③ 最上さんは日記に嘘の予定を書く
放課後の教室で、私は通学バッグの中を漁っていた。
アレがない。どうやら教室のどこかに落としてしまったみたいだ。
もし誰かに拾われでもしたら——。
「ねえ、ミキちゃんの落とし物だよね、この日記」
「最上、さん…」
よりにもよって、一番拾われたくない相手に。
「ごめん、中身…少し見ちゃった」
「殺して」
見られた。
最上さんの髪の色が明るくて綺麗だとか、リップの色が変わったとか、そんな薄気味悪いことが綴られたこの闇日記を。
もう終わりだ、私の学生生活。
「あのさ、交換日記、してみない?」
「へ?」
「いやさ、私たちあんま話したことないじゃん? ミキちゃんて、あまり話すのは得意じゃなさそうだから…交換日記ならどうかなって」
見れば最上さんの頬がうっすら紅潮していた。口元も少しにやけている。
ああそうか。
刺激的、とでも思っているんだろう。こんな戯れ、学生時代にしかできないもんね、きっと。
以来、私と最上さんの交換日記が始まった。そんなある日。
『5月2日 雷雨 ミキちゃんと手をつないだ うつむいた顔が可愛かった』
「最上さんこれなに? …今日の日付だよね」
「へへ、ほんとにつないでみる?」
「…つながないし」
つないでもいないのに、うつむいてしまった。そんな私を最上さんが楽しそうに見ている。
それから最上さんは日記に嘘の予定を書くようになった。
『5月12日 大嵐 ミキちゃんと添い寝をした ベッドから甘い匂いがした』
『5月14日 隕石 ミキちゃんとリップを交換した ミキちゃんの味がした』
ああ、弄ばれている。
いちいち私が恥ずかしがるのが面白いのだろう。そして私もこの状況を心地いいと感じてしまっている。
お遊びでも、彼女と一緒にいれるなら、なんて。
でも、そんなのはダメだ。
一方的に私の心が擦り切れて、いずれ立てなくなってしまう。
終わらせよう。
『5月18日 晴 最上さんとキスをした』
「ミキちゃんこれなに? 仕返し?」
キヒヒと笑う最上さんを黒板に追い詰める。
「うん、仕返し」
「は?」
顔を近づけると、最上さんが唇を真一文字に結んだ。瞳は潤み、泣きそうな顔で私を睨む。
ほら、やっぱり。
ざまあみろだ。
「嘘だよ」
私は最上さんを残して、教室から走り去った。
最上さんとはもう目も合わせない。交換日記も終わりだ。
そう思っていたのに。
『5月19日 キスしてよ』
真っ赤な顔でムスッとしている最上さんを見上げる。
「最上さんこれ、予定調にもなってないんだけど?」
「…こんくらい書かないと、ミキちゃんすごく鈍感だから」
「え?」
「でもいきなりはやめてよね、こ、心の準備が…」
(おわり)
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