死神の鎌は魂を裂く

第14話「令嬢の魂もまた淑やかに」

     学園で起きた吸血鬼発生事件は、緋美華たちの活躍によって終焉を迎えた、親友の死と変貌、襲われた恐怖、生き残った生徒の心に大きな瑕を遺して。


「冴雅さんの強さにも驚いたけど、緋美華ちゃんもっとヤバいよね〜敵に回したら焼かれちゃうかも」


   羽砂美はくすくすと悪戯な小悪魔的に笑うが、仲間の不安を煽る性根は普通に悪魔的である。


「たしかに!火を出してたよ、パイロキネシスってやつ?」


     冴雅と緋美華の活躍を目の当たりにした生徒たちは、自分の近くに立つ者と彼女らについて話し始める。


ちなみに、いつの間にか水筒に再び潜り込んでいた幼い少女は話題に出なかった。


「羽砂美ちゃんも言ってたけど、火を出すなんて、もう化け物じゃん、人間じゃなくね」

「―――!」


    ぽつり、怯えにより漏らされた悪意なきものなれど、自分を人外の怪物と見る声が、緋美華の鼓膜に突き刺さる。


「あ~あれはその、ほら、大道芸の練習が役に立ったというか!」


    無理のある弁明なのは、賢いという言葉とは無縁の緋美華自身ですら重々承知だ。


「ごめん、感謝はしてるんだけどっ」

「あんな目に遭ったばかりだしさ」


   親友とまではいかなくとも、仲の良かった顔見知り達が、自分に怯えて後退る光景は、寂しがり屋の少女に深い悲しみをもたらす。


「アンタらはいったい誰に助けてもらったのかしら?」

「ひっ」


   愛しい幼馴染の笑顔を曇らせたとあっては、黙っていられないのが風見 ひよりだ。


非力ながら喧嘩の強い人間とは違うベクトルの威圧感は、鋭い目付きで睨みつけた相手を怯ませる。


「仕方ないよ」

「...強大な力の代償が孤独なのは、遥か昔から変わらなくてよ」


   いま瞳を潤ませながらも涙を堪えている少女を苛んでいるものと同じ無情に、苦虫を噛み潰した経験は幾度あっただろう。


「そっか、金城さんもこんな思いをしてきたんだね」

「慣れましたけれどね、寧ろ傍観者に回った現在の方が苛立ってしまいますが...」


   眼球だけを動かして小刻みに震える小動物を視界に入れた冴雅の口調には、弱者に対する軽蔑が含まれていた。


「まったく...戦う力は弱くて構いませんけれど、責めて心だけは強くあることを志してはいかがでしょうか?そう、風見さんのように!!!」

「お嬢様、ご無事ですか!!」


   薄情な弱虫たちを冴雅が叱責していると、彼女にとっては聞き慣れた声が無数に迫ってきた。


それは金城家のメイドと黒服たち、前者はともかく後者が集まると、その場にはどうしても緊張が走ってしまう。


「ちょっと今日ウチら怖い目に会いすぎじゃない?あみ〜!!」

「帰ったら一緒に寝ようね、みう〜」


    怪人の襲撃に遭遇し、気の強い女子二名に睨まれ、挙句の果てに胡散臭いできれば近寄りたくない服装の方々の来訪、臆病な生徒らの精神は擦り減る一方である。


「後はお願い致します」

「かしこまりました」

     

   主の命を受けた黒服たちは、体を小刻みに震わせている生徒たちに迫った。


「記憶を消されたりするのか!?」

「こんな体験を忘れられるなら」

「うん...願ったり叶ったりだね」


   身構える臆病な子鹿たちは、一体どうなるのだろうか。






「わたくしが居いる場所で少なくない数の犠牲者を出してしまうなんて、ただ猛省あるのみですわ」


   メイドと黒服が保護のために生き残った緋美華とひより、それに自分以外の全生徒と職員室に隠れていた教師をトラックに乗せ終わるのを屋上から見届けて、冴雅は自分の力不足を憂いた。


「確かに亡くなったみんなは可哀想だけど、アンタはよくやってくれたわ、そう落ち込まれると何もできていない自分が惨めになっちゃうじゃない」


   フェンスにもたれかかって、ウェーブがかったブラウンの横髪をいじりつつ、自虐を交えて気高き女戦士を慰めると、本当に私なんの役にも立ってないと改めて感じてしまい、ひよりは自分が情けなくなってきた。


「気を病まないでくださいまし、貴女はただ、私の近くにいてくだされば十分ですわ」

「逆に慰められるなんて思わなかったわ、あんたは大丈夫?」

「うん、平気だよ!ふたりとも皆を恨まないであげてね、自分の命を大切にしてるだけだもん」


   仰向けに大の字で転がっていた緋美華が、上体を起こして胡座をかき、にへらと笑った。


「お人好しですこと!変な壺やら情報商材を押し付けられそうで不安になりますわ」

「否定できないわね、胡散臭い外国人に金貸してって言われて財布出そうとした事もあったから」


   そんなほっとけない危うさも好きなんだけどね...ひよりは心の中で付け加えた。


「そんな昔のことは忘れたよ〜だっ!てか...金城さんが遊んでくれなかったのって、やっぱり...?」


   幼馴染に対して積極的にアピールしている姿をよく見かので気を遣って、緋美華は冴雅をよく遊びに誘うのだが、いつも稽古があるとかで断られていた。


「その通り、わたくし“は“戦っていましたのよ」

「でもこれからは、私“たち“で戦おうね!」

「...よろしくてよ、風見さんを守るためなら」

   

    心強い戦力の参戦に緋美華は、冴雅の手を取り、ぴょんぴょん跳びはねて喜ぶのだった。

  




   

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