第19話 あの人の弟

 ……しばらく、放心状態だった。


 そして、ハッとした。


 どうしよう……!


 頭を抱える。

 真神くん、あんなの相手にできるわけないじゃん!


 あの子どうみても小学生か中1だよ?

 そんな子が、あんな男たち数人に勝てるはずない!


 絶対に捕まって、ボコボコにされる!

 あの人たち、そんな手加減するわけないし!


 ホントどうしよう……!


 警察に連絡入れても、駆けつけてくるまでにだいぶ時間かかるだろうし……!


 そもそも


 私もとっとと逃げれば良かったんだ!


 それなのに、怖さで足が竦んで、逃げられなくなった!

 何て馬鹿なんだろう……!


 そのせいで真神くんは……!


 ああ!


 もう、とりあえず警察に連絡を……!


 この期に及んでまだ時間の浪費を続ける自分に、私は深く憤って。


 涙も拭かず、絶望的な気分でスマホの番号入力をタップ……


 しようとしたとき。


 ……!


 なんと、ゲームセンターのドアが開いて、中から良く知った男性が飛び出して来た。

 背の高い冷静そうな男性……


 ……佐上くんだった。




「佐上くん!」


「ああ、高野さん」


 彼はキョロキョロとしていて。

 私に向き直り、言った。


「なぁ、高野さん。半ズボン姿でジャンパー着た小さい子供を見なかったか? 一応中1なんだけどさ」


 その特徴ですぐに思い出す。

 確か……


「こっち!」


 私は駆け出した。


 真神くんが逃げた先は私は覚えていた。

 この先の脇道。

 そして……


「……たった一言言えばいいんだよ……ごめんなさい、ってなぁ?」


「何が下級国民だぁ!? 調子コキやがって! 思い知らせてやる!」


「散々馬鹿にしてくれたけどよぉ……袋小路に逃げたのはウケたぜ? アホはテメェだ!」


 ドス、ドカ、バキ。


 3人の男たちが、自分よりはるかに弱いはずの少年を甚振っている。

 袋叩きだ。


 足蹴にし、踏みつけている。


 されている少年は、亀のように身を縮こまらせて耐えていた。


 酷い……!


 私は口を押えた。

 すると


「……てめえら何やってんだ!?」


 ……隣の佐上くんが、怒号を上げたんだ。

 さっきの男たちの数倍迫力ある感じの。


 そしてこう言った。


「そいつは俺の弟なんだが……? そいつを殴るってことは、俺にブチのめされても文句言えないってことだぞ?」


 ……完全に怒っていた。

 こんな佐上くんは見たことが無かった。


 男たちは、一瞬顔を引きつらせたけど。


 こっちは3人いる、という安心感からか。


「引っ込んでろ!」


「お前もボコにすんぞ!?」


「死にたいのかてめえも!」


 そう、怒鳴りつけてくる。


 すると……


 佐上くんの目が、スッと細くなって


「……とりあえず、緊急避難は許されるかな。この場合」


 そこからは速かった。


 一瞬で踏み込んで、一番近くに居た男の1人に、パンチ……突きって言うんだっけ? をしたんだ。

 多分これ、中段の突きだよね?


 すると


 その男の1人が、身体をくの字に折り、崩れ落ちた。

 少し後ろに吹っ飛んだ後に。


 佐上くんは……


「父さんから習った技をここで使うのは気が引けるけど……鎧通しだ。珍しい技だ。喜べ」


 そう、冷静な声で言ってのける。


 残った2人は何が起こったのか分からなくて


 破れかぶれか


 パキン、と。

 折り畳みナイフを出した。

 2人ともだ。


 ……え?


 は、刃物?

 こんなところで?


 何で?


 理解できないのと、恐怖でまた私は動けなくなる。


 すると佐上くんは……


 うんざりしたような顔になって


 こう言った。


「あのなぁ」


 判例って知ってるか?

 昔のじゃ無いぞ?

 今の判例。


 そう言ったんだ。


「判例?」


 オウム返し。

 そんな男たちに


 呆れた顔になり、佐上くんは言ったんだ。


「俺はさ、法律家を目指してるのな。それで今の世の中の判例を読みまくってるんだけど」


 昔と違い、過剰防衛の適用範囲が狭くなってるんだよね。

 なんでだと思う?


 平たく言うと正当防衛の適用範囲が広くなってるの。

 何故かな?


「……」


 男たちは答えない。


 すると、溜息をついて、彼は言った。


「……無法状態の時代を挟んだからだよ。その時代は、相手が自分に対する殺意を示したら、必ず殺さないと、いつか自分が殺されるか、家族に危険が及んだので」


 一度殺意を明確に示したヤツは、例え降伏したとしても殺していいってことになってるの。

 そうしないと、再発足した直後の社会じゃ、うっかり過剰防衛が頻発して社会が混乱するだろう、という配慮だな。


 で、どういうわけか未だに再修正されていない。

 この司法判断。


「これがどういう意味か分かるか?」


 ……男たちは答えない。


 なので


 佐上くんは正解を言ったんだ。


「今、この瞬間、お前らは俺に殺されても一切文句を言えない状況なの。例え警察に助けを求めても無駄。そこのところ、分かってるか?」


 瞬間。

 意味を理解した男たちは


「すみませんでした~ッ!」


 呆れるほど情けない声をあげて、倒れた仲間も助けずに逃げて行った。

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