第4話「夏の空はもう赤い」

   夏休みを利用して訪れたキャンプ場で待ち受けていたのが、楽しさだけでは無い事を、緋美華たちはこれから思い知ることになる。


「鮭しか釣れないなあ...」

「占いによれば、絶好調なのに...」

「魚へんに占いで鮎くらいは釣れないものかな、なんてな、あ?」


   冗談を言ってみたものの恥ずかしかったので、照れ隠しに呂久は守葉の背中を叩こうとした。


しかし、彼女の掌が叩いたのは虚空だった。今の今まで隣に座って一緒に釣りをしていた友人の姿は、忽然と消えてしまったのだ。


「誰か来てくれ!」


   困惑した呂久は、慌てて仲間を呼んだ。


「ん〜なんだよ、うるさいなあ」


   前髪で隠れていない片目をこすりながら、気怠そうに羽砂美がテントから出てきた。


寝起きなのもあって、不鮮明な彼女の視界の中には、誰も見つけられない。 


釣り竿らしきものが、大きな石の近くに落ちているのは確認できるが。


「あ〜はいはい、気のせい、気のせいっと」

   

   もっと寝ていたかった羽砂美は、睡眠を邪魔された苛つきを小石にぶつけて、蹴り飛ばしながらテントに戻る。

   

   

「...まるで、デートみたいね」 


  ぼそり、ボートを漕ぎながら、ひよりは呟いてみる。


赤い髪の幼馴染の耳に、届いてほしさと、届いてほしく無さ、複雑な感情が入り混じったのが、微妙な声量にも顕れている。


「え?緋美華は美少女ね!って言った?」

「ばか、言ってないわよ」

「空耳か〜てか二人きりでボートを漕いでるなんて、まるでデートみたいだね」

「!?」


   ひよりの心臓が、一度だけ激しく鼓動する。


「どったの?」

「あははは、そうね、デートみたいね」

「でしょ〜!」


  一瞬だけ驚いたが、実はさっきの言葉が聞こえていて、カウンターを仕掛けてきた、という訳でもどうやら無いらしい。


それよりも、自分が素直に堂々と言えない緋美華の性格を、ひよりが羨ましく思っていると、ボートに何かが泳いで近付いてくる気配があった。


「うわ!サメだ!!」

「川に?!そんな馬鹿な!!」


   白い波飛沫を空高く舞い上げながら、急速に二つの気配がボートに接近してきて触られた!!


「きゃっ!転覆す...ってもう!!」


   波飛沫が止んだことで姿を見せた、ボートに触れたそれは、川泳ぎ対決をしていた花菜里だった。


勝ち誇る彼女の直ぐ後ろに、舞女が追いつく。


「いえ〜い!私の勝ち〜!!」

「なんだ〜!びっくりした!!」

「ごめんごめん、驚かせたみたい」

「競争のゴールに、このボートを使ったのね」


  そうだよ〜!...とひよりに言葉を返しながら、花菜里の姿がまるで霧が散るように消えた。


花菜里が霧散した事により、背後にいた舞女の姿が見えるはずだが、こちらも居ない。


「え?これって夢じゃないよね」

「そうだと思うけど...」


   唐突な怪現象の発生に、緋美華とひよりは、思わず自分の目を疑い、顔を見合わせた。


お互いの反応を見るに、幼馴染ふたりは、これが錯覚などではなく現実である事を理解した。


「とにかく助けなきゃ!」

「あっ、この馬鹿!!」


   状況は理解できないが、仲間の危機であるこということだけは把握した緋美華は、居ても立っても居られなくなり、服も脱がずに川の中へと飛び込んだ。

 

(これ以上わたしの周りから大切な人たちが居なくなるなんて、嫌だ...)


   自らも消える、または溺れ死ぬ可能性よりも、親しき者の喪失が緋美華には怖かった。


だから水が侵入する痛みに耐えながら、必死に目をあけて川の中を見渡すも、友人たちの姿は跡形もない。


「...!?」


   息が苦しくなり、川面に顔を出そうとしたところ、緋美華の脚が何者かに掴まれた。


(こいつが犯人?捕まえてや...る...?)

    

   緋美華は困惑する、確かに何者かに掴まれた感触が脚にあるのに、そこを見ても人の手らしきものどころか、全く何もなかった。


(幽霊だとでも言うの...!?私がやられたら、次はきっと、ひよりの番だ)


   自分が死んだら幼馴染を守れないと気付いた緋美華は、掴まれた感触のある脚に最大限の力を込めて必死にバタバタと動かす。


「いてっ!!」


   見えざる手に抗い藻掻いてる内に、緋美華の踵が、これまた不可視の存在とぶつかって苦悶の声を漏らさせた。


「今だっ!」


   脚が軽くなった緋美華は、川面に顔を出して、空気を吸いながら全速力でボートに乗った。

   

「ひより!漕ぐよ!全身全霊で!!」

「わ...わかったわ」


   腕力に自信の無いひよりだが、滅多に見たことがない、緋美華の鬼気迫る表情に圧倒されて、頷く事しかできず、彼女の指示に従った。


「なんとか上陸できたわね」

「詳しくは後で話すよ、今は逃げないとヤバいから...」


   河原にあがった二人が、息を切らしながら、さっきまで乗っていたボートを眺めていると、パンッ!耳を劈く破裂音がキャンプ場に響き渡った。


川面の上に浮かぶボートが木っ端微塵になったのだ、もう少し降りるのが遅ければ、自分達の肉片も水の中に散らばっていたのかと思ったひよりの背中に、寒気が走った。


「ほらね...」


   苦笑を浮かべ、緋美華は後退る。


「きゃっ!」


   川の中で藻掻いた際にサンダルが脱げて、裸足になった緋美華の踵が、何かに躓いて彼女に尻餅をつかせた。


「緋美華!大丈...きゃああああああっ!!」


   緋美華の手を引っ張って起こそうとした時に、彼女が躓いた物を見たひよりは、腰を抜かしてしまった。


それは、ついさっき目の前で姿を消した筈の花菜里の、ブヨブヨに膨らんだ水死体だったのだ。


「う、うそ...なにこれ...」


   彼女の遺体の隣には舞女、更にその隣には、同じく変わり果てた姿の呂久と守葉が、横一列に並べられていた。

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