第12話「忠誠の口吻《キス》は知恵ある者に」

「なんなんだ、あいつらは―――!!」


   吸血鬼ミイラは、緋美華が駆け付けた教室のみならず、校舎内のあちこちで発生していた。


逃げてきた生徒らは、出入り口となる下駄箱前まで、人混みを形成しながら到達した。


「なんだよこれは!!」


   おびただしい数の蚊の群れが壁となって、生徒達の逃げ道を塞いでいる、この中に飛び込んだが最後、血の一滴も残さず吸われ尽くしてしまうだろう。


「きっとこいつらが校舎の上空を覆っているんだ」

「だから薄暗かったのか!」


   そう、天気予報は外れてなどいない、相変わらず晴れである。黒く淀んだ雲は、蚊の群れが固まったものがそう見えただけである。


「ひい!追いつかれた!!」


   未だ生きている生徒集団の背後に、吸血鬼どもの群れが間近まで迫っていた。


単純な力だけでも生者の二倍はあるので、抵抗しても敵うはずの無い存在が、牙を光らせて押しかけてくる光景は悪夢そのものだ。


「もうだめ、殺される〜!みうちゃん、わたし貴女の事を愛してたの〜!!」

「あみちゃん!私もだよ〜!!」

「南無阿弥陀仏」

「お母ちゃん親孝行できなくてごめんよ〜」


   追いつめられた生徒たちは、どうせ死ぬのならばと胸の内を告白して抱きしめあったり、念仏を唱えたり、身内に謝罪したり、多種多様な反応を見せる。


「ああ...死にたくねえええ」

「よもやここまで、にてござるか」

「ええ、ここまで、ですわね...吸血鬼どもの増殖は!!」

「冴雅さん!!」


   いつも強気な人間が見苦しかったり、逆に気弱な人間が潔かったり、死に瀕して本性を見せる地獄に、金城 冴雅は馳せ参じた。


「もう逃げる必要はありませんわ、わたくしが迎え討ちますもの!」


  冴雅は生徒達に最も接近している吸血鬼二体の頭をダブルラリアットによって一気に破裂させ、更に地面に拳を叩きつけて発生させた、生徒に及ばない範囲の衝撃波により五体をダウンさせた。


それでもまだ数多の吸血鬼は襲い掛かってきたが、冴雅はいとも容易く、華麗に攻撃を受け流しながら、己の肉体から放たれる技であっという間に敵の数を残り三体にまで減少させる。


「ざっと四十体はいたのに、一騎当千の猛者だわ」

   

   冴雅の背後についてきたひよりは、彼女の予想外の強さに...悲しいかな非日常が連続した後なので、あまり驚けなかったが頼もしく感じた。


「か...風見さんが私を褒めてくださっている...のにあなた方が居たのでは感動に身をうち震わせる暇すらないのね…!」


   愛する少女に実力を認められた恋するお嬢様は、二体同時に跳びかかってくる吸血鬼を、天井すれすれまで跳躍して敵の頭上まで跳んだ。


そこで拳を握り締めた両腕を下に伸ばして、吸血鬼の頭を空中でスイカの如く真っ二つに割いた。


「殲滅完了―――愛する貴女の為ですわ!」


   固唾を呑んで戦いを見守っていたひよりの眼前へ優雅に舞い降りるなり、冴雅は彼女への愛を恥ずかしげもなく叫ぶ...そして。


「よろしければ愛おしき我が姫、どうか御許しを...これから貴女を護り抜く誓いの...」


   冴雅は想い人の手の甲に、自らの柔らかな唇を至近距離まで近付ける。

   

「え...え〜っ!?で...でも...」

「やはり駄目でしょうか...貴女は一途だから」

「うっ」

   

   いつもなら正々堂々と胸を張って、何事も完璧にこなしつつ高笑いする高飛車な御令嬢。


そんな冴雅が、まるで捨てられそうな子犬のように声を震わせながら、断られたらどうしようなんて不安を隠しきれてない表情のまま、上目遣いで訴えかけてきて、ひよりは罪悪感に襲われる。


「あ~冴雅さんに求められちゃ断らないよね〜」

「超成績優秀な風見さんと金城さん、お似合いだよねー?みう!」

「そうそう、私達ほどしゃないけどね〜?あみ!」

「もう〜!」

「いいなあ〜わたしも玉の輿に乗りたーい!」


   容姿の良さや優秀さから、冴雅を慕い憧れる生徒達(誕生したばかりのバカップルが紛れ込んでいるが)多数いる場でという状況も相まって、ひよりの選択肢は実質YES一択である。


「洋画のワンシーンみたいに、然りげ無くやってくれた方が助かったんだけど」

「特別な意味を持つ行為ですし、日本と海外では習慣が違いますから...その..嫌なら嫌と言っていただいても...」

  

   しゅんっ、冴雅はあからさまに落ち込んでしまった。この様子を見ていた生徒らの視線やヒソヒソ声が、ひよりの背中に冷たく突き刺さる。


「ああもう嫌なんて言ってないでしょ、別に手の甲くらい...命懸けで守ってくれるって言うんだからっ...寧ろ私からのお礼に...なればいいけど」

「...嬉しいですわっ!」

   

   忠誠を示すキスの許可を得て、冴雅は遊園地に初めてきた子供よりも無邪気で明るい表情を浮かべてしまう。


「こんな緩んだ顔では、いけませんわね」


   舞いあがる気持ちを無理やり抑えつけて、表情を真剣なものに変える。


(やはり優しいお人...この誓い通り、わたくしは何があっても命懸けで守り抜いてみせますわ!)


   万雷の拍手を浴びながら、冴雅はひよりの手の甲にキスをする―――その様子を見て、心よく思わない者が、この場にて、ただひとり。


「金城 冴雅...いつも私を上回る貴方が、あんなに簡単に忠誠を...これは侮辱ですわ...!!」


   同じ令嬢でありライバルの冴雅を、幡ヶ谷 美魅は、色んな意味で特別視していた。

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