第42話「人質救出作戦を実行する(8)」

「マスター!! 八重垣やえがきさま!!」

「『火炎弾ファイア・ブリッド』!!」

「防ぎなさい!! 『炎雀えんじゃく!!』」


 俺の声に、蛍火ほたるび八重垣織姫やえがきおりひめが反応した。


 蛍火は無詠唱むえいしょうで火炎弾を生み出す。

 それが空中で、巨大な光弾こうだんと激突する。火炎弾が一瞬、光弾を止める。


 でも──防ぎきれない。


 蛍火の火炎弾は、光弾をわずかに削っただけ。

 残りの光弾を、今度は八重垣織姫の『炎雀』──炎の鳥が迎え撃つ。

 燃えさかる炎の群れの中に、光の弾丸が飛び込む。


 それでも敵の弾丸は止まらない。


「護身術! 『竜炎薙りゅうえんなぎ』!」


 俺は光弾に鉄パイプを叩き付けた。

竜炎薙りゅうえんなぎ』は、邪竜族が吐き出す炎を打ち消す技だ。

 異世界のおっさんにさんざん練習させられたからな。身体が覚えてる。

『王都に邪竜族が攻めてきたときの護身用に』──って、おっさんは言ってた。


 俺は『それはもう城が落ちかけてるんじゃ?』と文句を言ったけど……結局、おっさんのスパルタ教育は止まらなかった。

 まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけどな!


「……くだけ…………ろっ!!」


 強化した鉄パイプが光弾を受け止める。押し返す──弾く!




 ばきぃぃぃぃぃんっ!!




 強化型鉄パイプが、光弾をたたき割った。


「マスター。みんなを、脱出、させて!」


 光の弾丸を叩き落とさなきゃいけなかったのは、後ろに人がいたからだ。

 みんなが逃げてくれれば、俺と蛍火は回避にてっすることができる。

 まずは、人々を逃がさないと。


「強い敵が、いる。みんなを、逃がして。早く!!」

八重垣織姫やえがきおりひめさま! 人々を外に連れていってください!」


 即座に、蛍火が声をあげる。


「わたしとトキさんが背後を守ります。だから、早く!!」

「わ、わかりました! では『』を残しておきます!」


 八重垣織姫は答えた。

 白黒2頭の犬『阿吽あうん』のうち、黒犬の『うん』だけが、八重垣織姫の方に走り出す。

 白犬の『』は、俺たちをかばうように、前に立った。


「あ、ありがとうございました。梨亜りあさん。ブラッド=トキシンさん!」


 人質になっていた人たちの声がする。

 みんな、口々にお礼を言ってる。

 その声を聞いていると、なんだか、安心する。とにかく人を助けることができた。俺が異世界で学んだ護身術も無駄じゃなかったんだ、って。



「……助けてくれてありがとうございました!」

「…………どうか、ご無事で!!」

「………………がんばってください!!」

「……………………やだああああっ! あたしはトキさんと一緒にいるの! トキさん。トキさあああああああぁぁぁぁん…………」



 みんな無事で、本当によかった。

 あと、みのり先輩。『付喪神つくもがみくまさん』の上で暴れないで。駄々こねないで。大人なんだから。


『『『もふもふ。もふもふもふもふっ…………』』』


付喪神つくもがみくまさん』の足音が遠ざかっていく。


『──────さま。おじょう……ま、きり……』


 代わりに聞こえてきたのは、アルティノの声だった。


『──答えてください、お嬢さま! 桐瀬さま!!』

『こちらは無事、です』

『心配をかけてごめんなさい。レーナ』

『…………よかった』


 アルティノが胸をなで下ろす気配がした。


『大丈夫なのですね? 通信が切れている間になにがあったのですか!?』

『人質は全員無事です! トキさんが強化した大量のぬいぐるみが自分の意思で人々を運んでくれました。「付喪神つくもがみくまさん」に感謝しなければいけませんね』

『強化したばかりですから、コアは回収できます。「ポラリス」の損害にはならないと思います。でも、回収がうまくいかなかったらすみません。人命優先ってことで許してください』

『それよりも気になるのは、あのぬいぐるみです。あれはかなりのレアものです。このショッピングモールのオリジナルらしく、ネットオークションで高額取引されているのを見たことがあります』

『みのり先輩が欲しがってます。コアを抜いたあとで、あげてもいいですか』

『構いません。でも、わたしの分を残してくれるとうれしいです』



『さっぱり話が見えないのですが!?』



 怒られた。

 説明不足だったらしい。


『とにかく、人質は無事です。彼らを「カメラ妖精」で映すようにしてください。そうすれば、ご家族が安心すると思いますから』

『わかりました。お嬢さまとトキさんは……?』

『ここにはまだ、強力な敵がいるのです』


 蛍火は答えた。


『七柄さんがおっしゃったのです。ここに裏切り者の「特異点」がいると』

『──裏切り者の「特異点」が!? ほ、本当なのですか!?』




 ぺたん。



 アルティノの声が聞こえた直後、足音が聞こえた。




 ぺたん、ぺたん。



 地下に通じる通路を、人が歩いている。

 浄衣じょうえ烏帽子えぼし──陰陽師おんみょうじスタイルの六曜ろくようだ。

 

 だけど、様子がおかしい。

 服が破けて、奴の身体のあちこちに青白い結晶がこびりついてる。

 まるで、身体から結晶体が生えてきたようだ。破れた服の隙間すきまからは、血が流れ落ちている。


 なのに本人は無表情。目はうつろで、口をぱくぱくと開閉しているだけ。

 その口からは血の泡がこぼれている。


「あ、あ、あああああああっ!!」


 六曜の口から叫び声がほとばしる。

 そして──奴の錫杖しゃくじょうの先に、氷のかたまりが生まれた。


「六曜さんは魔界に取り込まれてます。止めないと」

「待って。マスター!」


 俺は走り出そうとした蛍火の肩をつかんで引き寄せる。

 そうして彼女を抱いたまま、横に飛ぶ。

 俺たちの真横を、六曜が生み出した氷の術が通過する。


 蛍火を抱いて地面を転がりながら、俺は、


「マスター。落ち着いて」

「……え」

「七柄さんは、上の階層で、倒れてた。地下じゃ、ない」

「あ!」


 蛍火は『正義の魔術姫』だ。

 だから異常な状態の六曜に気を取られてしまったんだろう。


 七柄は、上の階層で倒れてた。

 だから、敵は地下じゃなくて、上の方にいるはず……。



「人体実験を邪魔するか。愚物ぐぶつめ」



 頭上から、声が聞こえた。

 顔を上げると、ショッピングモールの吹き抜けに、人が浮かんでいるのが見えた。

 着ているのは、漆黒のローブ。

 ローブは純白。骨張った手に、木の杖を握っている。

 顔は……よくわからない。目の部分に、黒いマスクを着けているからだ。


「ネットとは便利なものだ。魔術実験の結果を、離れた場所で確認することもできる。他者の感想を聞くこともできる。無能なる一般人は、実にいいものを開発したものだな」


 ローブの人物は口を押さえて、笑った。


「だが、実験結果は自分で確認せねば気が済まぬ。『ディープ・マギウス』に依頼はしても、自分の目で確認せねばな。魔術師とは、そういうものだ」

「……あんたは、誰だ?」

「ダリウス=アポロスカ。ただの古い魔術師じゃよ」


「『ダリウス=アポロスカ!? 特異点のひとり……「操縦者マニピュレーター」!?』」


 蛍火とアルティノが叫んだ。


「『操縦者マニュピレーター』──ゴーレムの王のアポロスカ。裏切り者の『特異点』。生きていたなんて……」

「いや、死んでおるわさ。ここにいるのは、現世にとどまる魂じゃよ」


 白髪の魔術師は、楽しそうに首をかしげた。


「マスター。アポロスカって、何者?」

「人に完全なる不死を与えようとした魔術師です」

「完全なる、不死?」

「ダリウス=アポロスカは邪悪な人体実験を行っていました。彼は人の肉体を破壊して、魂をゴーレムに宿らせようとしていたんです」


 蛍火は震える声で、答えた。


「奴は、巧みな言葉で人を操り、自発的に人体実験に協力するように仕向けました。『操縦者マニュピレーター』の異名を持つのはそのせいです。実験で亡くなった人たちは十数人。けれど、人体実験を繰り返しても人を不死にできなかったアポロスカは……」


「さて……どうしたのかな。覚えておらぬよ」


 白髪の魔術師は首をかしげた。

 奴は記憶を探るように、骨張った指で、頭をぼりぼりとく。


「……この状態になってからは、記憶もあやふやでな。ちょくちょく魔界で実験を行って……『ディープ・マギウス』とやらに声をかけられたのだったな。それで、ここに入り込んだ者たちを使って、新たな人体実験をやることにしたのじゃった。そのひとつがこやつじゃが」

「…………ああ、あああ」

「まぁ……失敗作じゃったな」


 痙攣けいれんする六曜を見下ろしながら、白髪の魔術師は苦笑いした。


「わしの知識と記憶をコピーしようとしたのじゃが……情報の1割も受け止めきれずにこわれてしもうた。今の時代の異能者はもろいもので──」

「『火炎弾ファイア・ブリッド』!!」

「イーザン!!」


 魔術師アポロスカの言葉をさえぎって、蛍火が火炎弾を発射する。

 同時に、俺は六曜に向かって走り出す。ぼろぼろの身体を抱え上げ、暴れる六曜を護身術の『竜昏倒りゅうこんとう』で気絶させる。

 これは捕虜ほりょにした邪竜族じゃりゅうぞくをおとなしくさせる技だ。

 威力を100分の1にすれば人間も気絶させられる。使ったのははじめてだけど。


「マスター! 六曜さんを。回収した!」

「ありがとうございます。トキさん。脱出しましょう!!」

「イーザン!!」


 俺たちは出口に向かって走り出す。

 出口が近づいたところで、一瞬だけ振り返る。


 魔術師アポロスカは、無傷だった。

 火炎弾に包まれながら、笑ってる。


「『特異点』に、この程度の魔術で相手をしようとは、愚物ぐぶつめ」


 来る。

 魔術師アポロスカは空中を滑りながら、こっちに向かってくる!

 出口はもうすぐだけど──間に合わない。


「我は高位の不死者である。我が開発した複層式魔術防壁ふくそうしきまじゅつぼうへきは完璧! 並の魔術も、この世界の魔術武器も効かぬと知れ!!」

「ん?」


 次の瞬間、俺は六曜の身体を放り投げた。


「白犬さん──『』さん。六曜さんを、頼む!」

『わぅわぅん!?』



 ぼふん。



 白犬がダッシュして、背中で六曜の身体を受け止める。

 よし。


「マスターと『阿』さんは、先に逃げて!」

「トキさん!?」

「あいつには、並の魔術も、この世界の魔術武器も効かない、みたいだから」


 俺は収納スキルからナイフを取り出して、そのまま走り出す。

 そのままジャンプして──


「エルサゥア護身術。『竜墜撃りゅうついげき』」

愚物ぐぶつが! 我にはこの世界の魔術武器は効かぬギャ──────っ!!」


 魔術師アポロスカの腕がまっぷたつになった。

 よっしゃ。


 奴自身には並の魔術も、この世界の魔術武器も効かないらしい。

 だったら『異世界エルサゥアのお邪魔ナイフ』は効くよな。

 これは、この世界の・・・・・武器・・じゃないんだから。


 よかった。これなら戦えそうだ。



──────────────────────


 いつも『異世界帰りの使い魔』をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 このお話は50話で一段落となる予定です。

(調子に乗って書きすぎたので、50話で15万字弱になってしまいました)


 50話まで、毎日1話ずつ更新する予定でおります。

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