第2話「夏の空は未だ青い」
夏らしく、されど飽くまで健康的な露出の多いファッションの春野 緋美華と、夏なのに露出が少なく落ち着いた服装の風見 ひより。
正反対の格好なので説得力には欠けるかもしれないが、仲睦まじい幼馴染同士である二人は、夏休みを利用して、友人らと遊ぶ約束を果たすため、朝からキャンプ場を目指して歩いていた。
燦々と照りつける太陽のもと、荷物を詰めた鞄をぶらさげ、まるで熱された鉄板のような、裸足で歩けば火傷は免れないコンクリートのうえを、手を繫いで。
「それにしても、あんた相変わらず友達多いわよね、十人って...普通は多くても五〜六人でしょ、人見知りには辛いわよ」
「なんて言いながらも、ちゃんと付いて来てくれるし、ひよりって優しいよね」
「...ま、まあ?別にあんたほどじゃなミミミミミミミミミミミミミミミッ
折角ひよりが照れながらも発した一言は、ちょうど声量をあげた蝉の声によって、儚くも掻き消された。
(絶滅してほしいランキング二位の虫は蝉に決定ね...)
他にも、忘れ物はしていないか、昨日どんなテレビ番組を見たか、勉強はついていけてるか...ありきた」りな会話を交わしながら歩き続けて、緋美華とひよりは最寄りの駅に到着した。
「やっと座れるわ...」
「ほいっ、ひより、炭酸リンゴジュース!」
木製のベンチに座って息を切らしている体力不足な幼馴染に、汗だくではあるものの全く疲れを見せない緋美華は自販機で買った缶ジュースを投げ渡す。
「ありがと...喉かわいてたから助かるわ」
「どういたしまして〜!」
炭酸飲料は余計に喉が渇いてしまう事を、ひよりは知っていたけど、今はとにかく冷たいものを飲めるだけで助かるので素直に感謝しておく。
「ぷっはー!ごちそうさま〜っしょっとー!」
緋美華は立ったまま一気にペットボトルのスポーツドリンクを飲み干してゴミ箱に捨てると、ひよりの隣に座り...再び彼女の手を握った。
「ちょっ、周りに人いるからっ!」
「ええ〜?良いじゃん、誰にも迷惑かけてないもん」
「私が恥ずかしいからっ...こんな時に皆が来た...ら...あ」
ひよりが想定していた最悪の事態が、現実のものとなった。
待ち合わせしていた友人らの内の二人・石堀 羽砂美(いしぼり はさみ)と三尋木 信歩(みひろぎ あゆむ)が到着したのだ。
「恋人同士でもないのに手を繋いで、随分と仲睦まじいことで!」
羽砂美はニヤニヤと馬鹿にしたような笑みを、ひよりに向けてきた。
「な、なによ...これは私からじゃ...」
「そうだよ、私からだから、それに幼馴染同士なんだもん恋人同士にも愛は負けないよ!」
「ひみか...」
せっかくからかってやったのに、全然ダメージを受けていない緋美華たち、羽砂美にとっては面白くない。
「へえ〜!そうなんだ、ま、幼馴染同士でくっつくとかファンタジーの類だし、将来別々の人と結婚しそうだけどね!」
意地の悪い言葉を放ち、羽砂美は隣に立つ信歩からソフトクリームを強引かつ迅速に奪い取って食べてしまった。
「ああっ、それ私のイナゴの佃煮味ソフトクリーム!」
「は?!なんてもん食べうううおえっマッずういいいいい」
「さっきお店で注文したとき聞いてなかったの!?」
さっそく天罰を受けた羽砂美は、慌ててトイレへと駆け込んだ。
「まったく、因果応報だわ」
「だとしてもちょっと可哀想かも...」
「え?一番可哀想なのって、食べ物奪われた挙げ句に、散々それを貶されてる私じゃない!?」
言われてみれば確かに可哀想だったので、緋美華は缶のラムネサイダーを自販機で購入して、信歩ちゃんに奢ってあげました。
「他のコがやって来るまでの暇潰しに、ひとつ恐怖の都市伝説を教えてあげるよ、というか怪談?みたいな」
何事も無かったかの様にケロッとした顔で、羽砂美はまた妙な事を言い始めた。
「え...まだ今日ソシャゲのデイリーミッション消化してないし、後でいい?」
「別にスマホいじりながら聞いてくれて構わないから!」
「都市伝説は私も気になる!」
「でしょ〜流石は緋美華ちゃん!!」
都市伝説だろうと芸能人の熱愛発覚だろうと、全体的に噂話が好きな緋美華は、羽砂美の出した話題に食らいつく。
「仕方ないわね、聞くだけ聞くわ...」
あとあと緋美華と会話するときのネタにもなるので、ひよりは不承不承ながら羽砂美のくだらない与太話に付き合うことにした。
「ちょっとトイレいってきまーす!」
信歩は周りに有無を言わさず、そそくさとトイレへと逃げていった、どうやら怖い話は苦手らしい。
「やたらトイレが近いカップルね...」
「それは否定しないよ、昨日だって我慢できなくて公衆トイレでふたりで色々と〜!」
「センシティブ!」
「けあるあ!」
ひよりの手刀が振り下ろされ、羽砂美の頭頂部から伸びる二又のアホ毛を押し潰した。
「まず舞台はこの町のホテル、これはあそこで起きた怪事件なんだ...」
涙目で頭を抑えつつも、羽砂美は声色を低めにして、早朝ながら夜のようにおどろおどろしい雰囲気を醸し出す工夫をして、都市伝説の内容を語りだした。
「そのホテルには、かつて恋人に捨てられた女性が泊まっていて、最終的には自殺しちゃったらしいんだ」
「うう...かわいそうだよ〜っ」
緋美華は自殺した女性に感情移入して涙を流す、羽砂美にとっては、もはや彼女の感受性の強さが一番のホラーである。
「それからホテルでは、自殺したこの女の霊が出るようになったと噂されるようになったんだ」
「非現実的だわ、幽霊なんて」
「そうそう!皆もひよりちゃんと同じ事を思っていたよ...だけど幽霊の存在を信じざるを得ない事件が起きたんだ」
ごくり、緋美華とひよりは思わず息を呑む。羽砂美は喋り方、声色声量、身振り手振りなどを活用し、無駄にうまく怪談を語るものだから。
実際のところは、女性を口説く話術の応用であるが。
「ある日の夜、宿泊客がエレベーターの中で死んでいるのが発見された...だけどこれは、ただの殺人事件じゃなかった!」
羽砂美は目を閉じ、深呼吸したあと、数秒の間を置いて、再び目を開いて大声で叫んだ。
「エレベーターに備えられていた監視カメラが捉えていたんだ、他には誰もいないのにひとりでに苦しみだし、やがて息絶えてしまう被害者の姿を!!!
しかも死因は首を絞められたことによる窒息死…これはどう考えても自殺した幽霊の仕業に違いない!!」
やかましい…!黙らんかい!!羽砂美は駅員さんに叱られた。
「い、以上...。都市伝説おしまい」
羽砂美の工夫によってつくられた雰囲気もあって、案外、真面目に耳を傾けていた緋美華とひよりだったが、いざ聞き終えてみると、なんてことはない。
語られた都市伝説の内容は、例に漏れず、非現実的で信憑性に欠けるものだった。
「まあまあ、大体二十点くらいね、小説家を夢見る素人の創作にしては悪くないんじゃないかしら」
「ちえっ、ひよりちゃんは冷めてるなぁ、緋美華ちゃん絡み以外となると」
「アンタね...」
青筋を立てて、ひよりは拳を握りしめた。
「わあ、これがヒトコワ系の怪談ですか〜」
「ああもう鬱陶しいわ...って緋美華、大丈夫?」
いつもなら、こわ〜い!なんて可愛げのある反応をして見せる緋美華だが、今回は真剣な面持ちになっている事にひよりは気付いた。
「あ、う...ん、ちょっとね」
「ビビッちゃった?」
「あはは、そうかも...」
羽砂美の怪談を聞いてから、緋美華は妙な胸騒ぎを覚えていた。
これが虫の知らせだと、この時に気付けていたならばと、今でも彼女は後悔せずにいられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます