第55話 最低2人

 その日はいきなりやってきた。

 授業中だったんだけど。


「……以上の理由で、神器の形代は現在まともな状態なものがひとつも無い状況だが、本体は無傷で今、京都御所の賢所にある」


 国史の授業で、先生が黒板にチョークで字を書きながら、説明をする。

 私は神経を集中させて、その板書を書き写す。


「本体は今、この国の領土領海領空になっている領域に、結界を張るために現在賢所にあるわけだけども」


 結界……確か、それを18年前に張ってくれたから、私たちの今の生活があるんだっけ。

 ここ、絶対にテストに出るよなぁ……


 前の社会が壊れる前、このあたりの事情を国がしっかり教えなかったから、無法状態が長引いた。

 その反省から、この神器の所在と役割についてはかなりしっかり教えるようになったそうだ。


 この結界の儀式ってなんて名前だったっけ……?

 

 ここもテストで聞かれそうな気がする。

 どうしよう……思い出せない……


「ねぇ徹子」


 ホントはいけないことだけど。

 前の席の徹子に確認をしようとした。


 ……授業終わってから訊けよ、って言われるかもだけど。

 授業終わってからだと、訊くことを忘れるかもしれないから、つい。


 ホント、怒られても仕方ないんだけどね。


 ちょいちょい、とその背中をつつく。


 すると……


 徹子、ぷるぷる震えてて。

 

 ヤバ……怒らせた?


 ちょっと焦ってしまう。

 親友だからって、一線はある。

 授業中の私語なんて、怒らせてしまうかも。


 どうしよう……謝るか?

 でも、それも私語だし……


 迷う。

 迷っていると


 ガタッ


 徹子がいきなり席を立った。


 ひぃ!

 徹子、ハイスペ女子で度胸もある子で、怒ると怖いの知ってるから。

 正直、ゾッとした。


「……徹子」


 思わず名前を呼んだ。

 謝らないと


「ごめ……」


 ダッ


 するといきなり徹子が、口を押えて教室を飛び出していった。


「あ、おい! 佛野!」


 先生が徹子の行動に戸惑い、呼び止めようとしたんだけど。

 徹子は無視した。


 無視して出て行った。


 ……あれ……?


 そこで、思うところがあった。

 私も、席を立つ。


「先生、すみませんが徹子を追いかけさせて下さい」


「……ん~しかし」


 先生、難色。

 そりゃそうだよね。


 しかし


「先生」


 真虎さんが手を挙げてくれて


「僕の家内が席を離れている間の授業内容は、僕が責任をもって教えますので」


 そう、フォローしてくれる。

 真虎さん……!


「……分かった。真神嫁、行きなさい」


 今は私も真虎さんも真神だから、名字呼びだと区別つかないので。

 私、真神嫁と呼ばれてる。


 ちなみに真虎さんは真神夫と。

 ……語感がちょっと悪い気がするんだけどね。

 でも、男女平等だしねぇ。


 ……旧姓使用してよ、って先生方は思ってるみたいだったけど。

 それはどうしても嫌なんだもの。結婚してないみたいで。だから、すみません。


「すみません!」


 私は許可が出たので、教室を飛び出す。

 フォローしてくれた夫を一瞥して、お礼を心で言いながら。




 無人の廊下。授業中だし、当然だ。


 ……どこに行ったのかな?

 私はキョロキョロと徹子の行方を捜す。


 すると


 おえええええ……


 なんか、嘔吐している声が聞こえた。

 小さく。


 直感で、徹子だと分かった。

 私は走り出す。

 声の方向に。




 声の元は、女子トイレだった。


 駆け込んでみると。


 トイレに向かって、ゲェゲェ吐いている徹子が居た。

 これは……


「……徹子」


 私は、その様子にさすがに察した。

 徹子は……


「……どうやら、とうとう命中しちゃったみたいだね」


 青い顔で、ジャーッと水を流しながら。

 徹子は私を振り返る。


 自分のおなかに手を当てながら。


「……旦那の子供、デキたみたいだ」


 薄く微笑みながら、そう、言って来た。




 確か、法律上ではこうなっている。

 18才未満は未成年で、未成年の間は、通常の結婚の「セックスの努力義務」を免除する。

 だから……


「徹子、拒めなかったの?」


 こう言った。

 徹子をお嫁さんにすることに成功した男性は、絶対したがるはずだし。

 それくらい、私だって分かるから。


 すると


「……あのね。怒るよ? ……これはアタシが頼んだんだ」


 あからさまに不機嫌になって、私は言われてしまう。

 私としては気遣いしたつもりだったんだけど、徹子にとっては自分の旦那さんを侮辱されたみたいに思えたみたいで。


「……ごめん。でもどうして?」


 詫びてから、訊き直す。


 すると


「……初産を早める必要があるな、って思ったから」


 ちょっと目を逸らして、そう、語り出した。


 内容は、こうだった。


 徹子の旦那さん……下村文人しもむらあやとさんは、元々前の社会では警察官僚になるはずの家の男性だそうで。

 今の社会でも、お父さんは政府の高級なお役人らしい。

 あと、先祖代々戦国時代が発祥の古武術の継承者でもあるという。

 旦那さんもその家の方針に抗う気が無いらしく。

 自分の時間のほとんどを勉強と稽古に充ててるらしい。


 ……詳細を聞いたのはこれがはじめてで。

 正直、ムチャでは? と思った。


 だって……


「……どっちか片方を達成するだけでも大変なのに、2つやれって、メチャクチャだよね」


 そう。

 私もそう思う。


 ……ということは


「それぞれ別の子供に継承させたら、負担が減るって、そういうこと?」


「そうだね」


 認められた。

 やっぱそうか。でも……


「それだったら、2人産めば済むことじゃ無いの? 成人してから妊活しても間に合うでしょ」


 そう言ったら、微笑みながら


「……2人続けて男の子ならそれでいいさ。確かに」


 んん?


「古武術は難しいかもしれないけど、お役人には女の子でもなれるでしょ?」


 そう、訊き返すと


「……アタシの娘が、14才で巨乳判定を受けなけりゃその通りだね」


 ……あ!

 その可能性を、考えてなかった。


 この国では、14才で選別がある。女子限定で。


 14才で巨乳と判定されてしまうと、その後18才まで一流の結婚ができる女性になるための英才教育を受ける運命が義務付けられる。

 そんな状態で、高級なお役人になるための勉強に打ち込むことが果たしてできるだろうか……?


 それも無理だ。確かに。


「……だから、アタシはどうしても2人男の子を産まないといけないんだよ」


 ……納得。

 大変だね、徹子も。


 旦那さんはかなり渋ったらしいけど。

 そんなことをしたら、徹子が大学に行けなくなるだろ、って。

 でも「自分の息子にワンオペを強いるのは嫌なんだ」っていう一点で。


 ……確かに、高校だけは巨乳認定証の効力で、妊娠を理由に退学にはならないけどさ。

 育児しながら大学受験なんて無理だよね。

 そこに思い至って、敢えて徹子に反対する徹子の旦那さん。


 ……素敵な男性なんだな。

 徹子が旦那さんを侮辱されたら怒り出すのも分かるというか。


 ……多分、高卒になるの決定づけられたって言ってもおかしくないのに。

 徹子、成績は結構良いのに……


 そんなの全て投げ捨てて、旦那さんの子供を今、身籠ることを選択した彼女。


 とても幸せそうに見えたのが、私にはとても印象的だった。

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