戦慄の吸血鬼。蒼髪を追う赤瞳

第7話「死者の漂う緑の海にて」

  ―――幼馴染の絶叫と慟哭、熱く鋭い痛み。覚えている記憶通りならば、無念ながら死んでいた筈なのに、今こうして自室の天井を眺めているのは何故だろう。


「はあ...私いったい...どうなったの...」

「おはよ」

「え」

   

   緋美華が寝返りを打つと、そこには見知らぬ顔が間近にあった。 


「あなたはだぁれ?!私まだ独身どころか、彼女募集中なんだけど!」


  自分が未だ生きていること以上に驚いた緋美華は、思わずベッドから飛び出した。


「わたしは津神 水無だよ」

「え〜可愛いけど誰〜?見た感じかなり幼い女の子が女子高生のベッドになんて、犯罪のニオイがしちゃうよ!?私やっちゃった!?自首した方がいいですか!?」

「落ち着きなさい」

    

   いつの間にか背後に立っていた風見 ひよりにこつんと軽く拳を打ち込まれ、取り乱していた緋美華を冷静にさせる。


「ずびばぜん...」

「この娘があんたを治癒してくれたのよ、まるでRPGゲームの回復魔法を使ったみたいにね」

「ひよりぃ〜?ゲームと現実の区別はつけないと駄目だよ」

「普通についてるわよ!」

「そうだね、ひよりは真面目だもんね...じゃあ本当なんだ...ありがとう、助けてくれて」


   緋美華は水無に対し、腰を曲げ、深く丁寧に頭を下げた。

 

「感謝はいらない、飽くまでも私の利益の為...それに、救えたのは貴方だけだから」

「...そっか」

  

   やはり友人たちの死という運命は、避けられなかったのだ、緋美華の心に、彼女たちを助けられなかった自分の非力さへの怒りと悔しさが募る。


「おばさん達に、どんな顔をして会えばいいのかな」

「ありのまま起こった事を話しても、信じてもらえないうえに、ふざけるなって怒らせるだけでしょうね」

「嘘をつかないといけないなんて...」

    

   命を失った仲間達だけでなく、遺族の気持ちまで考えて、緋美華の表情はこれまでになく暗い物になっていた。


「なんなら私が一人で...」    

「ううん、ひより。一緒にいこうよ、私はどんな辛い罵詈雑言を浴びせられる覚悟もできてるから」

「警察にも行かないといけない、躊躇ってる時間も惜しいから直ぐに覚悟を決めてくれて助かるわ」


   緋美華とひよりは、がっしりと腕を組み、付き合いの長さの間に生まれた絆の強さを見せつける。


それを水無は、内心では暑苦しいなと思いながら眠たげな瞳で欠伸をしながら見ていた。


「その前に...水無ちゃんだよね、君について教えてくれないかな」

「私も緋美華の意見に賛同するわ、助けてもらっといて失礼だけど、あんな危険な目に遭ったばかりで、事情素性がわからない人物を信用できないもの」

「...ごもっともだね。あなた達は既に巻きこまれてるから話すよ」

    

   水無は淡々とした口調で、ゆっくりと、経緯を語り始めた。




  数日前。人の気配どころか、鳥や獣の声すらも皆無の薄暗い静寂の世界――――富士の樹海の中を、水無は黒い影となり息も切らさずに、颯爽と走っていた。


「待ってよ、お姉ちゃあ〜ん!」


   背後からは、水色のサイドテールを靡かせながら、赤いロリィタ服を纏う、水無の実妹である無苦が彼女を追いかけてきていた。


水無がコソコソと無数にある大木の陰に隠れるたび、十本の指先から伸ばした透明な糸を自由自在に操って、枝からぶら下がる首吊り死体ともども、切り刻み道を拓いて。 


 (捕まれば二度と機会はない、これ以上は罪を重ねたくない―――!責めて真実を”彼女"に伝えなければ...)


   発現した能力の強力さに目をつけられ、自分より強く残虐な悪魔に脅迫され、罪の無い者を既に数え切れないほど手にかけてきた。


だが、そうやって長いあいだ縛りつけられていた”組織”を潰す手段らしきものを遂に見つけた。





「“こやつを直々に抹殺するのだ!!“」


  樹海の奥にある知られざる禁足地を地下に潜り続けた場所にあるアジト。


その司令室の中央に飾られている巨大な八咫烏の彫刻を通じて、無苦を始めとする組織の幹部達に、首魁から直々に暗殺命令が下された。


この時スクリーンに投影されたのが、学生服を着て明るい笑顔を振りまいている、長い赤髪の少女・春野 緋美華だった。


「...随分と若いではありませんか、お言葉ですが、本当に...我々の脅威になりえますか?」


   ドイツ式の軍服を身に纏う厳格そうな女性は、イマイチ納得が行かない様子である。


「若いというなら君だってまだ同じくらいの年齢ながら少尉だよね、無苦ちゃんなんか九歳だよ」


   軍人気質の幹部の隣で、青を基調としたサラファンを着た背の低い銀髪の少女が、くすくす笑っている。

  

「え〜へへへ!我ながら末恐ろしいよ〜」


   裏世界を世界規模で支配つつある強大な組織のボスが目を付けるくらいだから、この春野 緋美華という少女は、かなりのポテンシャルを秘めているに違いないと思っていた。


そして隙を見てアジトから逃げ出した水無は、彼女との邂逅をゴールとし、水無は脚を止めずに、ひたすら妹から―――暗黒という名のケージから逃げ続けた。


「...そうしたら、夏芽下 透...あのカメレオンみたいなやつに貴方達が襲われているところに遭遇した...というわけ」


   水無の話を聞き終わる頃には、緋美華とひよりは並んで正座し、手に汗を握っていた。


ほんの少し前ならば荒唐無稽な創作話と疑ったかもしれないが、あんな体験をした今となっては、信じる他に無かった。


「わたし期待されてるみたいだけど、自信ないよ、さっきだって、直ぐにやられちゃったし」

「まだ本領が発揮されていないんだよ、あの首領が直々にターゲットを指定した人間は、これまでどれも強大な力を持っていた」

「そっか...うん...皆を守れるなら、ぶっちゃけ怖いけど、わたし頑張るよ!」


   緋美華は自らの両頬をパンパンと叩いて、改めて気合を入れ直す。


「ありがとう。暫くこの家に居候させてもらえると嬉しい」

「なっ!?ちょっと!!」

「わかった、不届き者だけどよろしくね!」 

「うん。よろしく」


  いきなりの申し出に戸惑う幼馴染とは裏腹に、緋美華は心地よく了承し、水無の手を握る。


「それを言うなら不束かも...これも使い時が微妙に違うじゃないのよ〜!!」


  なんだか先が思いやられるなあと、ひよりの胃は酸っぱい痛みを覚えるのだった。


   

   

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