赫蒼の断罪者〜百合少女たちは宵闇の黒を血の緋色に染める〜

キマシラス

奇怪なる暗殺者

第1話「朱黒の悪夢」

   草木も眠る丑三つ時、普段は伸ばしている!赤く艶やかな長髪を結んだ少女は、寝間着姿にて、四つ脚の寝具の上を、毛布を被り天井に顔を向けていた。


何時もならば腹十分どころか、腹二十分までケーキやドーナツ、クッキーといった甘い菓子を食す稚拙な夢を見て、幸せそうな寝言を口にしている。


それが一体どうした事か、今宵は苦しそうに呻いて、脂汗を全身から噴き出している。


「...か...おかあ...さん...」


  ―――彼女は悪夢を見ていた。いや、現実に起きた悪夢の様な過去の記憶を、夢の中で鑑賞させられている、といった方が正しいか。


「どうして?なんで...こんな...嘘だよね?」


   夢の中は過去であり、夕暮れでもある。故に今とは違って、少女は中学時代の制服である黒を基調としたセーラー服を着ており、髪を結ばず、伸ばしている。


そして大粒の涙を流し、血溜まりの上に膝から崩れ落ちていた。


「わたし今日やっと卒業したんだよ、来月から高校生なんだよ?」


   眼前に倒れている両親の体を一心不乱に揺さぶるも、その手にはひんやりとした冷たさが伝わるばかり、頭では家族の死を認識しながらも、心が理解を拒む。


冷静さを失っていること、警察を呼ぶべきこと、なにより、この場から逃げ出すべきだということは、全て理解しているつもりだ。


かといって親しき者の喪失は受け入れ難く、ただ呼び続ける事しか出来ない、したくない。


「目を覚ましてよ、まだ親孝行できてないのに、お母さ...え...」


  ”親孝行ならあの世でしなよ”


「...あっ、い...い、たい?」


   執拗に繰り返される少女の行動をストップさせたのは、熱さを伴う鋭い苦痛だった。


彼女が痛みを感じた脇腹を確認すると、鋭い刃物が突き刺さっていた。


「君も死ねば、ご両親と同じ天国に行けるんだよ」


   不謹慎なセリフを受けて少女が振り向くと、黒いフードにて顔の上半分を隠した人物が立っていた。


「あ、あなたが...お母さんを...犯人か...」


   少女は激痛に耐えつつ、親の仇らしき者の姿を両眼に焼きつける。


野太い声から一瞬想像したのは中年男性の姿だが、実際に見てみると、ポケットに両手を突っ込んでおり、短めのスカートからは黒いタイツが伸びていた。


おそらく声から正体を特定されないよう、ボイスチェンジャーを使用しているのだろう。


「まさか...あなたは、私と同じくらいの...」

「バレちゃッたら、仕方ないかぁ、両親だけの依頼だったけど...君も始末...しちゃおっかあ!」

「...か、かたきを...せめて一矢報いたい...けど、体が動かない...」


   死の淵に立たされた恐怖より、大量に血が溢れ出した体を動かせず、親の仇を目の前にして、何もできない悔しさが、少女には辛かった。


「ぐっばあああいっ!!」


   両親を手に掛けた殺人鬼の刃物が、今度は娘に振り下ろされた。


――――――緋美華ぁああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!


いたいけな少女を嘲笑う絶望の世界が、激しく揺れた――――。






「うひゃあああああああっ!?」

   

   我が名を叫ばれた少女―――春野 緋美華は、惨劇再上映の悪夢から、現実世界へと引き戻される。


「馬鹿っ、いつまで寝てるのよ!」

   

   緋美華が目を覚ましたときに視界に入ってきたのは、部屋の天井ではなく幼馴染である風見 ひよりの顔だった。


悪夢に苦しめられているうちに、朝日は昇っていたのだ。


「私が来ないと起きられないなんて、まったく呆れ...きゃっ!?」

「ひより〜!いつもありがとね〜大好きだよ〜!!」


   眉を釣り上げてこそいるものの、ちょっと目が赤くなっていて、瞼も腫れていたことから、ひよりが悪夢に魘される自分を心配して泣いていたと気付いた緋美華は、思わず彼女に抱きついた。


「ちょっと、いちいち大袈裟なのよっ、ほら朝ごはん作ってあるから!」

「わあ〜い!」


   緋美華とひよりは部屋を出て階段を降り、朝ごはんの待つ...過去に緋美華が両親の死を目の当たりにした悪夢の舞台となった、リビングへと向かう。


「わあ〜っ、おいしそう、涎が出ちゃうよ〜!」


    テーブルの上には、おにぎり、味噌汁、卵焼き、焼鮭など、いかにも日本の朝食といった食べ物がズラりと並んでいた。


「こういうので良いでしょ」


    ふふんっ、ひよりは腰に手を当てて、得意げな顔をする。


「え〜っ、こういうのでいいなんて思わないよ、貴重な時間使ってくれてる以上は、どんな料理でも感謝感激だもんね!いただきまーす!!」

「あ...い、いただきます...」


   緋美華からストレートな感謝を豪速球で投げつけられたひよりの顔は、彼女がおにぎりを頬張り、卵焼きを口に運び、やがて全ての朝飯を食らい尽くすまで、ずっと紅潮していた。





「よーし!いよいよ出発だよ〜!!」


   幼馴染の手作り朝ごはんを完食し、洗顔、歯磨き、メイクをして、ふんわり優しく甘い香りの香水を少量、膝裏とうなじにつける。


そのあと、クリーム色で半袖のブラウスに、青いデニムホットパンツ、裸足で白いサンダルといった、ラフな格好に着替えて、緋美華は出かける準備完了だ。

 

「あ...あんた露出多くない?」


   目の遣り場に困ったひよりは、視線を泳がせながら疑問を口にする。


「え〜!暑いじゃん!!朝イチからずっと思ってたけど、そもそもひよりの露出が少なすぎるんだよ、今もう夏だよ?秋に着るやつじゃん、それ!!」


   ブーツのみならまだしも、黒タイツも履いているし、茶色のシャツに黄土色のロングスカート、頭には枯葉色のベレー帽と、全体的に落ち着いたカラーで露出は殆どない。


確かに緋美華の言う通り、ひよりのファッションは夏より秋に相応しかった。


「だって恥ずかしいじゃない、私なんかが、肌色多めとか、弁えろっていうか...」


  横髪をいじらしく触りながら、先程とは違った理由で顔を赤くする幼馴染の姿を目の当たりにし、緋美華の全身に雷で打たれたかのような衝撃が走る


「えっちだ...露出ないのに...えっちだ」

「そぉい!」

「べほま!」

   

   思わずセンシティブな呟きを漏らしてしまった緋美華に、制裁として軽い手刀が振り下ろされた。


さて、彼女らが寝間着から制服ではなく私服に着替えているのは、今が夏休み中で、家を出る目的が、登校する事ではなく、十人程の友人とキャンプへ行く為である。


この時はまだ、遊び場にキャンプ場を選んでしまったことで、再び惨劇に襲われる羽目になろうとは二人とも、微塵も思っていなかった。




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