第3話「平和な日常〜夏休み〜」

    羽砂美が都市伝説を語ったあと、緋美華たちは、待ち合わせしていたうちの四人は急用で来られなくなったので、残り四人の友人らと合流、みんなで一緒に電車に乗り込んだ。


緋美華とひよりは、当たり前のように隣同士の座席についた。


「本当に楽しみだね!」


   揺れる窓の外の風景を眺めて、緋美華は子供みたいにはしゃぐ。


「よかった」 

「え?」

「さっき具合悪そうだったから」


    ひよりは常に緋美華を気に掛けているから、彼女の体調や精神の変化には敏感だ。


「だからそれは、都市伝説というか怪談が怖くてビビっちゃったんだよ〜」

「あんたはそんなに臆病じゃないでしょ」

「臆病なんだよ、わたしは...はっ!」

   

    前の座席からは恋バナで盛り上がる派手めな友人同士の、後ろの席からはゲーム対戦で盛り上がる少し落ち着いた印象の友人同士の、なんとも楽しそうな声が聞こえてくるのに、挟まれたこの座席は暗い雰囲気になってしまった。


...と思った緋美華は、無理やり明るく振る舞うことにした。


「怒ったひよりの方がよっぽど怖いけどね、あはははっ!!」

「なによそれ、心配して損したわ」

「そうそう、心配するだけ損損!今日くらいは頭空っぽにして楽しまなくちゃ」

「今回ばかりはあんたの言う通りかも、遊ぶときは遊ばないと、勉強にも身が入らないもの」


   緋美華が捻り出した笑顔に連られて、ひよりの表情も柔らかいものになる。


以後はやはり他愛もない会話を交わしながら、電車がキャンプ場のある町に到着するのを待った。 


ちなみに羽砂美だけ、テンションの高い他の者とは違って、隣に座る恋人と話しているうちに寝落ちしていた...最低である。





「よっしゃあ着いたあああああっ!!」

「空気うめえええええええっ!」

「うん!おいしいねっ!さすが大自然のなか!!」


     ピアスを開け、髪を金髪に染めている花菜里(かなり)、付け睫毛と付け爪の存在感が凄い舞女(まいめ)の、派手めな印象の友達二人と並んで川の中に立ち、緋美華は山に向かって叫んだ。


「ちょっとぉ、緋美華っちぃ、また一段と声量あがってね?」

「そうだよ〜そんな細い体のどっから出てんの〜!」

「え〜?二人だって凄かったよ、応援団とかやれそうじゃん!」

「暑苦しそうだから遠慮しときま〜す」

「えー!やりがいあるっしょ〜!!」


    彼女たちは電車から降りると、恋愛、テレビ番組、占い、恋愛、音楽、UMA、学校行事など、なにしろ多人数なものだから様々な話題で盛り上がりながら歩いて、そこで高くなったテンションを保ちつつ、このキャンプ場へ到着したのだ。


「みんな騒がしいな、祭囃子を奏でたい気分だ」         「占いによれば、みんな今週いっぱいは絶好調だからね」

「ここじゃ近所迷惑にならないから、演奏しても良いんじゃないかしら」


   ひよりはブルーシートの上に体育座りで、川の中心で叫ぶ緋美華を見ながら、彼女が友達になって、それ経由で知り合い、どちらかといえば静の気質を持っているので親しくなった、占いが趣味の守葉(しゅは)と、音楽が趣味の呂久(ろく)のふたりと会話を交わす。


一見ローテンションに見える三人だが、これでも普段よりは浮かれている方だった。





「それじゃあ、先ずは〜っと」


   川からあがってきた下半身びしょ濡れの緋美華は、持ってきた折りたたみ式のテーブルを迅速に組み立てる。


その上に人数分のコップを花菜里が置き、舞女がオレンジ炭酸ジュースを注いだ。


「お〜っ、気が利くね〜」

「羽砂美なんて、到着するなりテントで寝てただけだもんね」

「信歩の横でね〜」

「や、やだあ...」

 

   羽砂美と信歩のカップルは、学校でもプライベートでも、どこでも相変わらず惚気けている。


「多人数の中でもお構いなしね」

「仲良きことは可愛いことだよ〜」

「微妙に違うけど...ある意味合ってるかしら」


   馬鹿ップルぶりに、ひよりは呆れているが、友達同士の仲が良いほど嬉しい緋美華としては、とても微笑ましく感じられた。


「それじゃあ、みんな、かんぱーい!!」


   コップを青空に掲げる緋美華の乾杯に、他の者も続き、キャンプ場には若者の声がこだまする。


皆はカラカラになった喉に、橙色の液体を流し込み、水分を補給した。


「ほんじゃ、各自暫く自由行動ってことで!」

  

   全てのコップが空になったのを確認してから、緋美華はそう言った。


頭は悪いが要領は良く、コミュニケーション能力もメンバーの中で一番高い彼女がリーダーの役割を担っていた。 


乾杯して直ぐにバーベキューを始めるのではなく、遊んで空腹になってから、でも暑いから最初に水分補給はしておく...という事らしい。


「お〜っ!」


   自由時間開始の合図を受け、守葉と呂久は釣り竿を用意すると、大きめの石に腰かけて、そこから川に糸を垂らす。


川釣りを楽しみつつ、食材となる魚も確保できるため、一石二鳥である。


「お、カマボコとか釣ってくれっかな」

「サメが居たらヤバいっしょ〜」


   釣り人たちの成果に期待しつつ、泳ぎの速さを競うために、彼女らの邪魔にならない程度に離れた所から、水着姿の花菜里と舞女は川の中に入っていった。


「よーし、私も遊ぼう!」

「いや、寝る!」

「せっかく遊びに来たのに〜!!」


  学びも、遊びも、両方怠けたいグータラな羽砂美は、信歩の腕を引っ張りテントの中へ。


「...何しに来たのよ、あのふたりは」

「普段とは違う場所で寝るのも楽しいから、あれだって遊びのうちだよ」

「やっぱり娯楽には色々あるのね、私たちは、何をすれば良いかしら」

「これっしょー!!」


   緋美華がひよりに見せたのは、無料二人乗りカヌー・ボートの字が大々的に掲載されたチラシだった。


「川をボートで漕ぐなんて、中学の修学旅行以来ね」

「体動かした方が、頭よくなるらしいし!」

「あんたに言われても説得力ないわ」

「あっ、ひよりってば、ひど〜い!」

    

   なんて話しながら、チラシの裏に記されたボート乗り場へ向かう彼女たちの心は、楽しい気分でいっぱいだった...あんな事が起きるまでは。







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