第45話「特異点『操縦者(マニピュレーター)』と戦う(3)」

 ──数分前──




『通信妨害をしていたスライムのコアが大量にあります。属性は「接続」「魔力伝達」です』


 魔術具を通して、桐瀬柳也きりせりゅうやはレーナに説明してくれた。


『このコアを放置自動車に付与します。そうすれば魔力で動く、接続能力を持つ放置自動車になります。異世界転移者が作った、魔術的に強化された武器になるんです』


 魔界のものに、通常の武器は通じない。

 通じるのは異能者の術や、魔術的に強化された武器だけ。


 魔術師アポロスカは『自分にはこの世界のものは通じない』と言った。

 それが本当かどうかはわからない。

 けれど、奴のゴーレムには蛍火ほたるびの魔術も、八重垣織姫やえがきおりひめの術も効いている。

 ならば、魔術的に強化された放置自動車も通じるはず。


 ──それが、柳也の主張だった。


『放置自動車に「接続」の属性を付与すれば、外部から動かせるようになります。車のコントロールは「付喪神つくもがみくまさん」にお願いします。この子たちも魔術師アポロスカに怒ってますから、喜んで協力してくれるそうです』

『『『もふもふ! もふもふ!』』』

『「付喪神くまさん」が操作する自動車を、魔術的な武器として、魔術師アポロスカにぶつけます』


 柳也は説明を続ける。


『マスターと八重垣織姫には、できるだけ派手な術を使ってくれるように伝えてください。魔術師アポロスカの注意を、俺とくまさんかららして欲しいんです』

『承知しました。ですが……ひとつだけ確認させてください』


 レーナはたずねた。


『桐瀬さま。あなたはどうして、そこまでしてくださるのですか?』


 桐瀬柳也きりせりゅうやにとって『魔界攻略』はアルバイトだ。

 彼の目的は生活費を得ることと、進学の費用を稼ぎ出すことだと聞いている。

 世界最強の異能者と戦うなんて契約外だ。

 彼がここで逃げ出したとしても、レーナは文句を言えない。


 なのに、彼は自分の意思で、魔術師アポロスカと戦おうとしている。

 その理由を知りたいのだった。


『ムカつくからです』


 柳也の答えはシンプルだった。


『ほら、俺って、異世界人の都合で異世界に召喚しょうかんされたじゃないですか。俺の意思を無視して、異世界の連中の都合で。それって、無茶苦茶ムカつきますよね。あの魔術師は、それと同じことを、俺のバイトの先輩や町の人たちにしたんですよね?』

『は、はぁ』

『そういう身勝手な人間が偉そうにしてるのを見てると、頭にくるんです』


 そう言って、柳也は深呼吸した。


『久しぶりに……本気で頭にきました。たぶん、俺はあの魔術師に、八つ当たりをしたいんだと思います』

『八つ当たりを』

『はい。異世界に召喚された腹いせに、似たようなことをした魔術師をボコボコにしたいんです。異世界召喚のストレス発散みたいなものですね』


 ──違うと思う。

 なんとなくだけれど、レーナにはわかる。

 桐瀬柳也を動かしているのは、純粋な正義感だ。


 彼はバイトの先輩を見つけたとき、安心したようなため息をついていた。

『よかった……本当によかった』とつぶやく言葉を、レーナは聞いている。


 彼は知人や友人を、心から大切に思っている。

 その大切な人たちを利用した魔術師を、彼は許せないのだろう。

 その感情を表に出せないのは……彼が7年間、異世界にいたからだ。


 柳也の肉体年齢は18歳だが、精神年齢は25歳だ。

 その7年の間、彼は異世界にいた。人間と邪竜族との、泥沼の種族間戦争が行われている世界に。生きるか死ぬかの戦いの前では、個人的な感情は意味を失う。戦とはそういうものだ。


 レーナも魔術師のはしくれだ。

 魔術師同士の争いの歴史も知っている。

 大規模な戦が、人の精神をすりつぶしてしまうことも。


 だから、わかる。

 異世界での経験が柳也を、感情を出せない人間にしてしまったのだろう。

 彼が年相応の少年だったら、自分がしようとしていることを理解できていたはずだ。彼のような存在を、なんと呼ぶのかを。


 人々を守るために、戦う必要もない強敵に立ち向かう──そういう人間を『正義の味方』と呼ぶのだということを。

 本人──桐瀬柳也──ブラッド=トキシンだけが、それをわかっていないのだ。


『わたくしも桐瀬さまを召喚した者には、文句を言ってやりたいですね』


 内面も18歳の彼に出会っていたら、レーナはどうしていただろう。

 自分と同い年で、正義感の強い、桐瀬柳也という少年に。

 たとえば、レーナが魔術師ではなく、普通の学生として。ふたりとも当たり前に出会っていたなら……それはきっと、うれしい出会いだったはずで──


『──なにか言いましたか? レーナさん』

『い、いえ、なんでもありません!』


 レーナは慌てて頭を振る。


『作戦は理解しました。全力でサポートします! 後ろはお任せください。桐瀬柳也さま!!』







 ──現在 (柳也視点)──




「『付喪神つくもがみくまさん』部隊。突撃!!」

『『『もふもふもふ────っ!!』』』


『付喪神くまさん』を乗せた車が突進していく。

 10年間放置されていた車だ。劣化れっかもしてるし、駆動系くどうけいにもガタが来てる。

 それでもかなりの速度で走れているのは、俺が与えた『スライムのコア』のおかげだ。コアの魔力が、放置自動車を『魔術的に強化した武器』にしているんだ。


 放置自動車たちが向かう先にいるのは『巨大ゴーレム』。

 奴の足下めがけて、武器となった自動車たちが突っ込んでいく。



『ふ、ふはは! このようなもの──』



『巨大ゴーレム』が足を動かして、『強化自動車』を避けた。


『避けてしまえばどうということも……おおおおおっ!?』

『『『もふもふもふ──っ!』』』


 甘い。

『強化自動車』を動かしているのは、屋根に乗った『付喪神つくもがみくまさん』だ。

『スライムのコア』が持つ『接続』の力によって、車とくまさんは一体化してる。

 車とくまさんは、二人一組の付喪神つくもがみになっているんだ。


『強化自動車』は『付喪神くまさん』の身体だ。思った通りに動かせる。

 いくらゴーレムが避けようと、車はいつまでも追跡ホーミングしていく。



『こ、この。うっとうしい! これになんの意味……が、ががっ!?』



 どぉん!!



 車が、奴の足に激突した。

『巨大ゴーレム』の右足が砕け、吹っ飛ぶ。


『強化自動車』は質量兵器だ。

 重さ数百キロの物体が全速力で激突したら、その衝撃しょうげきはかなりのものだ。しかも『強化自動車』は魔術的に強化されている。いわば、動く魔術的な武器でもある。

 魔術と、魔術で強化された武器は、魔界のものに通じる。

 それはこの世界のルールだ。


「────ぐぉっ!? この……いいかげんに……!?」


 どぉん、どぉん、どごんっ!!


 だから、次々に『強化自動車』は、魔術師アポロスカのゴーレムに激突していく。

 ゴーレムの身体を削り、砕いていく。


 魔術で強化された、敵をどこまでも追尾する質量兵器。

 それが『付喪神くまさん プラス 強化放置自動車』軍団だ。


「これが、トキさんの作戦……」


 蛍火が感心したようにつぶやいてる。


「いくら魔術が効きにくくても、あれだけの質量をぶつけられたらダメージは通ります。そのために放置自動車を強化するなんて……」

「でも『付喪神くまさん』たちはどうなるの!? ぶつかったら死んじゃうよ!?」

「大丈夫ですよ。織姫さま」



『もふもふ──っ』



 脱出した『付喪神くまさん』が、ふたりに向かって手を振る。

 あの子たちには、敵に激突する前に逃げるように言ってある。

 使い捨てにはしない。

 蛍火も、みのり先輩も『くまさん可愛い』『欲しい!』って言ってたからな。あとでコアを取り除いた上で、プレゼントしよう。希望者が多かったら抽選ちゅうせんで。



『もふもふもふもふ!』

『もふもふ、もふもふ!』

『もふ────っ!!』



 どごん。どぉん。ずどどどどどど────っ!!



 やがて、両足を砕かれた『巨大ゴーレム』が動きを止める。そこに『強化自動車』が殺到さっとうする。巨体が倒れる。その胴体に『強化自動車』が激突して、右半身を吹き飛ばす。


『こんな……こんなばかな! 不死を探求する我が……こんなものに!?』

「『魔術災害』は終わったのです。いつまでも変な実験を続けないでください!!」


 蛍火が撃ち出す岩塊が、ゴーレムの首に炸裂さくれつする。

 彼女の魔術は止まらない。

 演算能力を持つ『魔導杖アウローラ』の力で、寸分違わぬ同じ位置に岩塊の魔術ストーンブリッドを当て続ける。


 それを援護えんごするのは、八重垣織姫の『炎雀えんじゃく』だ。

 空中で群れを成す炎の鳥が、ダリウス=アポロスカの視界をさえぎっている。

 蛍火の位置と魔術の軌道きどうを読ませないようにしている。

 だから、蛍火の魔術はすべて命中する。ダリウス=アポロスカの『巨大ゴーレム』をたたき伏せていく。


 奴がそれを避けるのは不可能だ。

 地上には大量の『強化自動車』が走り回っている。次々にゴーレムに激突し、その身体を削り取っていく。すでにゴーレムは身動きひとつできはしない。



『な、なぜだ。なぜ我がこんなことに!? が、がぁっ! や、やめ。やめろ。やめろおおおおお!!』



 がごん。



『巨大ゴーレム』の首が折れる。

 結晶体のはまった頭が、地面に落ちる。


 結晶体から、魔術師アポロスカの身体が飛び出す。

 ゴーストの半透明の身体が。



「────ふはは! 今の時代の異能者も、やるではないか!!」



 ゴーレムから飛び出した魔術師アポロスカが、空中へと逃げる。


「いずれまた相まみえることもあろう! その時は──」

「いや、もう、会うことは、ない!」

「────ひっ!?」


 魔術師アポロスカが、俺を見た。

 奴の頭上でナイフを振り上げている、ブラッド=トキシンの姿を。


 さっきも奴は、空中に逃げた。

 飛べるゴーストにとっては、高い場所が安全地帯だからだ。


 なので俺は先読みして、空中にジャンプしておいた。

 蛍火の風の魔術の力を借りて、奴が気づかないくらいの高さまで。


「間合いに入った。もう、外さない」

「ひ、ひいいいいいっ!?」

「ちなみに、これが異世界のナイフだ。これが作り出された世界に、心当たりは、あるか?」

「な、なんだそれは? く、来るな! や、やめ。やめやめやめろおおおおっ!!」

「──知らないのか、じゃあ、いい」


 俺は『異世界エルサゥア』のお邪魔ナイフを振り上げる。


「エルサゥア護身術、『竜墜撃りゅうついげき』」



 ごすっ。



 俺のナイフが、魔術師アポロスカの顔面に食い込んだ。


「ぎぃやああああああああっ!!」


 ゴーストの魔術師が、落ちて行く。

 巨大ゴーレムの身体に激突して、転がる。

 それでもまだ死なない。というか、こいつはもう死んでるんだっけ。


「よいしょ」


 俺は魔術師アポロスカの隣に着地した。


「マスター。こいつ、どうする?」

「ダリウス=アポロスカは、すでに魔物化していると思われます」


 蛍火から答えが返ってくる。


「ずっと魔界にいたのです。すでに人間性も失われているはずです」

「どうやって確認、する?」

「魔物には必ずコアがあります。ゴーレムの頭部にある結晶体を鑑定かんていしてみてください。それがコアなら、ゴーストはただのおまけです。引きがして、コアだけ回収できるはずです」

「イーザン」

「や、やめろ、やめろ。我には世界を変えるという使命があるのだ!!」


 魔術師アポロスカは、叫んだ。


「世界はまだ不完全だ。人には、人という枷がかかっている。それを外して世界を変革して──」

「あー、だからあんたは、おかしくなったのか」

「…………なんだと」

「個人が、世界なんて背負えるはずがないだろ」


 俺は異世界で正気を保っていられたのは、アイテム管理係だったからだ。

 世界を救う勇者をやれって言われたら、たぶん、プレッシャーでおかしくなっていただろう。


 異世界で武器に『異世界人属性ターガラィ』を付与していたときも、俺は世界のことなんか考えてなかった。

 そんなの、俺の知ったことじゃなかった。


 俺はただ、元の世界に帰りたかっただけだ。

 それに、異世界で知り合いになった人間にも、死んで欲しくなかった。

 自分が死ぬのも嫌だし、知っている人が死ぬのも嫌だった。


 だから考えていたのは、目の前の武器を強化することだけ。

 世界もなにも関係ない。

 俺がしていたのは、ただ、生き残るための単純作業だ。


 そうじゃなかったら、俺はとっくにおかしくなってたと思う。

 実際のところ、プレッシャーで潰れて、いなくなった・・・・・・王様・・もいたからな。世界の運命なんか、個人が背負えるわけがないんだ。


 蛍火だってそうだ。

 彼女はいつも視聴者のことと、目の前の人を救うことを考えてる。


 だから蛍火は、俺と初めて会ったとき、異世界召喚の話を聞いてくれたんだろう。

 彼女は世界なんかよりも、目の前の人間を見ている人だから。

 そんな蛍火だから、俺は一緒にいられるんだ。 


 でも、こいつは、世界とか人とかの変革を……本気で考えてるらしい。

 そりゃおかしくもなるよな。

 だからこいつはゴーストになっても誘拐ゆうかいとかしてるわけだし。


「人は世界の運命なんか、背負えない。無理に背負おうとしたから、あんたは、壊れた。違うか?」

「な、なにを言っている。使い魔ふぜいが!!」

「……まぁいいや。あんたはゴーストだ。もう死んでるなら、いい加減に、眠れ」

「やめろ、やめろ。やめろおおおおおっ!!」


 ゴーストが手を伸ばしてくる。

 俺は『異世界エルサゥアのお邪魔ナイフ』で、それを切り払う。

 そしてゴーレムの頭部の結晶体に近づき、『鑑定かんてい』スキルを起動する。


 表示された結果は──


────────


 魔物『ダリ■■=アポロ■■』のコア。

 能力:霊体作成。魔術■■。■理防御。魔■耐性。思念残留。

 レアリティ:SS。


────────


 うん。間違いなくこいつは、魔物だ。

 人間としてのダリウス=アポロスカは消えて、コアを持つ魔物になったってことか。

 だったら、これを回収すればいいな。

 そういえば、コアからゴーストに向かってへその緒のようなものが出てる。これを切ってみよう。


「なんだ。なんなのだその力は。貴様は一体何者なのだ──っ!?」

「俺は、ブラッド=トキシン。梨亜=蛍火=ノーザンライトの、使い魔」

「使い魔にそんな力があるものか!!」


 魔術師アポロスカが、半透明の目を見開く。


「もしや……貴様は…………『魔神ダイモーン』か?」

「はぁ?」

「『特異点』のひとり『未来視デスティニー』が予言した、9人目の『特異点』!! それが『魔神ダイモーン』だ。だが、あれは到達せぬ未来にあったはず。存在せぬはず。それがどうしてここに。答えよ。貴様は──」


 ……あー。なんか変なこと言い始めた。

 世界の運命とか考えすぎて、こわれちゃったんだな。きっと。


 まぁ……そういうこともあるよな。

 ここは魔界で、相手はゴーストなんだから。

 小声で話してるし、他の人には聞こえてないみたいだけど。


 こいつの顔を見るのも、そろそろ嫌になってきた。

 魔物ならとどめを刺して、コアを回収すればいいな。


「えい」

「やめろ『魔神ダイモーン』!! 我の知性は世界を変え──不死を──お前が想像もつかない力を──やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ。やああああめええええろおおおおおぉっ!!」



 さくっ。



 俺は『異世界エルサゥアのお邪魔ナイフ』で、コアからゴーストに伸びた魔力のひもを、断ち切った。


「────────まさか、9人目の『特異点』……が……実在…………」


 白髪の魔術師のゴーストが、消えていく。


 そして後には、人の頭くらいのサイズのコアが残ったのだった。

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