第13話「血を啜る」
「ごめんねっ!..!」
「もう死んでる相手に謝罪は不要だよ」
手刀や蹴り技を駆使して遭遇する吸血鬼たちを倒しつつ、瞬速の双刃により行く手を阻む邪魔者を切り刻む水無と共に、緋美華は死臭に満ちた校内を駆けていた...吸血鬼事件を起こした第三の刺客を探して。
「ひよりや皆は無事かな、教室に戻ってみたけどいないし...あ!」
顔を赤くしている冴雅と気まずそうにしているひより、彼女らに拍手を贈る生徒一同と死屍累々の吸血鬼たちを、いま走っている廊下の窓から見える昇降口で確認した。
「よかった、大丈夫そうっ...でもあんなにたくさん命を奪われて...奪わされて...」
「風見ひよりが生きていただけ上々だと考えて」
「命の重さは同じだよ」
「...まだ弱いうちは特別な人間だけ守ればいい、一々同情してる暇はない―――ここもまだ見てなかった」
水無が足を止めたのは科学実験教室の前だ、毒々しい空気が部屋中に充満しており、廊下にまで漏れ出している。
「勘だけど、ここに居るよね―――!!」
思い切りドアを蹴破って、緋美華は実験教室内に転がり込んだ。
「やっぱり!」
「どうも...お初にお目にかかる、春野 緋美華!」
咄嗟にその場を飛び退いて、頭上から降ってくる針の雨を躱した緋美華が天井をみると、蝙蝠の様に逆さにぶらさがっている人物がいた。
「...やはり“斑の
もはや自身が蒼き閃光そのものと化すほどの速さで水無は跳躍、天井からぶらさがる刺客にナイフで切りつける。
「ちっ!仕損じた、ドラキュラもどきの癖に」
「せめてカーミラに例えていただけますか、女の子ですよ、わたくしも」
水無のナイフはモスキート・ヴァンプの、左に白と左に黒の手袋を嵌めた両腕を切断するも、本当は頚動脈を引き裂く予定だった。
即ちこの吸血鬼の長もまた、水無の攻撃をギリギリながら躱せるスピードを備えているのだ。
「いただきましょうか」
「わっ、しまった!!」
「緋美華!」
音もなく緋美華の背後に周った吸血鬼の長は、彼女の首筋に噛みつこうとする。
「このっ!」
「なんだこのパワーは、貴様はエレファントか!?」
鋭い牙で首を貫かれる前に、緋美華は逆にモスキートの頭を掴んで、そのまま背負い投げをしてフラスコや顕微鏡の並ぶ机に叩きつけた。
「力じゃ緋美華が圧倒的だ...」
「ててて、これ痛すぎるんじゃないか」
砕け散った実験器具の破片が全身のあちこちに刺さった状態ながら、モスキート・ヴァンプはケロッとした顔で立ち上がった。
「ねえ水無ちゃん、この人さっきから血が流れてないよ、やっぱり血も涙もないのかな」
さっき両腕を水無に切り落とされたときも、いまだって大怪我を負った筈のモスキート・ヴァンプの体からは、一滴も血が流れ出ていない。
「うん、あいつの能力は血を操る能力だから。無苦の糸による結界の下で、なぜ使えるかはわからないけど...」
「妹君をあまり舐めない方がいいですよ水無さま、あの方は器用さも向上しているんですから」
「...!」
モスキート・ヴァンプは水無の攻撃をギリギリのところで躱しながら、喉に収容していた異様に刃の細いサーベルを吐き出し、リコーダーをそうするように口で咥えた。
「ふたりとも凄い速さ、やばい、ついてけてない!」
緋美華が瞬きするたびに、実験教室の床や壁が切り刻まれ、ビーカーや標本が粉々になっていった。
「今の私でも、やはり貴方を殺すのも捕まえるのも不可能か―――ならば責めて緋美華だけでも抹殺しなくては!」
モスキート・ヴァンプは高速の双刃をひたすら避けつつ、パチンと指を鳴らす。
すると先ほど斬り落とされた、彼女自身の両腕の切り口から、大量の血が溢れ出た。
「わっ!これなに!?」
本体から離れて床に落ちた両腕から、今になって溢れ出た血液が合体して、人の形になった。
「いつもの水無様なら、水を操る能力でこの血液人形も無力化できるでしょうが、いまは前述通り無能ですからね!!」
血液人形は腕を振るって、赤い液体を広範囲に飛散させることで、水無の動きを阻害する。
しかも飛散した液体からまた血液人形は誕生し、水無を挟む形となった。
「こいつらには刃物も通用しない...」
挟まれた状態で放たれる血液飛散を水無は躱し続けるが、一秒ごとに加速する攻撃から脱する隙が見当たらない。
「あ...ああ...目眩が...」
「このモスキート・ヴァンプのスピードは貴方を遥かに上回る...!ん〜おいしい」
いつの間にか緋美華の太腿に細長いサーベルが突き刺され、そこから彼女の血液がモスキート・ヴァンプによってどんどん吸い取られていく。
「緋美華...まずい...」
血液と力を同時に吸い取られて、緋美華の意識は朦朧とし始める。
(だめ...このままじゃ...でも...そうだ...まだ死ぬわけにはいかない...みんなを守らなきゃ!!)
「ぎゃぁあああああっ!!!」
今度こそ瞳を閉じてしまえば二度と目覚められないと緋美華が強い精神力を発揮した瞬間に、モスキート・ヴァンプが悲鳴をあげる、なんと彼女の顔は白い炎に包まれていたのだ。
「なぜだ!?無苦様が...能力を...使えなくしたはずじゃないのか!!」
火達磨になってモスキートが転げ回っているうちに、血液人形にも火が燃えうつり一瞬にして焼き尽くした。
「異能を封じる糸すら焼き切る焔、まさか...いや...偶然...?」
白焔に引っ掛かる部分が、水無にはあるようだ。
「焼け死ぬのは辛いでしょ...」
「ひぎい!」
モスキートに咥えられていたサーベルが、力任せに抜き取られる。
「介錯!!」
灼熱地獄に苦しむモスキートの眉間に、白と黒の斑模様を持つ熱された金属の口吻が突き立てられ、彼女に引導を渡した。
「素人にしては上出来」
「まだやらなくちゃいけないことがあるよ!!」
そう言って緋美華は科学実験教室を飛び出した、目指すは下駄箱のある昇降口。
それから暫くして、黒き吸血虫の大群は灼熱の焔により一斉に焼き尽くされ、空には太陽が輝くのだった。
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