第5話 この冒険譚は、夫にはナイショです
「決闘前に、互いに握手を交わしてください」
そう、主催に促されて私はゾフィーと握手を交わす。赤いドレスを着たゾフィーの手はひんやりと冷たい。
「後悔させてやるよ」
「ゾフィー、それはこっちのセリフよ」
握手を交わした後私とゾフィーは10メートルくらい距離を取り、主催の始め!という声で戦いの火ぶたが切って落とされる。
「ふん!」
ゾフィーの火炎魔法。火焔の柱が私に向かって迫って来る。私は防御魔法でバリアを張り、更には水魔法で水流を出して応戦する。
「えっとこうして、こう…!」
(要は家事と一緒!)
同時に複数のタスクをこなす。と言う点では魔法は家事…特に料理と似ているかもしれない。そう感じた時、ゾフィーが召喚した、使い魔のカラスが目の前に突っ込んでくる。
「危ない!」
私は急いでバリアを張って、使い魔のカラスを全て消滅させた。だがゾフィーの余裕の笑みは変わらない。
「まだまだだよ!」
「なっ!」
使い魔のカラスを消滅させたと思いきや、目の前に泥の塊が現れ、その衝撃に私は吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ…」
腹部が痛い。内臓が全体的にダメージを負っているのが分かる。こういう時は治癒魔法だ。自身に治癒魔法をかけて、ゾフィーに対しての嫉妬心と怒りを燃やしてアドレナリンを無理やりひねり出す。
「クレルは起き上がれるのか?!」
実況の魔女がまるでボクシングの試合のようにカウントを始める。私はなんとか起き上がると、アリーナ全てから歓声が沸き起こった。
「いいぞクレル!」
「ゾフィーのような寝取り婆さんなんてやっちまえ!」
「ビッチ魔女ゾフィーをとっちめな!クレル!」
「クレルちゃーん!!私の恋人を寝取った仇を取ってー!!」
観客のボルテージは、私の方へと完全に傾いている。それらに対してゾフィーは気に入らないという表情を浮かべ、更に炎の球を召喚してくる。
「燃えておしまい!」
「そのくらい、楽勝よ!」
さっきも使った水魔法で水流を作り、更に水で出来た鳥を10羽ほど召喚してゾフィーの元へと飛ばす。
「いっけえ!」
ゾフィーが魔法で鳥を撃ち落とす度に、私はさらに魔法で鳥を召喚しゾフィーの元へと飛ばす。そして2羽がゾフィーの顔面に命中した!
「ぎゃあっ!!」
ゾフィーのメイクがごっそり取れて、すっぴんが露わになる。やはり魔女とはいえ若々しい見た目だがそれでもメイクアリの状態と比べて大分老けて見える。しかもつけまつげとマスカラが取れて流れているのは、正直笑える。
そんなゾフィーをぷぷっと笑ってやると、メイクが落ちたゾフィーはわなわなと震え出した。
「お前…生意気なガキのくせに!」
「ガキにしたのはあんたでしょー。私こう見えて主婦なので!」
「ふん、こうしてやる!」
ゾフィーが泥の塊を召喚し、ぼんぼんとぶっ放してくる。私はバリアで防ぎつつゾフィーに近寄り距離を詰める事にした。
(このままでは、らちが明かないし…近寄るしかない)
勿論、私がゾフィーに近づくのはリスクがあるし、全てゾフィーの策・織り込み済みである可能性だってある。だけどやらなきゃ、防戦一方になってしまうのもある。
(直接殴りこむしかない!)
私は盾魔法を使い、バリアを何重にも張りながらゾフィーの元へとゆっくりと距離を詰める。その間にもゾフィーの猛攻が迫り来るし、何か所かは身体にあたったがそれでも、歩をやめる事は無い。
「貴様…」
「くっ…」
盾を上手く使い、ゾフィーの攻撃を跳ね返す。するとゾフィーが放った氷の球が上手い事跳ね返った結果、ゾフィーの身体に命中した。
「ああっっ…!」
ゾフィーは力なく、吹っ飛んでいく。その隙に私は全力疾走してゾフィーの身体に馬乗りになる。
このチャンスは、手放せない!私は歓声に後押しされ、拳を振り上げる。
「この、私の夫を寝取りやがったクソ魔女がーーー!!!!」
私は目一杯ゾフィーの頬を殴ろうとした。が、すんでの所で拳の動きがゆっくりになる。
「…?」
私の拳はスローモーションとなり、ゾフィーの頬を「殴った」のではなく、こん☆と「当てた」という形になった。
こうなった理由には、心当たりがある。要は私はすんでの所でビビってしまったという訳だ。
(こんなとこでビビってチキンになるとか、バカかよ私…!)
とはいえあれだけ怒りと嫉妬心を燃やしたのに、いざという時に相手を殴れないでいる私。なんだか情けなく思えてくる。
本当はゾフィーを殴らなきゃいけないのも理解はしている。なのに体はそうは動いてはくれなかったのだ。
「優しいのな、貴様は」
ゾフィーがぽつりと、呟いた所でゲームセットとなったのだった。
「勝者、クレル!」
こうして、決闘は割れんばかりの喝采に囲まれて幕を閉じた。
「わかった。全部元にもどそう」
決闘後、観念したゾフィーによって、全て全て元に戻る事になった。
「観念したようですね、ゾフィー」
ギュールがそう、勝ち誇った笑みを浮かべながらそう口にする。
「あの子の優しい心が響いたんだよ。ほら、早く元に戻すからこっちにきな」
私がいる地面が、青白く光りだす。
「良いかい、萌。その優しい心、忘れるなよ」
ゾフィーがそんな、優しい穏やかな表情が出来たとは…情けなさを抱えていたが、これは殴らないで良かった。そう思えたのだった。
目を覚ますと、私はベッドの中にいた。どうやら夫は既に起床しているらしい。
「おはよう」
「萌おはよ」
夫はリビングで、新聞紙片手にお茶を飲んでいた。私はエプロンを付けて急いで朝食を作る準備をすると、夫から手伝うよ。と言われる。
「えっ、いいの?」
「やっぱ、手伝わなきゃなって」
夫はそう言うと、食器棚からお皿を出し始めた。
「どうしたの?」
「実は昨日、萌が子供の魔女になって、悪い魔女と戦う夢を見たんだ。それでこっちも負けてらんないなって」
そう語る夫。勿論その夢の内容には心当たりはあったが、私は敢えて彼にはナイショにする事にした。
「へえ~面白そうな夢じゃん」
「でしょ?萌すごくカッコよかったよ!」
「ほんと?!」
夫からカッコよかったと言われて、ちょっとだけ顔が赤くなりつつテンションが上がったのだった。
転生した奥様は、魔女になる。~夫を寝取った伝説の大魔女を倒せ~ 二位関りをん @lionusami
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