第5話「黄緑無色の暗殺者《インビジブルタング》」

   ついさっきまで楽しく遊んでいた、仲の良い友人たちの水死体が、目の前にある。


怖い、酷い、悲しい、ネガティブな感情の波に緋美華の心は押し潰されそうだったが...何より強く感じた気持ちは、“悔しい“だった。


「大切な人達を、守れなかった...わたし何の為に...もっと頑張るべきだったのかな...勉強もアルバイトも辞めて、その時間を全部、強くなるための修行に使えばよかったのかな!?」


   濡れた髪から滴る川の水に紛れて、緋美華の瞳から涙が零れ落ちる。


彼女は両親を失ってから、暫く落ち込んでいたが、未だ逮捕されていない犯人が再び現れて、今度こそ自分...ならばまだ良い、幼馴染や友人に凶刃を振るわんとも限らない。


だからアルバイトで学費を稼いで高校に通い、その両方が終わった後は、近所の山にて、管理人の許可を得て滝行やランニング、朽木を蹴り倒す特訓の日々に身を投じたのだ。


「なのに...あんなに頑張ったのに、私が弱いから、みんなが...」

「あんたは十分に強いわ、臆病な私とは違って勇敢にも得体の知れない者が潜む川に飛び込んだもの...だけど相手は、どうやら人間じゃないらしいもの」


   泣き崩れる緋美華に肩を貸して、一歩一歩、まるでヒグマから逃げるように、ゆっくりと後退する風見 ひよりの目には、誰も居ない筈の場所に濡れたブーツの足跡がついて、それが近付いてくる怪現象が映る。


「羽砂美ちゃん!信歩ちゃん!逃げて!!」


   緋美華はテントの中で寝ているであろう、羽砂美と信歩に、出せるだけの大声を出して警告する。


「ひよりも!離れて!!」

「あんた、なにを!!」

「一か八かだよ!」


   肩を貸してくれている、ひよりから離れてその眼前に飛び出した緋美華。


仲間を失い気でも狂ったか、赤い長髪を濡らした少女は自らの腕の肉を、飢えた野良犬の如く噛み千切り、鮮血を噴出させた。


「ぬおああああっ!ばっちいいい!!!」


   真紅のシャワーを浴びせられ、全身に色を塗られた事で、透明な者が実体化して姿を見せる。


「に...人間か...犯人は怪物ではなく...人間!!」

   

   緋美華とひよりの前に現れた透明人間の正体は、血の赤に濡れていて分かり難いが、両端に黄色いシニヨンを備えた黄緑色の髪に、オレンジ色のサングラスを乗せた、彼女らと同年齢くらいの少女だった。


「今日は既に“異能の力“を使い過ぎた〜この全身に塗られた赤を我が姿ごと無色に変える〜“魔力“も切れている〜!」


   気の抜ける喋り方をする血濡れた透明人間だが、容赦なく殺人を遂行する悪魔のような存在であり油断はできない。


「やっぱり...」

「何がやっぱりだよ〜派手な色の髪しやがって〜不良娘じゃんかよ〜こえ〜よ〜」

「ホテルでの都市伝説が貴方の仕業だとするなら、そこでは絞殺、今回は私の友達を溺死させた、これは返り血を浴びる可能性が少ない殺害方法だよね」

「そうね...犯人が返り血を浴びたくないのは当然として、姿なき幽霊が、そんなことを気にする必要なんてないものね」


   緋美華とひよりの、相手が亡霊でなく透明な生物であるという推測と攻略方法は正しかった。


「まあ驚くことでもない〜私の能力の攻略は、君らみたいなクソガキにも攻略できるほど単純だし〜同じ様な手により破られたことは正直少なくはない〜」


  全身返り血まみれの殺人亡霊は、ケラケラと笑ってみせる。


「笑うな...よくも皆を!警察に突き出してやる!!」


  大切な命をいくつも奪っておいて、平然と笑う悪魔に緋美華の怒りは爆発し、色を操る能力を持つというカメレオン女に殴り掛かる。


「ならば〜!なぜ私はここまで生き残ったのか〜!異能が通用しない相手をも暗殺する術を極めているからだ〜!!」

「きゃっ!」


   黄色く丸いシニヨンが、眩い光を放って緋美華の視界を遮った。


「相手の視界を奪う閃光・眩きゲルブレフレクシオン!!からの素早いナイフ連続突き・暗殺多頭刺刃フンデルトメッサーのコンビネーションによる最強最悪の暗殺術により闇に葬られよ〜!」


   刃渡り二十センチのナイフによる高速連続突きが、白い闇に視界を閉ざされた緋美華に襲い掛かる――――!!


「なにっ!?」

  

   緋美華は視界を白い闇に閉ざされたままで、前後左右に素早く体を動かして、迫りくるナイフの突きを全て躱した。


特訓の成果が発揮されたのだ、彼女は日頃から闇の深い夜山にて極力明かりもつけずに体を激しく動かしているので、盲目の状態でも気配を読むことが可能なのだ!!


「おりゃあああああっ!」

「げぐばっ〜」


   ナイフラッシュを躱しきった緋美華の拳が、戸惑うカメレオン女の顔面を殴りつけ、そのまま数メートル吹き飛ばした。


「ちきしょ〜いて〜」

「悪いけど気を失って貰うまで、ちょっと乱暴に行かせてもらうよ!!」


   視力を取り戻した緋美華は、地を蹴って空高く飛び上がり、そこから降下する勢いに任せて、仰向けに倒れている敵の腹部に膝をめり込ませる。


「ぐえぇぇぇぇぇっ!!」


   紅の透明人間は白目を剥いて、口から泡をふく...まさか緋美華がここまで強かったなんて、完全に予想外だった。


「やば...過剰防衛しちゃったかも...とりあえず警察を―――え?」

    

   ひとまず敵を倒した緋美華が、びしょ濡れの防水機能付きスマホをデニムホットパンツの尻ポケットから取り出した瞬間だった。


皮膚が裂かれて肉の剥がれる生々しい音が、背後...どころではなく、そもそも自分の背中から聞こえてきた瞬間に、灼熱を押し当てられたような痛みに襲われて、緋美華は全身の力が抜けて倒れてしまった。

   

「あ...ああっ、ひ、緋美華...!!」


   ひよりは確かに見た、何処からともなく巨大な鎌が飛んできて緋美華の背中を切り裂いて、直ぐに森林の中へ消えていくのを。


「だ、だめ...私は責めて...ひよりを...守らないと..なのに」

「しっかりして、いま救急車をよぶからっ、いや...死なないでよ、お願いだから...緋美華ああああああっ!」

   

  愛おしい幼馴染の、泣き叫ぶ声を耳にしながら、緋美華の意識は暗闇に呑まれていった――――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る