第20話 僕は上級国民だから

「よくやった!」


 男たちが去った後。

 ズタボロの真神くんの頭をワシャワシャ撫でる佐上くん。


「ああもう、兄ちゃんいいよそんなのは」


 うっとおしそうな真神くん。

 怪我だらけ、そしてそのうち痣だらけになる、そんな感じなんだけど。


「……ここに逃げ込んだのはわざとだろ?」


「あったり前だろ? ……ああいう下級国民のドアホは、常に自分より下の知能の人間を求めてる。目の前でムカつくことをした奴が、明らかにドツボに嵌ろうとしてるのを装えば、そっちに食いつくもんなんだよ」


 奴ら、三歩歩いたら数秒前のことを忘れるからな。

 そのくせ、プライドだけはやたら高い。死ねって感じ。


 そこまで言って、真神くんは悪い笑顔をした。


 ……顔は可愛いんだけど、そういう笑顔をするのはどうなんだろうか?


 でも……

 今の会話で真神くんの考えていたことを理解した。

 あの男たちの前で、私より腹の立つ存在を演出し、そのまま逃げることにより、私をあの男たちから引き離す。

 そのためだけに、やってくれたんだ。


 ……じぃん、とした。


「そういうところを褒めてんだ。……追い詰められたら対処法無いの分かっててやった、ってところをな」


「これしかなかったんだからしょうがないし」


 言って、頭を掻く真神くん。


 ボヤキ声で「あーあ。僕も兄ちゃんレベルで強ければなぁ」って言いながら。

 立ち上がろうとする。


 あっ!


 ボロボロだから手を貸そうと思って近づくんだけど。

 彼は


「ああ、いいから。それより何もされなかった? のぞみ姉ちゃん」


 私を手で制し、そう、訊いてきた。


 私は


「……うん。間一髪。助かったよ。ありがとう……」


「礼はいいよ。見過ごせなかっただけだから」


 へへ、と笑って


 ……ホント、ボロボロ。


「ねえホント、大丈夫なの? お医者さんに行かなくて大丈夫?」


 心配になったので、そう訊いたら


「……僕はね、所謂上級国民なんだよ。そういう階級は、特別な医療があって、この程度の傷は一瞬で治るから」


 そんなことを言われた。


 そんなバカな。


 なんかムチャクチャな強がり。


 まあ、そんな強がりが出るってことは、見た目ほどは酷くないのかもしれないね。


 ……あとは


「……佐上くん、真神くんと兄弟なの?」


 これ。

 すごい違和感。


 なんで兄弟なのに名字違うの?


 ……義兄弟?

 それとも従兄弟?


 そしたら


「ああ僕、幼少期に戸籍上母方の祖父母の養子になってんの。だから、正真正銘僕は兄ちゃんの弟」


 傷の痛みがあるはずなのに、腕を組んで堂々と。

 彼は私に説明した。


 ……これは……

 ちょっと、彼が佐上くんの弟だってこと、納得できる仕草だな。


 常に強い存在であろう、っていう意識が透けて見える気がする。


 そんな彼を見ていたら。

 ふと


 頼もしい……


 と、思ってしまった。

 気の迷いかもしれない。


 でも……


 さっき、自分で素敵だと思っていた男の子に、見捨てられて逃げられたから。

 反対に、私が逃げる時間稼ぎに、自分から囮を引き受けてくれた彼に、こみ上げるものがあった。


 だから思わず


「助けてくれてありがとう」


 ……そう言って


 彼の小柄な身体をギュッと抱きしめて

 その頬にキッスをした。


 彼の頬に唇が触れた瞬間。

 彼の身体が硬直した。


 ……ほんの少しだけ、可愛いと思ってしまった。

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