転生した奥様は、魔女になる。~夫を寝取った伝説の大魔女を倒せ~

二位関りをん

第1話 夫を尾行していたら死にました。

「ふんふーん」


 …今日の夕食は、夫の好きな鶏肉のタルタルソースがけソテーだ。鶏肉をフライパンで焼いて、その上から刻んだゆで卵とバジル、マヨネーズを混ぜて作った特製のタルタルソースをかける。


「いい感じ」


 お肉の傍らにはスーパーで買ったカット野菜を添えれば、彩りもより華やかになる。

 そしてあきたこまちのお米に、野菜たっぷりのみそ汁、副菜にスーパーで買ったほうれん草の白和えをレンジでチンして小鉢へトッピングする。


「よし、もう帰って来るでしょ」


 その言葉通りに、夫が帰宅してきた。ただいまーという彼の顔には、疲れと空腹が分かりやすく描かれている。


「おかえりー。晩御飯今出来たとこ」

「おっまじかぁ!食べる食べる!」


 夫は子供のように腕を大きく振って、リビングの食卓に向かう。そんな彼は可愛らしくて好きだ。心をくすぐられるというのはこういう感じなのかもしれない。


「いっただきまーす!」

「いただきます」

「うん!お肉美味しい!!タルタルソースと合わせてごはんが進むわぁ~」


 夫の私の料理を味わう言葉全てが、体全体に優しく沁みていく。

 私の名前は佐藤萌(さとう もえ)。28歳になる。2年前に同じ大学に通っていた夫・孝之(たかゆき)を結婚し、今は専業主婦である。まだ子供はいないが、これまで特に喧嘩もトラブルも無く、幸せな結婚生活を送っている。


「明日は友人に会いに行ってくるから」

「うん、わかった。気を付けてね」


 夫は大手の医療機器メーカーで働いている。見た目は細くしなやかだが、かなりの食いしん坊で、ごはんはいつも大盛りだ。


「ほんとによく食べるねえ」

「うん、食べるの大好きだもん」

 

 私は、夫が私の作る食事をおいしそうに食べるのが、何よりの幸せであり、好きな所として捉えている。やっぱり胃袋を掴むのは大事なのだ。


「ごはんおかわり!」

「はーい!」


 夫が差し出した水色のお茶碗を受け取り、ごはんを大盛りに盛ってあげるのだった。

 その夜。私は同じベッドで眠る夫の体に、何やら異変を感じたのである。


「ん?」


 夫の首の右側。何やら赤い唇のような模様のような何かが浮かび上がっていた。もしやこれはキスマークなのか。


「え…」


 試しにそのキスマークに触って軽くこすってみるが、取れない。こすった指を見てみるが、何かが取れたというような痕跡も無い。まるでタトゥーのようだ。


「なんだこれ…」


 なんだか、一言で言うと薄気味悪い。しかもここで私は、夫が明日友人に会いに行くと言っていたのを思い出す。

 更に私は、夫のスマホに手を伸ばす。通話アプリの相手一覧には、私や会社の人以外にもアカウントがいくつか見られたが、浮気相手らしき名前のアカウントは一体どれなのかが分からない。


(この中にあるとは思うけど、どれなのかが分からないな…)

「…よし、こうなったらつけてみようか」


 この怪しさを晴らすためにもとりあえずはそうするしかない。そう決めたのだった。証拠が全て揃うまで、夫には内緒で事を進めなければ。

 そして翌日。朝食の目玉焼きトーストを食べて上機嫌な夫が家を出る。しばらくして後に私も家を出た。ばれないようにマスクとサングラスを付けて、夫を尾行する。

 すると程なくして、右前方の道に、夫がいるのを見つけた。距離にすれば50メートルくらい先だろうか。


「!」


 しかも、夫の左横には、女の姿が見える。

 

「あれは…」


 良く目を凝らすと夫の隣にいるのは知らない女性だ。銀髪に近い金髪のロングヘアで、赤いミニ丈のタイトなカクテルドレスを纏っている。カクテルドレスは背中がほぼむき出しになっている構図だ。


「誰よ…」


 夫は私を無視するかのように、その女へ対して笑顔を見せていた。私の料理を食べている時と、全く同じ笑顔を見せている。


「なによ、それ」


 途端に私の胸の中で、黒いもやもやがわあっと湧いて出て来た。嫉妬と裏切りと焦燥感と寂しさと怒りと悲しさが全部混ざったような、負の何かだ。



「まやちゃん、面白いねえ」

「えへへっ。じゃあラブホいきましょー」

「いこいこー」


 そうか、あの女はまやと言うのか。そう言えばそれらしきアカウントが通話アプリにあったのを思い出す。私はまだ、スマホで2人の姿を撮りつつ後をつけていく。

 すると、まやが後ろを振り返った。


「!」


 鮮やかな赤い目。まやのその目は人のものでは無いような、ぎらついた光を放つ瞳。私の背筋にはぞくりと冷たい何かが走る。


「っ…!」


 その瞬間だった。


「!!!!!」


 私のいる真上から、重くて大きい何かが落ちて、私の視界は何もかも真っ暗になる。


「…」


 死んだ。ああ、こりゃ死んだな。というのが最初に浮かび上がった言葉だった。


(尾行しなけりゃ良かったな…)


 …という夢?を見た。いや、これは夢じゃないかもしれない。なんだかそんな予感がするのだ。すると近くにいた10歳くらいの子供に、声をかけられる。


「クレル、起きないと遅刻しちゃうよ」

「ああ…」


 いや、やっぱりこれはあれだ。前世の記憶ってやつかもしれない。私の中で徐々に確信に変わっていくのが感じられた。

 てか、クレル?!私の事クレルって言った?!

 

「クレルー!」

「ごめん、起きるって」


 私はさっと飛び起きて、枕元にあった白いブラウスと黒いスカートに着替えて部屋を出た。先ほどの子供を追いかけて薄暗い石造りの廊下を早歩きしていた時、かつかつと靴音が聞えてくる。

 

「ふん、ようやく会えたな」


 いきなり知らない女の声が聞こえてくる。私は誰?!と言いながら後ろを振り返ると、そこにいたのはなんと、あの「まや」だった。


「あ、アンタは…!」

「ああ、言わなくても分かる。孝之の妻だろう?夫は私が頂いた…良い男だ」

「はあ?!」


 にやりと笑みを浮かべながら、手を広げてドラマの悪役のような尊大な口調で語るまや。そんな彼女に圧を感じるも私は面と向かって対峙する。

 ああ、やっぱり私は転生しているようだ!しかも死ぬ前よりも、まやが大きく見えてしまう。


「とにかくどういうことか説明してよ!」

「ふーん…何もかも知らないようだなぁ」

「待って!」


 私とまやを遮るかのように、また新たな女の声がこだましてくる。声がした方へと振り向くと、黒いローブに黒い三角帽子を被った紫がかった長髪をした、40歳くらいの女性が、右手に持った木製の杖らしき何かを向けている。

 外見はパッと見、魔女のそれだ。


「また来たのねゾフィー!ここは私の領地であり大事な子供たちのいる孤児院。すみやかに退散しなさい!」

「くっ…ギュールか…」



 



 

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