第2話 夫の浮気相手の正体が大魔女ってどういう事ですか?

「ゾフィー?ギュール?」


 一体何を言っているんだか、よく分からない。すると、いかにも魔女っぽい見た目をした女性が、駆け足で私の元へと近づいてきた。


「私はギュール。大丈夫、あなたは私の味方よ!」

(と言いつつ取って食うつもりじゃ…!)

「さ、私の後ろに下がって」

「あ、はい…」


 ギュールに言われた通りに、彼女の後ろへ半歩下がる。まやは以前余裕そうな表情を浮かべている。


「ふん、ギュールめ。つくづく厄介な魔女よ」

「あなたには散々痛い目にあわされましたからね。…婚約者や夫を寝取られるわ殺されるわ」

 

 ギュールの放った言葉に、私は衝撃と親近感を同時に抱く。ああ、この人も夫をあの女に奪われたのか。しかも何度も。

 ギュールは右手に持った杖を天に掲げる。すると杖の周囲にキラキラと円陣型のエフェクトが浮かび上がった。


「…仕方ない、退散するとしよう」


 まやはすぐさま、表情を曇らせてその場からどろんと白い霧となって消えたのだった。


「…」


 それにしても一体何が起こっているのか。ここはどこで、あのまやの正体は何なのか。夫はどこにいるのか。全てがよく分からない。

 私はただすっ立っている事しか出来ないでいると、ギュールがどうかしましたか?と穏やかに声をかけて来た。


「いえ、すみません…何がなんやらよく分からないもので」

「そうですよね」

(とりあえず分かる事と言えば…)

「でもひとつだけはわかります。それはあの魔女は、私の(前世の)夫と浮気してた人物です!」

「…!」


 ギュールは目を大きく見開くと、杖をふっと軽く振る。すると景色は一瞬にして石造りの暗い廊下から、まるで中世の貴族か王族が住んでいるかのような部屋に一変した。テーブルにソファに椅子と家具と調度品は豪華なものばかりである。


「わあ…」

「さあ、座って。ようやく思い出したようだし、話をしましょう」

「ありがとうございます…」

(ようやく思い出した?)


 ギュールに促されて私は椅子に座った。椅子の紅色のベルベットの生地はふかふかして座り心地が良い。


「では本題に入りますね。結論から言うとクレル…あなたは死に、転生という形でここに来ました」


 やはりあの時の、死んだという感覚?は合っていたようだ。しかし転生とはどういう事なのか。最近小説やラノベで流行っている「異世界転生」というやつなのだろうか。


「転生って…その」

「はい、転生です。あなたはあの魔女、ゾフィーによって意図的に転生させられたようですね。体は違和感ありますか?…あると思います」


 そう言えばさっきからクレルって言われてたり、視点がちょっと低いというかいつもと違うような気がする。ギュールから差し出された手鏡で、自分の姿を覗き込むとそこに映っていたのは、少女だった。

 え、めっちゃ若返ってる?!いや、別人では?!


「え、え?!」

「あなたはこの世界ではクレルという名の孤児になります」

「そ、そうなの…?!」


 これが異世界転生というものなのか。しかしあの浮気相手、ゾフィーとか言ってたような。


「え…あ、あの、さっきの人、てっきりまやって名前かと…」

「人間界ではそう名乗っていたようですね」

「人間界?」

「今ここにいるのは魔界です。正確に言うと魔界にある魔女の国です」

「えっ…ええ…?」


 情報を整理すると、私はまやもとい、魔女ゾフィーによって転生させられた。今いるのは魔界の魔女の国である。


「そしてあなたはゾフィーについて知るべきですね。齢89歳のゾフィーは魔女の国の中でも伝説級の大魔女です。己の欲に忠実で、特に男遊びは物凄く奔放。これまで数多の魔女や人間界の女性から男を寝取って、自分の物にしてきた魔女なのです」


 その情報量と情報のエグさに声が出ないでいる。夫と浮気している単なる女かと思いきや、正体はこれである。


「よ、齢89…?伝説級の大魔女…?」

(89って…そんなおばあちゃんには見えなかったけど?!)

「容姿については、自分の物とした男から精気を奪い取る事で得ているものと思われます」

「へ、へえ…」 


 自分の美貌の為に夫を奪ったと考えると、ますます怒りが湧いて来るとともに、彼女が人間では無いという実感が感じられて怖気づく部分も出て来た。

 そんな私にギュールは横目で視線を投げかけてくる。


「あなたはどうしますか?」

「ど、どうするかって?」

「あの魔女に一泡吹かせるか、それとも泣き寝入りするか…」


 その二択ならもちろん前者しかありえない。だがどうやって大魔女相手に復讐すればいいのだろうか。

 下手すりゃ敗北してまた死にそうなのだが。


「その中ならもちろん前者です。泣き寝入りなんてありえない。ですけど…」

「けど?」

「どうやって、復讐すればいいんですか?」


 私の問いに対して、ギュールは涼やかな表情を変えずに口を開いた。


「あなたも魔女になればいいのです」

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