第45話 最初の共同作業

「高野センパイ……何なんです? その男は……?」


 マント姿の謎の人物……その人物は私のことを知っていた。


 誰……誰なの?


「……アンタ誰だよ?」


 真神くんがそう、言ってくれた。

 私が困惑と恐怖で動けなくなってることに気づいてくれたんだろう。


 すると……


「僕はセンパイの彼氏だ!」


 ……え?


 何を言ってるの?

 私の彼氏は真神くんだよ?


 理解できない……


 もしかしてストーカー……?


 私は思わず真神くんに寄り添った。

 真神くんは私を庇うように振舞ってくれる。


「……てめえ!」


 すると。

 マント姿は激高した。


「その女は俺が守るんだ! 彼氏ヅラすんじゃねえ!」


 続けて。

 マント姿は私に指を突き付けて発狂した。


「僕にチャンスすら与えてくれないんですかセンパイ!? 言いましたよね!? 鍛え直してもう一回告白しますから待っててくださいって!」


 え……?


 ここで、私は……


 あのとき、メールを読まないで消したことを思い出した。


 そう。

 あのとき。


 私が彼氏と思ってた男の子に、見捨てられたあの日のあのとき。


 まさか……?


 そのとき、マント姿はマントを脱ぎ捨てた。

 そこにいたのは……


「センパイに会うために地獄の底から這戻りました!!」


 別人と疑うレベルでビルドアップされた……私の元彼氏の山田くんだった。




 山田くんは普通の体格の少年だった。

 それが……


 山田くん、マントの下はトランクス1枚だった。

 肉体が丸見えだ。


 腹筋はバキバキに割れ、胸板は鎧のように分厚い。

 腕も太腿もぶっとくて、肉達磨になっていた。


 ……え?


 確か、私が山田くんを振ったのは、数カ月前だよね?

 数カ月で、ここまで肉体って変わるものなの……?


 そんなビルドアップされた肉体の上に、山田くんの顔が乗っている。

 元々の山田くんは、純粋そうな素朴な顔の男の子だったけど……


 今の山田くんは、変わってしまっていた。

 目が落ちくぼみ、ギョロついていた。

 頬もこけていた。

 ……病人みたいだった。

 身体は超肉体なのに。


「……どうですこの肉体は? これならセンパイをどんな危機からも守ることができます。誰よりもセンパイの彼氏……いや、夫に相応しいです」


 フフ……そう言って笑う山田くん。

 その瞳には、なんだか危ないもの……狂気の光を感じる。


「オーバーワークに、あの国から取り寄せたクスリを使ったドーピングにつぐドーピング……そして生まれたのがこの肉体です……素晴らしいでしょう?」


 ゾッとした……


 怖かったけど……私は言ったんだ。


「……そういう問題じゃ、無いんだよ」


「何がです……?」


 異常者の眼で私を見る。恐怖が倍増する。

 怖くてたまらない。


 だけど……


「1回でも見捨てられた思い出のある男の子を、自分の旦那さんに出来るわけないでしょ! また見捨てられたら私、ただの馬鹿な女じゃない!」


 何も間違ってないって断言できる。

 その言葉を聞いた途端


「昔のことをいちいち持ち出すのは年長者の態度ですかッッ!」


 唾を飛ばしながら怒鳴りつけてくる。

 泣きそうになる。


 でも……


「あなたにそれを言う資格無いッ!」


 恐怖に耐えながら言い返す。

 ここで引いたら、絶対だめだ。

 それだけは、肌で感じて理解していた。


 すると……


「……オマエいい加減にしろよ」


 真神くんが、一歩前に出たんだ。

 そのとき、小さく振り返って私を1回、見た。

 目が言っている気がした。


 僕がやられている間に逃げろ。

 そして警察に通報を頼む。


 そんな……!


「……テメエ……この間男が……!」


 狂気の目で、真神くんを睨みつけてくる山田くん。

 その目には粘つくような羨望と、嫉妬と、憎悪が溢れんばかりだ。


 ……ここで逃げたら、多分真神くん、殺される……!


 そんなの嫌! 私はこの人に死んでほしくない!


 そのとき……


『……この手段は、最終手段と捉えてください。安易に使っていい技ではないのです』


 私の頭の中に、講習で聞いた「婚活相手が悪質なストーカーになってしまった場合の対策」についての話が蘇ってきた。


 基本は警察に相談し、法によって身を守るのが筋。

 だけど……


 それがどうしても間に合わないときがある。


 そのときに、他に適当な手段が選べないときに選ぶ手段……


 こんな形、違うと思う。

 思うけど……


 私は、意を決した。


「真神くん!」


 そう呼び掛ける。

 真神くんは振り返らない。

 きっと、私を守ることでいっぱいなんだろう。


 ……真神くん。


 それに胸を締め付けられるような気持ちを覚えつつ、私は……


 真神くんの身体を掴み、力任せに無理矢理にこちらを向かせて……

 跪いて、驚く真神くんの唇に自分の唇を合わせた。


 そして……


 真神くんの右手を掴み、その掌を無理矢理に、自分の胸に押し付けた!




「な、な、な……」


 山田くんは狼狽えて、数歩たじろいた。


 よし、効いてる……!


 すでに私が誰のパートナーになってるのかを見せつけることで、わからせる……!

 これが最終手段「わからせ」……!


 乱用すると公然わいせつをとられてしまう諸刃の剣……


 真神くんが驚いているのと、ドキドキしているのが伝わってきた。

 私とちゅーをして、胸を触ったことで平常心が保てなくなったんだ。


 ……真神くん。

 愛おしさが高まって来る。


 そして


 私は、これで解決すると思っていた。


 でも……

 甘かった。


「この……ガキィィィィ!!」


 激高して山田くんがバーサクした!

 私の血が凍った。


 どうしよう……!


 焦った。どうしよう……


 もう、こうなったら……でも……


 そのとき


 にゅる、と

 私の唇を割って、真神くんの舌が私の口の中に入り込んで来た。

 私は、驚いた。


 でも……


 真神くんの覚悟と、何をしようとしているのかを悟った私は。

 真神くんの舌に応え、その舌に自分の舌を合わせる。


 ピチャ……ピチャ……


 同時に、優しくモミモミ、ともしてくれる。


「ひ……」


 山田くんの動きが止まっている。

 認めたくないのか……


 でも、これが現実なんだよ……


 このキッスで悟ったもの。私。


 この人が、この男性が私の旦那さんなんだって。


 だって……私の子宮が疼いているもの!


 そしてしばらく口づけを交わし続けた後。

 唇を離して。


 その唾液の糸が繋がる唇をそのままに。

 山田くんの方を向き。


 お互い、生涯の相手に出会えた興奮に上気した顔で。

 笑顔を浮かべ、ピースサインをして


 声を合わせて、こう……力強く言ったんだ。


「イエーイ! 元彼氏クン、見てるー?」


 その、瞬間だった。

 絶望した顔の山田君が


「アアアアアアアアアア!!」


 叫びとともに、その頭が


 パンッ!


 という音と共に吹っ飛んだんだ。

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