第44話「特異点『操縦者(マニピュレーター)』と戦う(2)」

 ──レーナ=アルティノ視点──




「信じましたよ。桐瀬きりせさま」


 レーナ=アルティノはディスプレイを見つめていた。

 画面には、巨大ゴーレムと戦う梨亜リア八重垣織姫やえがきおりひめが映っている。


 あのゴーレムは人々を狙っている。

 皆が『家電量販店』の敷地内しきちないに逃げ込むまで、足止めしなければいけない。


「……いいえ、相手が『特異点』のひとりなら、『結界柱』では止められない可能性も……」


 裏切り者の『特異点』の名を、レーナは知っている。

操縦者マニュピレーター』『悪夢ナイトメア』『深淵アピス』の3人。

 そのうちの1人が、『悪夢あくむの魔女ナナイラ』

 梨亜の・・・実の母だ・・・・


 幼いころに、母と生き別れた梨亜は、そのことを知らない。

 知っているのは梨亜の父と、レーナだけだ。


 レーナは、本当は梨亜がショッピングモールに行くのを止めたかった。

 けれど、止めてしまえば理由を聞かれる。

 桐瀬柳也や、『配信者ギルド』にも不審に思われる。それは避けたかった。

 レーナにできたのは、確実に梨亜たちをサポートすることだけだった。


「お嬢さまのお父上……練造れんぞうさまが今回の事件のことを知ったら、間違いなく、苦情を言われるでしょうね」


悪夢ナイトメア』の娘という立場は、梨亜にとって重すぎる。

 梨亜が魔術師として生きるなら、なおさらだ。

 だから梨亜の父の練造れんぞうは、彼女の縁談えんだんを進めようとしているのだ。


 ──梨亜に、より大きな魔術師一族の庇護ひごを受けさせる。

 ──あるいは一般人と結婚させて、魔術を捨てさせる。


 どちらの道を進んでも、梨亜の身は守られる。

 娘を愛するゆえに、練造は梨亜の梨亜の意思を無視しようとしている。


「ですが、ここでダリウス=アポロスカを討ち果たすことができれば、お嬢さまの立場は変わるかもしれません」


 裏切り者の『特異点』を、梨亜がつ。

 それは梨亜=蛍火=ノーザンライトが正しい魔術師の側に立つことの証拠になる。


「それでも……死んでしまっては意味がありません。皆さん……どうか早く、この場所へ。無理だと思ったら逃げてください。お嬢さま……トキさん。お願いします……」


 レーナは祈り続ける。

 それでも、ディスプレイから目は離さない。

 戦闘に参加できない彼女の仕事は、梨亜たちのサポートだ。


 戦いから目をらしはしない。

 なにがあっても、役目を投げ出したりはしない。

 それが、レーナの役目だった。



〈なんだよあれ!? あれだけ魔術を撃ちこんでも倒れないって!?〉

〈頭のところに、なんか白髪のゴーストがいるんだが!?〉

〈あんな魔物知らねぇぞ!!〉

〈りあちゃん、おりひめちゃん! がんばれーっ!〉

〈やばっ! 巨大ゴーレムが──〉



 視聴者コメントの雰囲気が変わる。


『巨大ゴーレム』が、地面にこぶしを叩き付けた。

 衝撃しょうげきで、地面が砕ける。

 飛び散った破片が、梨亜と八重垣織姫に向かって飛んでいく。


 梨亜は無詠唱むえいしょう障壁しょうへきを展開。

 八重垣織姫は『炎雀えんじゃく』を飛ばして、アスファルトの破片を撃墜げきついする。



 ガガガガガガガッ!!



「だ、大丈夫ですか。蛍火さま!」

「大丈夫です! 耐えられます!!」


 梨亜の障壁は、アスファルトの破片に耐えた。

 ただ、衝撃しょうげきまでは消せなかった。

 障壁が揺れ、梨亜が地面にひざをつく。


 その間に『巨大ゴーレム』が、数歩、進んだ。

 灰色の巨体が、梨亜と八重垣織姫に近づく。


 ゴーレムのこぶしが届く距離に。


「織姫さま!」

「わかっております。蛍火さま!!」


 梨亜と八重垣織姫が後ろに下がる。

 ゴーレムとの距離を確保しながら、派手な魔術を撃ち続ける。

 それでもゴーレムは止まらない。



〈あのゴーレム、魔術耐性が強すぎだろ!!〉

〈決定打になってない……〉

〈トキさんはなにしてるんだよ!!〉

〈ブラッド=トキシンはどこに!?〉

〈トキさん、早く来てくれ────っ!!〉


〈トキさん!〉〈トキさん!〉〈ふたりを助けてあげて! トキさん!〉



〈〈〈早く来てくれ! ブラッド=トキシン────ッ!!〉〉〉



 ──画面にブラッド=トキシンの姿はない。

 レーナが、彼を映さないようにしているからだ。


 魔術師ダリウス=アポロスカは『ディープ・マギウス』と関わっていた。

 そして、奴はネットを利用している。『攻略配信』動画も、なんらかの手段で見ている可能性がある。

 だからレーナは、ブラッド=トキシンを映さない。


 レーナは柳也りゅうやを信じている。

 彼は魔術結社『ポラリス』の仲間だ。

 彼が「できる」と言うならば、それこそが逆転の策なのだろう。


「おそらく、もう準備は整っているはずです」


 それを指摘するコメントはない。

 ならば、ダリウス=アポロスカも気づいていないはず。

 そのために梨亜と八重垣織姫は、派手な魔術を使っているのだから。


 けれど、『カメラ妖精』と感覚を同調させているレーナには、聞こえている。


 ──古ぼけた機械が動き出す音。

 ──タイヤが地面をこする音。

 ──そして、放置自動車たちが、一斉に作戦を開始する音が。



『──イーザン!』



 レーナの耳に、ブラッド=トキシンの声が届いた。

 次の瞬間、彼女は魔術具まじゅつぐをつかんで、叫んだ。


「準備が整いました! やっちゃってください! お嬢さま!! 八重垣織姫さま!!」

『了解です! 織姫さまも「ボクもわかった」だそうです!』


 そして、画面が変化する。

 映し出されたのは、ショッピングモールの駐車場。


 そこで、放置されていた車が、動き出していた。

 タイヤをきしませながら。エンジンの音を一切させずに。

 運転席には誰もいない。当然だ。

 あの車は、人が動かしているのではないのだから。



〈──おい。車の上に、なにか乗ってないか?〉

〈……人形。いや、ぬいぐるみか〉

〈くまさんだ! ぬいぐるみのくまさんが、自動車の上に乗ってる!?〉

〈なんで!? なんでくまさんが車を動かしてるの!?〉

〈いや、違う……あれは……〉



〈〈〈使い魔ブラッド=トキシンの使い魔、『付喪神つくもがみくまさん』が放置自動車に取りいてる!!〉〉〉



 視聴者のコメントに、レーナは不敵な笑みを浮かべる。


「あれが、桐瀬きりせさまの切り札……」


 車の屋根にいるのは、ブラッド=トキシンが作り出した『付喪神くまさん』


 そして、彼らが乗っているのは、ブラッド=トキシンが『属性付与ぞくせいふよ』した『魔力駆動型放置自動車まりょくくどうがたほうちじどうしゃ』だった。


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