勤務は難しい。その為、肉体労働には人間より多くの人員が割かれることも知られている。
アダンの回答に、クレイズも頷いた。
「ああ、私も同感だ。……大体人数差は15倍、か……。まさかこんな場所に名のある将はいないだろうから、我々でなんとかなりそうだが……。あとは何かわかることは?」
「ふむ……。確か昨夜のことでしたか、エルフの連中が何か話していたような……」
「断片的な内容で良い。どんなことか分かるか?」
「ええ、確か……ダリアーク様がお戻りになった、とか……」
「なに?」
クレイズは一瞬驚いたが、よくよく考えたら不思議なことではない。
このあたりには大きな村はなく、かつ集落もほとんどはエルフに敵対的な種族が住んでいる。
その中であれだけの大部隊を休ませることが出来る場所と言ったら、その古城であっても不思議ではないからだ。
「ってことは……前戦った大部隊を全部相手にすんの?」
「それは無いと思います。今朝、エルフの大部隊が古城から出ていったと聞いています。恐らくただの通過点だったのでしょう」
「ほっ……」
それを聞いてツマリは安心したように胸をなでおろした。
「なるほど。それでは、アダン隊長。ちょっと来てください」
「え?……あ、はい」
そう言うと、クレイズはアダンとセドナを集めてひそひそと話を始めた。
そしてしばらくの後。
「分かった、それではこの依頼、正式に引き受けさせていただきます」
アダンはそう言って村長の手を取った。
「おお、それはありがたいことです!それで、その……。皆様は、いつ頃お発ちになるのでしょうか?その……私たちの種族はあまり、人間も好きではないので……」
やはり余所者を歓迎する気にはなれないことと、人間に対する嫌悪感があるのだろう。
「であれば、今から出立します。すみませんが村長さんには3食分の糧秣を用意していただけますか?」
そう答えた。
だが、それを聞くなりツマリは横から口を挟む。
「え……じゃあさ、クレイズ? 今日はベッドで休むのは……」
「すまないが、お預けだ」
「嫌よ、そんなの!」
「しかし……」
ツマリの反発にクレイズが困惑した様子だったのを見て、アダンが目くばせしてきた。
それを見て、クレイズはツマリから一歩離れアダンに任せることにした。
「うん……。そうだよね、ツマリは頑張ってここまで来たんだもんね」
「でしょ? だから、せめて出発は明日にしない?」
「そうだね。だから、まだ幼いツマリだけはここで休んで良いってクレイズさんは言ってたよ?」
むろんそんな約束はしていないが、クレイズは黙ってうなづいた。
その『幼い』と言う言葉に反応したのか、ツマリは不快そうな表情をする。
「え……それじゃあ、お兄ちゃんは?」
「ボクは行くよ。隊長が部下に仕事を丸投げするのもよくないから」
「だったらあたしも行くわよ! あたしだって子どもじゃないんだから!」
「そう?なら、助かるよ、ツマリ!頑張ろうね!」
昔からこのようにツマリのことをコントロールしてきたのだろう。アダンのやり方をクレイズは感心した。
「……勇者様方にこのような扱いをしてしまうこと、お詫びいたします」
村長はそう言うと深々と頭を下げた。
「いえ、別に気にはしていません。我々帝国兵があなた方にしたことを考えれば、嫌うのは当然です」
作戦会議が終わったためだろう、クレイズの口調が敬語に戻り、表情も柔らかくなっている。
「それでは早速食事の用意をいたします。……皆様の検討をお祈りしております」
そう言うと、村長はそそくさと村に戻り、炊事場と思しき施設に駆け込んでいった。
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