第56話 ウチはダメ

 その次の日、産婦人科に行って徹子の妊娠が確定したらしい。

 それで色々取って来たみたい。


 母子手帳とか。

 のぼりとか。


 次の日、学校に登校したときに。

 徹子の後姿を見つけたとき。


 それに気づいた。


 のぼり


 お役所で妊娠届を出すと、母子手帳と一緒に発行してもらえる。

 よく、新装開店の店に立ってるアレ。


 店に立ってるやつは「オープン記念セール」とか「開店記念」とか。

 そんな感じだけど。


 お役所で妊娠届を出したときに貰える幟は


『私は妊娠しています』


 って書いてある。

 徹子は背中にそんな幟を立てている。


「徹子! おはよう!」


 徹子は振り向く。


「おはようのぞみ」


 徹子はとても幸せそう。

 幟を見て、昨日のことの結果は分かってたから


「やっぱり出来てたんだね、旦那さんの子供」


「うん。確定後すぐ旦那に言ったら、とうとう僕も人の親か、だって」


 クスクス笑いながら。

 ……巨乳認定証もちの女子の間でしか交わせない会話。


「まだ性別分かんないんだよね?」


「当たり前じゃん」


 そんな会話をしつつ、教室に入る。


 教室のクラスメイトは、徹子の背中の幟に気づき


「まさか佛野さん……!」


「佛野、妊娠したのか!?」


「とうとう佛野が……」


 驚き、落胆、興奮……色々な反応。

 そういうのを全部無視して、徹子は自分の席に腰掛けた。


「ああ、そうだ」


 そして、しばらくしてから

 思い出したように徹子は皆にこう言った。


「アタシ、今日から下村だから」


 ……ああ、妊娠したらもう、別姓やめるのかぁ……




「……下村さんの妊娠にはびっくりしたよ」


 学校帰りに喫茶店に夫と入った。

 ちょっと、訊きたいことがあったから。


「そのことなんだけど……」


 ふたりでコーヒーを飲みながら。

 私たちは話し合う。


「……真虎さんは、子供欲しい?」


 そう、訊いてみた。

 こう訊くとどう答えるのか……


「……? この前、4人作ろうって決めたよね?」


 怪訝な顔をされてしまった。

 まずい。この女、数日前に話した内容も覚えて無いのか、と思われたかも……?


「いや、そうじゃなくて」


 慌てて、言い直す。


「今、子供を作りたいって思ってる?」


 ……これ。

 ぶっちゃけさ、真虎さん優秀だから。

 私が高卒になっても、問題なく養ってくれると思うんだけど。


 どうなんだろう……?


 そこ、気になって。


 そしたら


「そんなことしたら、のぞみが大学に行けなくなるね」


 即答。

 ……徹子の旦那さんと同じこと言うなぁ……


 教養高い男性はそうなるのかな?


 一応、訊いておこう


「……それじゃまずいの? どのみち、4人も子供産んで、まともに社会人やれる自信、私、無いけど?」


 ……お義母さんみたいに、5人も産んで兼業主婦するような強さ、多分私には無い。

 子供の手が掛からなくなったら、パートに出るみたいなことはするかもしれないけど、基本、真虎さんに養ってもらうことになると思うんだよね。

 申し訳ないけど。


 そしたら


「……のぞみさぁ、キミ、ひょっとして大学の意味って学歴だけだと思ってる?」


 ちょっと、残念そうな顔でそんなことを言われてしまった。

 ……わ!


 ちょっと失望されたのにショックを受けたのが顔に出てたのか、真虎さんはじっと私の顔を見て


「……いや、悪かった。今のは僕が悪い。……一般のひとは大学入学前にそこまで考えないよね。……ゴメン」


 ……謝罪された。

 うう……


 で、コーヒーを一口飲んで

 彼は言ってくれた。


「大学に行かないとね、本当の学問ってやれないんだよ。重要なのはそこなんだ」


 ……本当の学問?


 彼は続ける。


「例えば、数学を極めれば、地球に居ながらに宇宙の果ての予想が出来るし」


「科学を極めていくと、この世の設計図がどういう風になってるのかを知ることが出来る」


「古文や伝承を研究すれば、記録されていない古代について考えられる」


 そういう素晴らしいものなんだ。学問は。

 彼はそう言った。


 ……私の旦那さんって……

 私よりも4つも下なのに、考えてることのレベルが全然普通と違うなぁ……


 キチンと説明してくれたから分かったけど。

 こんなの、普通は考えないよ……


 うう……こんな男性のお嫁さん……

 相当頑張んないと務まらない……努力しよ


 コーヒーを私も一口。


「だから、そんな素晴らしい経験をのぞみがする機会を奪いたくないから、学生の間はダメだね」


 ……そっか。


 しっかり私のことを考えてくれてる。

 そこに彼の愛を感じたけど……


 彼を見つめる。


 ……大学卒業後だと、私22才……

 彼、18才……


 絶対、私より背が高くなってて、力も強くなってるよね……


 今は私より背が低くて、力も多分私の方が強いかもしれないのに……


 ……巨乳認定証所持者の特権、活用できないなぁ……

 今、この知的でカワイイ夫が、オスの本能に突き動かされて、私と……

 私は私で、跳ねのけようと思えばできるのに、大好きだからされるまんまで……

 そして私のおなかのなかに……


 えへへ……


 ……ハッ!?


 我に返った。


 今、私が考えたこと……これは犯罪者の思考!?

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