第8話「親子仲良く」

 十七歳の女子高生・春野 緋美華と、十歳の津神 水無は、初めて出会ったその日から同居生活を始める事となった。  


「ねえ、久しぶりに一緒に作らない?ごはん!」


   話を聞く限り著しく疲弊しているであろう水無を気遣って、共同で料理をしようと、ひよりに提案する緋美華。


毎日夜遅くまで鍛えてから寝るのもあり、いつもひよりに朝ご飯を作って貰っている緋美華だが、彼女自身の腕だって決して悪くない。


「悪くないわね、あんたと一緒になんて家庭科の授業でもなきゃ、やらなくなっちゃったし」


   友人を一気に喪ってから暗い表情を拭いきれていなかったひよりも、やっと嬉しそうな表情を浮かべた。


「先ずは仲間の遺族に連絡をとった方がいいよ、消される前に逃げろって、奴らは殺した相手の遺族すら狙うから」 


   相変わらず起伏無く淡々と、水無はふたりに忠告する。


「なんですって!早く言いなさいよ、そんなこと!!連絡が向こうからないのも、まだ心の整理が出来てないからだって思ってたのに!」

「じゃあ警察の人や救急車に乗ってた人たちも...」


   連鎖的に人の命は失われていくのか、緋美華の顔から、血の気が引いていくのが分かる。


「...それどころか、奴らの仲間が成りすまして死体を持ち去った可能性もあるかも、他の組織を乗っ取るなんて容易いだろうから」

「まったく、疑心暗鬼にならざるを得ないわけね」

「人を疑うなんて嫌なことなのに...」

「落ち込んでる暇なんかないわ、さっさと電話するわよ、私とあんたで分けてやりましょ」

「わかった!」


    緋美華が花菜里の遺族、ひよりが舞女の遺族にそれぞれ電話をかける、どうやって逃げる事を納得させるかは二の次だ。


「...だめ、出ないわ」

「まさかみんな、もうやられちゃったの?」

「そうとしか考えられないわね...仕事が早いことで」

     

   ひよりの言う通り敵の行動は迅速だった、殺害した遺族の住所を特定し、押し入って家族の後を追わせるなど無駄も躊躇いもなくスムーズに完了できる簡単な仕事に過ぎない。


「っ...!花菜里ちゃんの家に行く!!」

「あっ、ちょっと!!」


   居てもたってもいられなくなり、緋美華は遺族の―――喪った親友の一人である花菜里の自宅に向かった、彼女の家がここから一番近いのだ。


「...覚醒前に、死なれるのは困る」


   まるで溶けてしまったかのように、水無はゲル状の物質へと変身、机の上に置いてあった、可愛らしいうさぎマークのついた水筒に侵入した。


「げ〜っ!!」

 

   まるで海外産ホラー映画のような光景を目の当たりにして、ひよりは著しく気分を害した。


「つれてって。彼女を追わなくちゃ」

「わかったけど!!」


   害虫を部屋から外に摘み出す時と酷似した、躊躇いと勇気を振り絞っているのが分かる動作で水筒を手に取って、ひよりは緋美華の後を追いかけた。



 

「買い物に行ってるだけとか...だったりしないよね」

   

  確かに人の気配はあるので花菜里宅のインターホンを何回鳴らしても、大声で呼びかけても、まったく返事がなく、緋美華は焦る。


「人の命に関わる時なんだ、弁償でも懲役刑でも甘んじて―!!」

       

   他の家にも行きたいのに、これではどうにもならないと業を煮やした緋美華が強行突破を覚悟したとき、背後から巨大な鎌が飛んできた。


「二度目の殺気、見切った!」


   右手の人差し指と中指で、緋美華は鎌の刃を受け止め、地面に叩きつけて粉砕した。


この鎌は先刻、彼女を死の淵に追いやったのと同じ物だが、今度は逆に、破壊されて武器としての死へ導かれる末路を辿ったというわけだ。


「もはや運動神経抜群の範疇を超えてないかしら」


   やっと追い付いて来たひよりは、息を切らし、両膝に手をあてて腰を曲げた状態でありながら顔だけは上げて、緋美華の反射神経の高さを目にしていた。


「...これは”死神蟷螂”の鬼眼双葬鎌きがんそうそうれん


   疲れのあまり、ひよりが足元に置いていた水筒の中からでも、水無には外の光景が見えるらしい。


「うわ!私のうさへらすいーつちゃん水筒がしゃべった!!」

「そんな事いまはどうでもいいわ!」

「どうでもいいの!?」

「死のニオイがする...この気配は、死んだ人間のもの...」


   水筒の蓋がポンッ!と中から押し出されて宙に舞ったかと思うと、飲み口からゲル状の物質がナメクジのように這い出てくる。


それはやがて、ツインテールが目立つ幼い少女の姿を形作り、水無の姿へと戻った。


「そんな...っ、でも他の人はまだわからないっ...!!」

「諦めて」

    

   アイスピックの様に冷たく鋭い声色が、緋美華の背中を虚空に縫い合わせ、彼女の足を止めた。

   

「...つらいね、ただ物凄くつらい」

  

   山での特訓中にスズメバチに刺されたり、イノシシに体当たりされたとき...背中を引き裂かれたときよりも激しい痛み―――緋美華は拳を強く握り締めて、それに堪える。


「そうね...ここまで心が張り裂けそうな思いは始めてだわ」


   緋美華はあんなに鍛えていたのに、仲の良かった友人とその親を守れなかった不甲斐なさと罪悪感。


ひよりはそんな思いで、辛い顔をしている緋美華の心を救う術や、今このシチュエーションに最も相応しい言葉が浮かば無いもどかしさ。


それぞれの理由で沈痛な面持ちとなり、重苦しい雰囲気に沈んだこの場に、異変が起きた。


「な、なに!?」

「地震!?」


   緋美華たちの足元が激しく揺れたのだ、しかしこれは地震でも、コンクリートの下で巨大なモグラが暴れているわけでもない。


「辛気臭いんだよォ、テメエらよォ、水無サマの言う通りやァ、無駄に時間を潰すのはよせよォ、殺したんだからよ...私が全員...よォ!!」


   コンクリートを突き破り、力士並に図体が巨大な黒ずくめの人物が地上に姿を現した!


「お前は...”轢殺の黒輪れきさつのこくりん”」


   一般人には知り得ないが、水無をはじめ闇に生きる者が知り得る名を持つ凶悪なる怪物。


組織から送り込まれてきた、二人目の刺客のお出ましだ。



   

   

   

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