第29話 伊勢の海にて

 伊勢のビーチにやってきた。

 人が山のように居る。


「うみだー!」


 赤いビキニ姿の私。フリルがついたやつ。


 私は叫ぶ。

 そんな私の後ろには


「久々に来たけど綺麗な海だよね」


「工場排水の浄化がね、昔と違うんだ」


 ラインの入った青いワンピース水着の徹子と、その隣に立つ黒いサーフパンツ水着姿の背の高い男子。

 この人を見せられたとき、このレベルの人がお見合いパーティにいるのか、と思ってしまった。


 目つき、猛禽類みたいに鋭い感じの美男子だった。

 そんで、徹子も言ってたけど、剣道部の主将だったっけ?

 身体もちゃあんと鍛えている。


 ……で、自己鍛錬と勉強しかせず、遊ばない人とかありえない話を聞いた覚えあるんだけど。

 この人、何が楽しくて生きてるんだろうか?


 ……自発的に家族のための奴隷になる系男子……。

 この人を参考にすると、だめなんじゃないだろうか……?


 ……講習会で言っていた。

 昔は、婚活でありえないレベルの男性を理想にして条件を出し、その条件を下げない。

 結果、そんなものいるわけないから相手が見つからず、婚期を逃す。


 あれはそれの呼び水……!


 妥協というか、現実を見なければいけないのに、見てはいけない夢を突き付けてくる……!


 徹子は彼と一緒にいるのが幸せなのか

 ビーチの端にレジャーシート敷いて、一緒に座って笑顔で話をしていた。

 一体どんな話をしているんだろう……?


 ちょっと気になったので、傍にそっと近づいて、聞き耳を立てた。


「殷王朝は生贄文化あったんだよね?」


「ん~その辺は話すと長くなるんだよな」


 ……海に来てこの人たちは一体何の話をしてるんだろうか?


 う~ん。

 よくよく考えると徹子もありえない女子ではあるわけだし。

 これはこれでお似合いなのかも……?




 そう思うと同時に。

 ある意味出オチじゃない?


 ……そっとしておこう。


 私は親友とその旦那をふたりきりにして、その場をそっと離れた。


「うーん……一気に暇になってしまった……!」


 1人で浜辺を歩いていた。

 人はいっぱいいるんだけど……ここにいる男性ってどうなんだろうか?

 結婚相手を探すのに、ここで動くのはアリ……?


 しばらく少し考えて……


 私は肩を竦めて両手を広げた。


 ……いや、ないでしょ。

 ここじゃ相手の人格がわかんないじゃん。


 うーん、でも……

 折角伊勢まで来て、親友の旦那を一目拝んで戦慄するだけだと。

 あまりにも今日という日の効率が悪い気がする……。


 いや、別に徹子に文句言ってるわけじゃないけどさ。


 なんて、考えながらトボトボ歩いていると


「ヒャッハー!」


 ……海パンのモヒカンの男たちがビーチを走っている。


 あ、あれは絶対あの国の人だ……!


 逃げないと。


 くるりと回れ右をして私は走り出した。

 ……いや別に、あの国の人だって、ここで犯罪犯したら逮捕されるの知ってるだろうし。

 近づいたら襲われるってわけじゃないと思うんだけど。


 モヒカンをやめて欲しい。

 入国チェックに「モヒカンでないこと」を条件に加えて欲しいな。

 怖い。


 しばらく走って、息が上がって来たので私は立ち止まり、荒くなった息を整えるため膝に手を当て前屈みになる。


 そしてハァハァ言ってたら。


「キミ、1人?」


 いきなり声を掛けられた。


 顔を上げると、青、黄色、赤のサーフパンツ姿のチャラい感じの男性がそこに居て。


「俺たち、ちょっとそこの岩陰で乱パしてるんだけど、君、来ない?」


 にこやかに。


 私は凍り付いてしまった。

 どうしよう……!


 乱パに誘われるなんて……!


 ……乱パ……乱交パーティ!


 複数の男女が無差別にエッチする宴!


 思えば、講習会でも口を酸っぱくして言われたよ。

 講師の人に。


『いいですか? ひと夏の思い出で、軽い気持ちで乱交パーティに参加してしまう若い人がいるようですが、例え1回でもそんなものに参加したら、その時点でその後一生潔癖な男性からの愛を無くすと考えておきなさい!』


 だから、そんなものに参加するわけにはいかないんだけど。

 それに私自身も嫌だし。


 でも、こんな複数の男の人に囲まれたら、言えないよ……!

 

「キミ、本当に可愛いね」


「おっぱいも大きいからきっと皆喜ぶよ」


 にこやかな感じで、私を乱パに誘おうとする男の人たち。

 ホントどうしよう……?


 嫌だって言ったらこの人たち怒るかな……?


「さぁ、ゴムだってこっちで用意するからさ……」


 そう言われて、私は手を取られて引っ張られ……


 ……ようとしたその瞬間。


「あ、その人は巨乳認定証もちの女性なんで、やめてあげてくれますか?」


 別の方向から声が掛かった。


 聞き覚えのある声。


 私は振り向いて、思わず


「真神くん……!」


 彼の名を呼んでしまった。

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