少しずつ双子の足並みが揃わなくなっていくの、良いよね
それから数時間後。
交代にやってきた兵士たちを滞りなく気絶させ、その匂いを部下の人狼に追跡させながら、クレイズ一行は古城に向かっていた。
(……やはり……あの時の違和感は嘘ではなかったのかもしれない……)
先頭は当然人狼の部下だが、そのすぐ後ろを歩くクレイズは、両脇に居るアダンとツマリを見ながらそう思った。
(この二人……ほんの数週間前戦った時より、弱くなっている……)
先ほどのエルフの部隊長との戦いを見ていて感じたことが、それであった。
(確かにあの女は強敵だった……。だが、以前私と戦った時の二人だったら、最初の連携攻撃で完全に意識を奪えていたはずだ。それなのに、最後に立ち上がったところにもう一撃が必要となったのは、明らかにおかしい……)
そこまで思い、自身の脳裏に嫌な予感が走るのを感じた。
(今にして思えば、アダンはツマリに声をかけていた……。以前私と戦った時には、あのような掛け声はかけていなかった……。足並みが揃わなくなっているということ、か?)
そう思いながら、二人の様子を見ながら思う。
(そもそも、この二人は今なぜこんなに距離を取っている?昼間はあれだけ近くに居たのに……。そう言えば昨夜も違和感があったが……。なんだ、この違和感は……なんと表現するべきと言うか……)
語彙があまり多くないクレイズは必死になって言葉を探し、ある結論に達した。
(そう、一心同体だった二人が二つに分かたれていくような……そんな感じがするな……)
(……僕は、どうしてこんなに……気持ちが……高鳴るんだ……)
ツマリの目を見て、その思念を受けてから、ツマリに顔を合わせることが出来なくなっていた。
ツマリのことを一瞬見て、目が合うたびに顔をそむけてしまう。
リボンで強引にまとめられた髪から見える首筋。服の上からでも目立つようになってきた胸元。そして鍛えられながらも細く美しい、華奢な足。
その全てが、自分の心を惑わせていた。
(ツマリって……あんなに可愛かったっけ……あのリボンが止められた髪……撫でたい……あの体を抱き寄せたい……)
そう一瞬自分の頭に走るたび、それは気のせいだ、と顔をぶんぶんと振る。
(何考えてるんだ……。ツマリと僕は兄妹なんだ……それに、両親に言われたじゃないか、ツマリを死んでも守り続けろ、その命はツマリのために使えって……。ツマリを悲しませちゃだめだ!)
そう考え、気持ちを落ち着け、アダンは尋ねる。
「すみません、クレイズさん」
「なんだ?」
「古城に着いたら、どう戦いますか?」
「そうだな……。恐らく規模にもよるが、城門を先に落とすべきだな。あとはセドナの言ったとおりに戦おう」
「ええ」
そう言って、アダンは次の戦いに集中しようと思うことにした。
(なに……この気持ち……)
ツマリの内面は、アダンよりさらに不安定に揺さぶられていた。
必死で周囲に気取られないように心の高ぶりを抑えてはいるが、それが止めることが出来なくなっていた。
(昨日から、ずっとそう……夜が来ると、私の心が私じゃなくなっていくみたい……別の、私の中の『別の私』に体を乗っ取られていくような……)
そう思い、ツマリはポケットに入れていた綺麗な小石(二人は気づいていないが、宝石の原石である)をなでた。
幼い時にアダンからわがままを言って譲ってもらったものだ。
あの時のようにアダンを一人の兄として頼りにし、アダンをただの妹として愛していた時代の思い出が、ツマリにとって支えになっていた。
(凄い衝動が体の中から湧いてきて……それが全部アダンに向かっていくような感じ……。昼間はいいのに、夜になると凄い強くなってくる……こうやって小石をなでてると落ち着くけど……どうなっちゃったんだろ、私……)
そう思いながら、ツマリはアダンの方を向いた。
長年の戦いで自身を庇って傷ついた腕、そして昔のかわいらしかった手とは違う、ゴツゴツしてきた指先、子どもから少しずつ『男』を思わせるようになってきた風貌。
(けど、アダンの精気……いつもと同じ味のはずなのに……全然違う……いつもの何倍も美味しくて、もっと欲しい……体が壊れても良い……この衝動に全部、身を任せたい……)
その思いが再び沸き上がり、胸がドクン、と高鳴っていく。
(ダメ……そうしたら、アダンに嫌われちゃう……。けど、アダン……早く仕事が終わったら、アダンと触れ合いたい……壊れるくらいの力で、ギュッとしてもらいたい……けど、これ以上一緒に居たら、頭がおかしくなるかも……)
そう思ったツマリは、思考をそらそうと、必死になって別のことを考えようとする。
「ねえ、クレイズ」
「なんだ、今度はツマリか」
「この古城を取ったら、みんなでお祝いしない?」
その発言に、後ろに居た兵士たちも嬉しそうに答える。
「お、そりゃいいっすね!派手にやりましょうよ!」
「ほんとだね。近くにあんたらの同族の村もあるって聞いたから、そいつらも一緒に呼ぼうよ!」
(え?……ってことは、私以外のサキュバスがうちに入るの?)
その発言にツマリはビクリ、と体を震わせた。
「ああ、それはすでにセドナにも通してある。その宴の中で顔を売り、村人たちに新しい仲間として加入してもらう、と言うところまで計画だからな。当然派手に行う予定だ」
「そんなら、たっぷりとごちそうも出るんですね! く~楽しみっすね、隊長!」
「そうだな……って、どうした、ツマリ? 怖い顔をしているが」
「…………」
アダンが別のサキュバスの女性と語らう姿がツマリの頭に浮かんだ。
それに対して、強い殺気のような怒りのような感情が沸き上がる。
「そ、そうよね。みんなで祝って、それで……みんなで戦うのよね」
そもそもは、自分たちがエルフたちと同じように対等に扱われることを望んで始めた戦いだった。
だが、今はそんなことよりアダンのことで頭がいっぱいになっている自分を恥じながらもツマリは思う。
(アダンがほかの女と仲良くなんてしてほしくない……なんで? 前はこんなこと思わなかったのに……それに、傍に居たいけど、傍にいるのは恥ずかしいような気持ちになるし……いったい、私はどうすればいいんだろう……)
ツマリは赤く染まる目に気づかないまま、自身の顔を撫でた。
「おっと、皆さん。お話はここまでだ。いよいよ古城に入ることになりますよ」
先頭を歩いていた人狼がそう言って、暗がりの中でうっすらと灯りがともされている古城を指さした。
「ああ、ありがとう」
古城は粗末ながらもなんとか形を保っている城壁と、同じく砦に毛の生えたような大きさの、粗末な城で構成されていた。
恐らく、先の帝国との戦争よりもはるか昔に作られた施設であり、諸侯の出城か何かとして使われていたのだろう。
城そのものが生活の拠点になるというより、有事の際に近隣の村人を非難させるための機能を期待されていたと思われる。
いかにクレイズ一行が精兵と言えど、まともな城を落とすことはこの人数では絶対に不可能だ。しかし、この古城は小規模であり、落とすことは当初の計画の通りに行えば支障はなさそうだった。
「……行くぞ!」
そう言って、クレイズは先頭に立ち、ゆっくりと進みはじめた。
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