第10話「黒白斑の傍観者」

「シュヴァルツライフェン二等兵、小娘に葬られおったか、蟲髑暗殺部隊の恥晒しか」

「連戦!?」


   残酷な雨の中で立ち尽くし、暫く天を仰いでいた緋美華は、蚊の鳴くように小さいながらも確かな声を聞いて振り向く。


視界には誰もいない、瓦礫の山とその後ろに藪があるのみだった。


「...あれ、気のせい?疲れのあまり幻聴でも聞いちゃったのかな」

「幻聴じゃない。知っている声だった、もう去ったけど」

 

   水無は緋美華が見逃した、白黒模様のタイツを一瞬だけ視界の端に捉えていた。


「そりゃ敵の数は少なくないわよね」

「大丈夫だよひより!この調子で悪いやつらは、みんなやっつけちゃうからさ!!シュッシュッ!」


   シャドーボクシングを始めた緋美華を見ていると、ひよりは何だか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。


「九死に一生を得たばかりとは思えない能天気さだわ」


  緋美華がひよりを元気付けたところで、 血に濡れた服を着替えるためにも、取り敢えず帰宅することになった。





「テレビにも、ネットにも、新聞にも...皆の事も遺族の事も全く触れられてないわ!」


   先にシャワーを浴びて休んでいたひよりが、後から水無と一緒に浴室から出てきた緋美華に、今まで読んでいた新聞紙を広げて見せた。


「あ...ごめんなさい」


   裸ではあるが別にバスタオルを巻いているので問題ないのに、顔を赤くして、ひよりは緋美華から視線を逸らした。


「悪い奴らがこんなにも日常を蝕んでいたなんて!」


   感情を抑えるためにも、緋美華は風呂上がりの牛乳を一気に喉に流し込み、空になったビンをテーブルの上にドン!と勢いよく置いた。


よく割れないなあの勢いの強さで...緋美華から手渡されたコーヒー牛乳を飲みながら、水無はそう思った。


「この事を世間に訴えたところで、陰謀論者として馬鹿にされて終わりでしょうね」

「さっきひよりがシャワー浴びてる間に、安否確認も兼ねて羽砂美ちゃんと信歩ちゃんに電話したんだけど、夢でも見てたんだよって笑われちゃった」

「彼女達は集団ヒステリー的なやつだと思ってるのね、生きてるだけマシか」

「でもあの場にいた以上は、どうにか気をつけて欲しいんだけど...」


   緋美華はバスタオルを体に巻いたままソファーに座り、肌白くスラリとした脚を組んで考え込んでしまった。


(目の遣り場に困るわ...)


   うっかり厭らしい視線を、そういうのに疎いとはいえ緋美華に送ってしまわないように、ひよりはスマホを弄り始めた。


「...緋美華、おなかすい」


   ぐううううううううううううううううっ。水無が飯の催促をしようとしたところ、獅子でも唸っているかと疑いたくなる緋美華の腹の音が鳴った。


「あちゃあ、恥ずかし...それじゃあご飯にしましょうね!ひより!」

「そうね、すっかり忘れてたけど、一緒に作るのよね」

「うん!」


   新しく着替えた私服の上からエプロンをして服装はよし、そして緋美華とひよりは二人で台所に立つと、袖を捲って気合いを入れ、料理に取り掛かる。


「...なにを作るの?ザリガニ炒め?ナメクジ焼き?」

「アンタなんてもの食わされてんのよ?!」


   卵を割って中身をフライパンの上に広げながら、ひよりは寄生虫が水無の脳内に潜伏していないか不安になってきた。


「妹曰くこれも愛だって」

   

   無苦は水無を本気で愛している、だからこそ姉を不幸な目に遭わせる度に悦楽を感じていた。


「いじめっ子の心理だわ、歪んだ姉妹愛ね」

「大丈夫だよ水無ちゃん!ご馳走作ってあげるから、ちょっと待っててね」

「最高のソースは空腹である、ともいうものね」

「ソクラテスの言葉だね」

「誰それ!!」

「習ったでしょ?!」

「忘れた!!」

   

   十歳の水無が知っている偉人を高校生なのに分からないというか覚えていない、脳みその小さい緋美華であったが、料理の腕前は上々で...

 

「よっしゃー!完成だよ〜!!」


  見ただけで美味だと分かるチキンオムライスとキノコと焼き魚のパスタを、手際よく最低限の時間で完成させた。


「お、おいしそう...これ本当に食べて良いの?」

「良いわよ、寧ろ残したら許さないけどね」


  ひよりだって緋美華に負けていない、満腹の状態でも食欲を引き出してしまいそうな良い匂いを漂わせる、スクランブルエッグとコンソメスープをテーブルに並べた。


「いただきます...」


  チキンオムライスをスプーンで口に入れた瞬間、水無の瞳の中に星が煌めく。


次に彼女はスープを飲んだがその瞬間、今まで抑圧されていた食欲が爆発した。


「三つ星...飲食店を出しても...通用しそう」


   幼馴染コンビが提供した料理のあまりの美味さに、水無は幸せそうな表情で食事を楽しむ、産まれてから十年の間に初めて覚えた幸せの味を噛み締めて。

  

「嬉しいな〜やっと年相応な顔してくれた!!」

「そうね...辛い境遇に居たからかやたら大人びているけど、まだ子供だもの、無邪気な姿を見せてくれたほうが嬉しいわ」


  緋美華とひよりは伴侶の様に、我が子を見守るかの如く、水無が料理を嬉しそうに頬張るのを、優しい眼差しで眺めるのだった。


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