第40話 文化祭1日目

 お化け屋敷をやる場合は本当に何にもしなくていい。

 こんなんでいいのかと思うけど、決めてしまったものはしょうがない。

 ウチの場合は、壁も暗幕使うので、段ボールを取りに行くようなこともなく。

 本当に、何もやることが無かった。


 そして、文化祭当日の土日がやってきた。


 1日目は、お客が全く来ないお化け屋敷のスタッフの役をして。

 暇をして過ごした。


 あんまりにも暇なので、文庫本を読む。

 古本屋で買ってきた、昔の本だ。


 内容は、所謂サイコホラー。

 サイコパスの高校教師が、自分の犯罪を隠すためトマホークで担当生徒を殴り殺していくサスペンス。

 アパッチの経典。


 ……これ、かなり売れたらしいんだけど。

 こんなのが売れたってことは、やっぱり昔の世界って平和がずっと続いてたんだよね。

 平和じゃなかったらこんなの売れないよ。きっと。


 ふと気づくと、隣で真神くんも本を読んでいた。

 何を読んでいるのかなと思う。


 なので、ちょっと覗いた。


 文面を見ても、良く分からない。

 あまり平たい文章では書かれていない気がする。


 だから、訊いた。


「真神くん、何を読んでるの?」


 するとすぐに教えてくれた。


「旧約聖書」


 ……なんですと?


 思わず、訊き返してしまった。


「真神くん、キリスト教徒か何か?」


 ……この国ではそっち関係の宗教、イメージ超悪いんだよね。

 まあ、理由がほぼ貰い事故みたいなもんなんだけどさ。


 あの国のカルト宗教のひとつが、キリスト教によく似てるから。そのせい。

 キリスト教は何も悪くないのに、そのせいでイメージ悪い。


 だから信仰するなー、までは言われないけど。

 信者だと知られると、かなりイメージ悪くなる。

 気の毒な話なんだけどね。


 けれど真神くんは


「え? 違うけど?」


 普通に仏教徒で神道の氏子だよ?

 そう、答えてきた。


 ……じゃあ、何で?


「白人に遭遇したときに思考パターン知っとかないとまずいでしょ」


 えっと……


「白人、この国に殆どいないよね? ていうか、見たこと無いよね?」


「うん。そうだね。僕も見たことない」


 ……じゃあ、何で?


 すると、私の顔で察したのか


「……将来も遭遇しないとは限らないよね。世界史で習ったでしょ? ……かつては世界制覇した人種なんだよ。彼らは」


 これさ、ウチの母さんの実家の方針なんだけど、読んでおけって言われてるの。

 白人を敵に回したときに備えて、彼らの聖典は読んでおけ、って。


 ……なるほど。

 なんというか、上流階級って大変なんだね……。


 と、感心すると同時に。


「それ、自分の子供にも継がせる気?」


 私は湧いた疑問を口にして


「うん。そのつもりだけど?」


 そしてそう、答えられる。


 マジか……

 でも、代々そういうことをしてる人間がいないと、いざ再び白人に出会ったときに、相手のことが分かる人間がいなくなるからね。

 重要なのかも……


 なんてことを考え込んでしまった。

 多分、真神くんの子なら、普通に聖書も読みこなしそうだし。


 私も……こういうの読んでたらダメなのかなぁ……?


 そう思いながら、さっきまで読んでいた文庫本を見つめた。

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