第43話「特異点『操縦者(マニピュレーター)』と戦う(1)」

「エルサゥア流護身術。『対竜防身たいりゅうぼうしん』」


 俺は異世界のおっさんに教わった身体防御の技を発動する。

 これは身体中に強い魔力を循環じゅんかんさせて、防御能力を上げることができるものだ。発動中は手足も、魔術的に強化された武器になる。


 これは邪竜族じゃりゅうぞくよろいを破壊されたときに、悪あがきをするための技だ。

 邪竜族の爪は人間の身体をバラバラにすることができるけれど、『対竜防身』の発動した相手には、それができない。死体は原形をとどめることになる。

 だから、身元確認のために『対竜防身』を覚えるのだと、おっさんは言っていた。


『武器も防具もない状態で邪竜族に襲われたら、この技を迷わず使え』

『100回に1回は生き残れるだろう』

『死体の確認のためにも使ってくれ。お前の死亡を確認してから、次の異世界人を召喚しょうかんすることになっているんだ』


 あの世界はろくでもないところだったけど……覚えた技は役に立ってる。目の前の敵と戦うのには使えるからな。特に、こいつは『特異点』って呼ばれる別格の異能者だ。油断せずにいこう。


 それに、手足が武器にできるのは、意外と便利で──


「エルサゥア流護身術。『竜殴打りゅうおうだ』!!」



 ごすっ!



 俺のこぶしが、魔術師アポロスカの腹に食い込んだ。


「がはぁっ!? な、なんじゃと!? 我が防御の魔術が──」

「えいえいえいえいえいえいえいえいっ!」

「きさまっ。おい! 待て! 貴様は一体なにも──ご、ごばぁっ!? ぐっ!? ぐはっ! こ、こら……待て!! や、やめ──!! が、がはっ!? ぐばっ!? ぎぃががはっ!? や、やめろおおおおおぉ!!」


 右手には異世界エルサゥアの『お邪魔ナイフ』。

 左手には異世界のスキルで強化したこぶし


 この世界・・・・のもの・・・じゃない力・・・・・で、俺は魔術師アポロスカを攻撃する。

 奴の杖が輝く。防御の魔術を展開した杖が、俺のナイフを受け止める。

 だけど、その間に俺の拳が、奴の腹を、あごを、頭を打ちえる。


 こいつは人を実験台にしようとした。

 本人の意思を無視して、自分の欲を満たすために。

 人を道具にして──その人から、選択肢せんたくしを奪った。

 まるで、俺を勝手に召喚した異世界の連中みたいに。


 いや……あいつらよりたちが悪い。

 少なくともエルサゥアの連中は、俺を人間あつかいしていた。邪竜族との戦争でも、自分たちが前線に出ていた。王族も貴族も、ひとり残らず。


 だけど、こいつは隠れて人を操っていた。

 人を道具扱いして、使えなくなったら投げ捨てる。自分の都合と、欲のために動いてる。こいつはそういう生き物だ。


 ……なんだか、久しぶりに腹が立ってきた。

 よし。こいつは、手加減なしでつぶそう。


「えいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいっ!」

「ぐ、がぁっ!? ぎ、ぎがっ!? なんだ貴様は。なんなのだ貴様は──っ!!」


 魔術師アポロスカの身体が、空中へと待避する。

対竜防身たいりゅうぼうしん』で強化した身体で跳躍ちょうやくを──と思ったら、奴はさらに上昇。

 俺の武器が届かない場所へ逃げていく。


「はぁ、はぁ。な、なんだ貴様は。このアポロスカを殴打おうだするとは……礼儀をわきまえぬ者め!」

「異能者の礼儀なんか、知らない」

「ち、知恵と知識に満ちたわが頭を殴るとは……知識を尊ばぬ愚物ぐぶつが!」

「……知恵と知識に満ちた?」


 ……あ、そういえば、異能者に聞きたいことがあったんだっけ。

 いい機会だ。聞いてみよう。

 

「知恵と知識に満ちてるなら教えてくれ。あんたは、異世界に転移する術を、知っているのか?」


 こいつは高位の魔術師だ。

 もしかしたら、俺が異世界に転移したことに関わっている可能性も──


 …………いや、ないな。

 異世界召喚の関係者なら、異世界の武器への対策くらいしてるだろ。

 たかが俺の護身術ごしんじゅつなんかで腕を斬られたりしないよな。


「いや、いい。あんたには、期待しない」

「……な、な、な!?」

「あんたに、聞こうとした自分が、ばかだった。まともな答えが返ってくると、思ったのが、まちがいだ」

「き、きさきさきさ、きさまあああああっ!! 我を侮辱するか────っ!!」

「エルサゥア流護身術『遠竜打えんりゅうだ』」



 ぼっ。



 俺は空中の魔術師に向かってナイフを突き出す。

 魔力を込めた衝撃波しょうげきはが、飛んだ。


「────ぐぉぉおおおおっ!?」


 魔術師アポロスカが悲鳴を上げる。

 直後、衝撃波でちぎれた脚が落ちてくる。胴体を狙ったのに、外したか。やっぱり、真上の敵を狙うのは難しいな。こっちの世界に帰ってきてから、腕がなまってるみたいだ。反省しよう。


「な、なんなのだ貴様は!」


 魔術師アポロスカが叫ぶ。

 さっきから質問ばっかりだな。こいつ。まぁいいけど。


「自分は、マスターの使い魔」

「使い魔。こんな使い魔があるものか!?」

「常識に、凝り固まった奴。知恵と知識に満ちた、が、聞いてあきれる」

「ま、待て」


 魔術師アポロスカが、俺を見た。


「話を聞け。我に従えば、永遠の命を──」

「それは、失敗したと聞いてる」

「……な、ならば、長寿命ちょうじゅみょうはどうじゃ?」


 不気味な笑みを浮かべる、魔術師アポロスカ。


六曜ろくようとやらは、それで我が取り引きに応じたぞ。人より長き寿命をもち、早死にする者たちを見送る。その優越感は計り知れないほどの快楽で──」

「それはもう経験した」

「は、はぁあああっ!?」


 俺は異世界エルサゥアで長命種として生きた。

 ひたすらアイテムを作り続けて、戦争で死んでいく人たちを見送ってた。

 

「優越感なんか感じなかった。長寿命なんて、別にいいものじゃない」

「ば、ばかな! 世迷い言を!!」

「事実」

「ならば、力はどうだ!? 他の者にはない、世界でお前だけの力を──」

「それももう経験した」


 異世界エルサゥアでは、『異世界人属性ターガラィ』は、俺しか持っていない能力だった。

 みんなが俺に期待していた。

 俺がこわれる前に、能力を使い尽くそうとしていた。


「うんざりした。ちっともうれしくなんかなかった」

「お前はなにを言っているのだ!?」

「くだらない。『操縦者マニピュレーター』なんて、その程度か」

「と、とにかく従え。我に従えば、お前を特別な存在に──」

「俺は普通になりたい」


 異世界なんかに行きたくなかった。

 特別な存在として扱われて、変なスキルを身につけたくもなかった。


 俺は普通になりたいんだ。

 普通に生活して、お金を貯めて、進学したい。選択肢せんたくしを増やしたい。

 俺が望むのなんて、それだけだ。だから──

 

「あんたの言葉は、俺には、なんの価値もない」


 俺は『異世界エルサゥアのお邪魔ナイフ』を構えた。


「もういいから降りてこい。アポロスカ」

「ぐぬぬぬぬぬぬぅっ!!」

「あ、こら。待て」


 魔術師アポロスカはうめきながら、急上昇していく。

 ショッピングモールの吹き抜けを通り、さらに上へ向かう。


 俺の護身術じゃ……あそこまでは届かないな。

 異世界のおっさんは「オレの若いころは、空中を飛び回る邪竜族をぽんぽん撃ち落としたものだ」なんて自慢してたけど。というか実際に、空から王城に攻め込もうとした邪竜族を、おっさんが撃墜するのも見たけど。


 でも、俺に同じことはできない。

 遠距離攻撃は苦手なんだ。もうちょっと『竜遠打』を練習しておけばよかったか。


「しょうが、ない。一時撤退いちじてったい、する」


 俺はショッピングモールの出口に向かって走り出す。

 出口では、蛍火が俺を待っていた。

 結局、彼女は逃げなかった。

 いざというときに援護するために、残っていてくれたんだ。


 振り返ると魔術師アポロスカは……ショッピングモールの天井あたりにいた。

 俺たちがいたフードコートよりも遙かに高い場所だ。


 そこに、虹色の球体があった。『魔界化コア』だ。

 なるほど。コアは天井にあったのか。そりゃ気づかないよな。

 しかも、天井にはコアと一緒に……人型ひとがたのものがある。あれは──


「マスター。あれ、なにか、わかる?」

「ゴーレムです!」


 蛍火は目を細めて、天井を見ていた。


「魔術師ダリウス=アポロスカは、人の魂をゴーレムに宿らせることで、永遠の命を得るという実験を行っていました。今のダリウス=アポロスカはゴーストです。それを魂とするならば……自分用の身体として、ゴーレムを用意していてもおかしくはありません」

こわせる?」

「やってみます。えい」


 蛍火の杖の先に、巨大な火球が生まれる。

 大きさは直径2メートル。ちょっとした自動車くらいのサイズだ。



「いきます! 『爆炎球グレーターボム』!!」



 ずごん。



 蛍火の魔術が、ショッピングモールの吹き抜けを上昇していく。

 それを俺たちは、もう見ない。

 俺と蛍火はそのまま、ショッピングモールの外へ飛び出す。



 そして、背後で巨大な爆発が発生した。



 衝撃しょうげきが地面を震わせる。

 振り返ると、巨大なゴーレムが落ちていくのが見えた。

 真っ赤な炎を、き上げながら。


「今は人質を安全なところに誘導するのが先です。『魔界化コア』は、あとで回収に来ましょう」

「イーザン」


 駐車場では八重垣織姫と、使い魔の『阿吽あうん』。

 それと、ぬいぐるみに乗った人々が待っていた。


「ご無事でなによりです。それに……六曜ろくようまで助けてくださって……」


 六曜を乗せた白犬『阿』が、八重垣織姫に近づく。

 八重垣織姫は結晶体に覆われた六曜を見て、ため息をついた。


治療ちりょうが必要ですが……生きてはいます。よかった……」

「ショッピングモールには、『特異点』のひとり、ダリウス=アポロスカがいました。あの者が、今回の事件の黒幕だったのでしょう」

「『ゴーレムの王』が!?」

「奴はゴーストになっていました。トキさんが片腕と片足を切り落としましたが、まだ、存在はしているはずです」

「わ、わかったよ。とにかく人々を避難させさよう」

「『家電量販店』まで戻れば、『結界柱』があります。そこならダリウス=アポロスカも入ることはできないでしょう。奴を退治するのは、それからです」

「うん。それじゃ皆さん! 誘導するから、ついてきて!!」


 八重垣織姫が、人々の方へ駆け寄る。

 それから彼女は胸の勾玉まがたまに触れて、新たな使い魔を呼びだした。


 現れたのは、身長2メートルの鬼だ。

 数は2体。赤鬼と青鬼。


「『前鬼ぜんき』と『後鬼ごき』は六曜と七柄を運んであげて! 人々の護衛もお願い!」

『『承知しょうち』』


 2体の鬼、『前鬼』と『後鬼』が、六曜と七柄を抱え上げる。

 すると……彼女の側にいた白黒の犬『阿吽』が消えた。


「ボクはまだ未熟者だから……大きな使い魔は、2体までしか呼び出せないんだ。小さな使い魔なら十数体は呼び出せるんだけどね。知恵があって頼りになる子は、霊力を食っちゃうんだよ」

「そうなのですね」

「ボクは蛍火さんがうらやましいよ。強力な魔術をたくさん使えるんだもん」

「八重垣織姫さまの使い魔だってすごいじゃないですか。『阿吽』さんの察知能力はたいしたものでしたよ」

「蛍火さんにはトキさんがいるじゃない」

「それはそうですね!」


 なんでそこで胸を張るのかな。蛍火は。

 いや、鼻息が荒くなってる理由もわからないんだけど。


「それでは出発しましょう!」

「みなさん『前鬼』と『後鬼』が守る列から出ないように──」


 そうして、俺たちが出発しようとしたとき──



「────逃がさぬよ。実験材料ども」



 ──地面が揺れた。


 ショッピングモールの入り口が、砕けた。

 大穴が空き、そこから、灰色のものがい出してくる。


 最初に見えたのは腕だ。

 爆発に巻き込まれたからか、あちこちヒビが入っている。


 次に現れたのは頭部だ。

 なにか巨大な結晶体がはまっていて、そこから白髪の老人──ダリウス=アポロスカが上半身を出している。


 やがて、灰色の物体が全体像をあらわす。

 ショッピングモールから出てきたのは、身長10メートルの巨人だった。

 蛍火の爆炎球を受けて天井から落ちてきたはずなのに、壊れなかったらしい。


「あらゆるものは、魔術の実験材料である!!」


 奴は巨体を震わせて、えた。


「ここは魔界。つねの世界の法の外にある! ならば、我が実験をさまたげることこそ悪である。我が領地に踏み込み、無法にも踏み荒らした者には、ばつを!!」

「……ばつ、だと?」


 勝手なルールを押しつけて、人々をこの場所に転移させて。

 それで逃げたら罰を……って、いい加減にしろ。


「ふざける、な! そもそも『魔術災害』を起こしたのはあんたたちだろうが!!」


 ……久しぶりに腹が立ってきた。

 7年ぶり──この世界に戻ってきて初めてだ。こんなに頭にきたのは。

 どうやら俺は、あの魔術師に本気で怒ってるらしい。


「トキさん!?」

「なにをなさる気なんですか!?」


 蛍火と八重垣織姫が声をあげる。

 そして、俺の足元には、ふわふわしたものの気配。


『『『もふもふ、もふもふ、もふもふ!!』』』


 俺のまわりに『付喪神つくもがみくまさん』が集まっていた。

 20体のぬいぐるみたちは魔術師アポロスカをにらみつけてる。

 この子たちも怒ってる。


 そりゃそうだ。人を楽しませるために生まれたのに、10年間、魔界に閉じ込められていたんだから。意思があるなら起こって当然だ。

 だったら──


「マスターと織姫さんに、お願い、あります」

「は、はい。なんでしょうか」

「うかがいましょう!」

「マスターは魔術で、時間を稼いで。5分くらい。織姫さんは使い魔で、人々を、逃がして」

「それで、なんとかなるのですか?」


 蛍火は心配そうな顔で、俺を見た。

 俺は彼女にうなずき返して、


「なんとか、します」

「わかりました!!」


 蛍火が杖を構える。


「ボクもわかったよ。『前鬼ぜんき』と『後鬼ごき』に避難誘導させればいいんだね!」


 八重垣織姫は小太刀こだちを手に、小さな鳥たちを呼びだす。

 俺たちの後ろでは、人々の避難が始まってる。

『前鬼』と『後鬼』は行くべき場所がわかっているみたいだ。

 彼は『家電量販店』に向かって歩き出してる。人々はその後について歩き出す。


 みんな、こっちを気にしてる。

 声をあげてる。「無茶しないでください!」「ありがとうございました!!」「梨亜さま。織姫さま!!」「いやあああああぁ。私は残るのぉおおお。トキさんの戦いを見るのぉおおおお」って。だからさっさと避難してください。みのり先輩。


「くらいなさい! 『火炎弾ファイア・ブリッド』!!」

「お願い。『炎雀えんじゃく』!!」


 蛍火が魔術を、八重垣織姫が使い魔を解き放つ。

 ふたりの術がゴーレムに殺到し、奴の視界をさえぎってる。

 特に蛍火の魔術は、正確に頭部を狙ってる。衝撃しょうげきで頭を揺らしてる。

 しばらくの足止めにはなるはずだ。


「『付喪神くまさん』。お前たちには、やってもらうこと、ある」

『『『もふもふ!!』』』


 一斉に胸を叩く『付喪神くまさん』。

 同意してくれたらしい。

 それを確認して、俺はアルティノとの通信を開く。


『アルティノさん。こっちの状況はモニターできてますか?』

『は、はい! 問題ありません』

『確認です。このショッピングモールの駐車場にある放置自動車って、所有権は誰にありますか?』

『…………はぁ?』


 呆然ぼうぜんとした声が返って来る。


『い、今、その情報が必要なのですか!?』

『重要なことです。教えてください』

『お待ちください。えっと……所有権は市にあります。動かせないことから、所有者が権利を放棄しております。「魔術災害」から10年が経過していますから、減価償却げんかしょうきゃくはほぼ終了。市場価値もありません。逆に処分料がかかる状態です。「魔界攻略」に必要ならば、移動……もしくは破壊しても構わないというのが、「配信者ギルド」の判断です!!』

『ありがとうございます! それじゃ、やってみます』


 俺は通信を切った。

 それから、地面にしゃがんで『付喪神くまさん』と視線を合わせる。


「それじゃ、力を貸してくれ」

『『『もふもふ!!』』』

「偉そうな魔術師に、みんなで一泡吹ひとあわかせる。いいな」

『『『もふ──────っ!!』』』


 こうして俺たちは、作戦を開始したのだった。




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