第54話 今日から私は

 そして……


「のぞみ、おはよー!」


「おはよー!」


 学校。朝の時間。

 私は、クラスメイト達に挨拶しながら、下駄箱で上履きのスリッパに履き替える。

 履き替えながら


 私は待った。


「高野さん、おはよー」


 ……これを。

 このときを。


「ちょっと待った」


 ……挨拶して来た男子。

 その子を、私は呼び止める。


 きょとん、としている。


 その子に向かって、私は左手薬指を示し。

 

「今日から、真神」


 昨日、入籍を果たした。

 ……だから今日から、私は違うんだな。


 これからは……真神のぞみなんだッッ!


 ……私の左手薬指の指輪。

 それが、私の既婚者の証ッッ!




 婚姻届に名前を書き。

 判子を押して。

 保証人欄に、互いの父親の名前を書いてもらって。

 書き上げる。


 そして巨乳認定証と一緒にお役所に提出したら、受理された。


 こうして、私の名前は高野のぞみから真神のぞみになり。

 法的に真虎さんの妻になった。


 で。


「記念品に、簡素ですが結婚指輪をプレゼントできますが、必要ですか?」


 お役所の、黒い制服に身を包んだ公務員のおじさんがそう言ってくれた。

 おお、と思う。


 昔の漫画では婚姻届の記念品って、植木とかそういうものと描かれていたのに。

 ずいぶん実用的なものに変わったんだなぁ。


「ペアリングですか?」


「ええ」


 ヨシッ!


 簡素でも、結婚指輪は欲しいし。

 こういうの、自分で稼いだお金で買わないと意味が無いと思うから。

 記念品でペアリングをタダで貰えるなら、それを利用したい。


「真虎さん、指輪は当分これでいいでしょ?」


 隣にいる夫にそう訊ねると


「……だね。まだお金を稼いでない僕らは、これが一番良いと思うよ」


 同意してくれた。


 ……早速、ふたりの指のサイズを測ってもらって、突貫工事でふたりの結婚指輪を仕上げて貰う。

 まあ、装飾の一切ない、面白味の無い、文字通りの指輪だったんだけど。


 それでも、嵌めたら結婚した実感が湧いて。

 とても幸せな気分になった。




「ま、真神……?」


 男子は驚いている。

 なんともいえない優越感。

 なんだか、すごく偉くなった気分……!


「そう、真神」


 堂々と言った。

 すると


「……まさか……あの真神と結婚したのか……?」


「そう! 私の夫は真虎さん!」


 胸を反り返らせて自慢げに言う。


 すると


「……うっ!」


 男子は突然、前かがみになり動かなくなった。


 ……?




 教室に入ると、クラスメイトがたくさんいて。

 その中に、真虎さんもいた。


「おはよう真虎さん」


「おはようのぞみ」


 そう、挨拶を交わす。


 ……結婚はしたものの。

 大学を出るまでは、同居は待つ。

 そういう話になった。あの日の顔合わせ。


 真虎さんは席に座っている。

 で。


 その左手薬指には、ちゃあんと指輪が嵌っていた。

 ……なんともいえない満足感がある。


 ああ……このひと、私の旦那さんなんだね……!


 これからの人生、辛いことがあったら相談しあって、楽しいことがあったら一緒に喜ぶ。

 なんて、素敵な関係なんだろう。


 そうして、ニコニコしながら一緒にいたら


「おはよう。のぞみ。あと、のぞみの旦那さん」


 徹子が登校してきた。

 そして、私の席の前に座る。


「おはよう徹子」


「……名字どうするの?」


 私の方に顔を向けながらの確認。

 旧姓使用をするのか? って話だね?


 それについては


「え? 変えるけど?」


「そか」


 徹子も無理強いしない。

 徹子は旧姓使用してるけど。

 それは徹子の考えだからね。


 私の考えは、一刻も早く名前を変えたい。

 これだから。


 別に旧姓が嫌いなんじゃない。

 相手の家族の一員になった証が欲しいだけ。


「ここからが大変だからね。頑張んなよ?」


「うん。分かってる」


 そう、親友の言葉を受け止めて、言葉を返す。

 そのとき。


「……のぞみ、とうとう結婚したの?」


 クラスの女子のひとりが私の指輪に気づいた。

 だから私は


「うん! そうだよ!」


 嬉しいから、笑顔で言う。

 その子は


「……誰と?」


 そう、言われたから


「真虎さん! 今の私は、真神のぞみだから!」


 そう、真虎さんの両肩に手を置いて、夫を紹介するように宣言する。


 すると……


「えっと……」


 その女子、信じられない、みたいな顔をして


 そっと、顔を寄せてきた。


 そして……


「のぞみって……ショタコンなの?」


 そんなことを言われてしまった。

 そ、そんな……!


 周りを見ると……


 女子は私を見てヒソヒソ言ってるし。

 男子は私を見て、前かがみになっている。


 ショタ……


 歩くR-18……


 おねショタ……いや、ショタおねかもしれない……


 ひ、酷い!

 私たち、真剣に愛し合ってるのに!

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