第11話「木乃伊は水を求めて血を啜る」

「えーとねっ、羽砂美ちゃん!信歩ちゃん!最近なんか視線感じるとか無い?」


   今日は夏休みの登校日なので、緋美華も学生服は半袖のシャツと丈も短めスカートの組み合わせで学校に来ていた。


そこで事件現場に一緒に居た羽砂美たちも、敵に命を狙われている可能性が高いので、気遣わざるを得ない。

 

「女の子達からの熱い視線とか、殺してやる〜!って視線は毎日のように感じてるよ!」


   得意気な顔で答える羽砂美...この悪友が弄んできた女子たちは数知れず、いつ刺されてもおかしくないくらいの愛と恨みを買っている。


今までに何度も何度も、女遊びなんて辞めなよ、相手も信歩ちゃんも可哀想じゃん!と嗜めてきたというのに、相変わらず全く反省や後悔の色が無い様子に、緋美華は涙目になる。


「諦めて緋美華ちゃん、こいつはこうだから」

「でも...」

「彼女の私ですら諦めてるから...」

「信歩ちゃんは健気だね」

「惚れた弱みだよ」


   溜め息を吐きながら信歩が羽砂美に視線をやると、早速いまどき珍しいガラケーを愉しそうにつついていた。


昨日の夜、繁華街を歩いてる時に声をかけた女の子と連絡を取っているのだ。


「やっぱり一筋縄じゃいかないよ、もうゴリ押しで訴えるしかないよ」

「そんなことしたら、頭おかしいって皆に思われて、便所で飯を食う暗黒の学生生活に転落だわ」

「この青春が終わっても二人の命が終わるよりは...」


   どうせ頭は悪くて試験も毎回赤点ギリギリだ、最悪退学になろうとも―――椅子に座って柄の悪い友人と俗っぽい話をしている羽砂美に、緋美華が再び接近しようとした時に事件は起きた。


キャアァァァァ!およそ一人ではない、数名の甲高い悲鳴が、隣の教室から壁をすり抜けてきたのだ。


「また奴らが!今度は学校にまで!!」


   他の生徒がざわめくなか、緋美華は自分の机に置いていた水筒を手に取り、隣の教室へと移動していった。


「これはあれね...私はここに居ないと足手纏いよね、あっ!」


   状況を察したは良いものの、今は何も知らないクラスメイトと会話中であるにも関わらず、ひよりはうっかり思ったことを口に出してしまった。


「風見さん...!」


   今日の天気予報は晴れだったけど、さっきから空が黒いし外れたなんて、ひよりと他愛ない会話していた相手...モデル顔負けの整った顔立ちとスタイルを持つ名家の御令嬢・金城 冴雅が、鋭い眼差しを彼女に向けた。


彼女も緋美華やひよりの友人ではあるが、常に忙しく、プライベートでは滅多に接することはできず、殆ど学校内のみの交流となる。


「今のは違うの、なんでもないから、忘れて!」

「悲鳴に引き寄せられてはなりません」

「え?」


   冴雅は手を取ったひよりの顔に、自分の顔をギリギリまで近づけ、琥珀色の双眸を見据えた。


心に決めた相手が居ない者なら、緊迫した雰囲気なのも相まって、こんな時にと思いつつも、この動作でコロッと恋に落とされていたであろう。


「ちょっ...近いからっ!!」

「厄介事に関わらなくても宜しいのです、いいえ、関わらせません、わたくしの愛する貴女も巻き込まれていると知った以上は―――!」


   他の生徒も緋美華の後を追うように教室を出ていく、この状況のなかで目立たないのもあるのか、冴雅は大胆な告白をしてみせた。


「...あ、あれ?おかしいですわね、能力が使えませんわ!!」

「能力!?じゃあアンタも!!」


   あんなにカッコつけた手前、恥ずかしくなった冴雅は、顔を赤くして俯いたまま、こくりと静かに頷いた。




「今度はこんなに近くに居たのに気付けなかった、戦う前から負けだ...こんなの」


   とっくに他の生徒が逃げ出した隣の教室で一人、ぶるぶる体を震わせる緋美華が目の当たりにしたのは、木乃伊の様に干からびた女子生徒と、その首筋に噛みついている教師の姿だった。


「透明人間の次は吸血鬼だなんて、ハロウィンには未だ早いよ」


   吸血鬼が人間か敵かハッキリせず、緋美華がどうしていいのか迷っていると、いきなり水筒が破裂した。


「ひゃっ!水無ちゃん!!」


   水筒から勢いよく飛び出してきたというか、追い出された水無は、黒板に頭をぶつけて、教壇の上に落ちた。


「能力が使えない...強制的に液状化が解かれた」

「なっ!?」

「とにかく早くあの吸血鬼を倒して、じゃないと...」


   水無が指差したのは血を啜る人間蝙蝠ではなく、吸血されてミイラになっていた方だった。


何故だと思いながらも緋美華が被害者を注視していると、なんと彼女は鋭い牙を生やし、ミイラ状態のまま起き上がったのだ。


「吸血ミイラとか怖すぎだって...」

「血を吸った相手を配下の吸血鬼とする..確かにあいつなら!音もなく学校に侵入することなんて朝飯前」


   水無はロリィタ服の重厚なスカートを捲りあげるて、太腿とそこに備えたレッグホルスターを露出させる。


そこから双つのナイフを引き抜き、両手で持ったかと思うと...一瞬にして二つの蒼き光の線が描かれた。


「ぎぎぃやあぁぁぁぁ」


   吸血鬼と化した生徒と教師の肉体が、日光を浴びて灰と化したドラキュラの様に、消滅したと言って差し支えないほど細かく切り刻まれる。


「水無ちゃんの動き、ぜんぜん見えなかった!あんな一瞬であそこまでバラバラにしちゃうなんて」


   能力使用不能という状況でも、能力者の中でもトップクラスの俊敏さと技巧を誇る水無の戦闘力は驚異的なものである事に変わりはなかった。



  

   


   

   

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