第41話「人質救出作戦を実行する(7)」

「……トキ……さん。ブラッド=トキシン……さん」


 座り込んでいた七柄ななつかが、口を開いた。


「……ここは……危険。急いで、逃げて……」

「なにが、あった?」

「『特異点とくいてん』のひとり……裏切り者の異能者が……」


 七柄は震える声で、言った。


「ここは奴の……実験場。『ディープ・マギウス』は……奴の仲間。逃げて。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて!!」


 ひきつった声で、七柄は繰り返す。


「逃げて逃げて逃げて逃げて! 殺される!! みんな殺される!!」

「わかった。逃げる」


 俺は七柄をかついで、蛍火ほたるびたちの元に戻った。

 蛍火も八重垣織姫やえがきおりひめも、引きつった表情だ。


「声は……聞こえました。『特異点』のひとりがここにいる……と」

「本当、でしょうか?」

「わかりません」


 蛍火はかぶりを振った。

 それから、彼女は声を潜めて、


「でも、ここが異能者の実験場という可能性は、あり得ると思います」

「そうなんですか?」

「『空間入れ替えチェンジリング』の魔術具を仕掛けたのはその者たちでしょう。ここを実験場にしている者が『ディープ・マギウス』と手を組んで事件を仕掛けたと考えると、話が通ります」

「こんなところを実験場にする人なんているんですか?」

「高位の異能者……裏切り者の『特異点』なら、あり得ます」


 緊張した声で、蛍火は答えた。


 裏切り者の『特異点』とは『魔術災害』を起こした奴のことだ。

 そいつらが、善意で用意された儀式を書き換えて、魔界を発生させた。


『ディープ・マギウス』が『特異点』と関係してるというのは、『配信者ギルド』から聞いている。ギルドの人は『あくまでもうわさ』と言っていたけど……本当だったのか。

 しかも、その異能者は、このショッピングモールにいるらしい。

 

「裏切り者の『特異点』にとって、世界を変える術はまだ終わっていないのかもしれません。その1人がここにいるとすると……」

「かなり、危険」

「急いで脱出するべきでしょう。ですが……」


 人質になっていた人たちは、かなりつかれてる。

 当然だ。2時間以上、魔界に閉じ込められていたんだ。緊張と不安で消耗しょうもうしても無理はない。こうして俺たちについてきてくれるだけでも、十分、がんばってくれてる。

 これ以上、移動速度を上げるのは無理だ。


「みんなを魔術で、身体強化とか、できない?」

「難しいです。慣れない人に身体強化をほどこすと、身体をうまくあつかえなくなります。転んだり……下手をすると、通路から飛び出したりすることもありますから」

「だとすると……他の手段を……」


 ふと、横を見ると、おもちゃ売り場の看板が見えた。

玩具がんぐゴーレム』がいた場所だ。

 入り口には焼け焦げたぬいぐるみが転がってる。


 店の中には、他にもぬいぐるみがある。頑丈そうな、大型の熊だ。

 魔物化はしていない。大きさは1メートル半くらい。

 あのサイズなら人を乗せられるんじゃないか?


「マスター」

「はい。トキさん」

「『魔物のコア』を、ここで使い果たして、いいですか?」

「いいですよ。でも、なんに使うつもりですか?」

「味方の、付喪神つくもがみを、作ります」


 俺は答えた。


「うまくいけば、人々を素早く出口へと運べるかもしれません。試してみてもいいですか?」






 ──数分後──




「な、なんですかこれ!?」

「速い!? 速いけど怖いっ!?」

「すごいすごーい!!」


 すたたたたたたたたたたたたっ!!


 俺たちは魔界のショッピングモールを突っ走っていた。

 先頭は八重垣織姫の使い魔の『阿吽あうん』。

 その後ろを俺と蛍火が走っている。


 さらに、その後ろを走っているのは──



『もこもこ』『もふもふ』『もふもふもこもこ』

「「「ひえええええええええっ!?」」」



 20体の巨大ぬいぐるみと、それに乗った一般人たちだった。



『『『もふもふもふもふ────っ!!』』』



 ショッピングモールのおもちゃ売り場は、品揃えがよかった。

 全長1メートルを超えるぬいぐるみがたくさんあった。数は、20体以上。

 俺はそれに『付喪神つくもがみのコア』を合成した。


『付喪神のコア』は『自律制御じりつせいぎょ』と『疑似人格ぎじじんかく』の能力を持つ。

 試しにひとつ使ってみたら、意思を持つぬいぐるみができあがった。


 そのぬいぐるみと交渉したら、協力を約束してくれた。

 というか、ぬいぐるみたちも、ここから出たがってたらしい。気持ちはわかる。

 ここにいたら、いつか魔物化するだけだもんな。


 それから俺は、ぬいぐるみに物理強化を付与して、人を運べる強度にした。

 それを繰り返して完成したのが『付喪神つくもがみくまさん』軍団だ。



『『『もふもふもふもふもふもふ────っ』』』



「すごいよ! 意識を失っている七柄ななつかも運んでくれてる!!」


 隊列の後ろの方で、八重垣織姫が言った。

 彼女の言う通り、七柄はぬいぐるみ軍団に運んでもらっている。

 八重垣織姫が応急手当をしてくれた。命には別状ないということだった。


 地下に向かった六曜ろくようのことも気になるけど、それは後回し。

 今は、人々を魔界の外に出すのが最優先だ。


「もうすぐ出口です! 皆さん、がんばってください!!」

「イーザン!」

「「「はいいいいいっ!!」」」

『『『もふもふ! もふもふ!!』』』

「七柄、もうすぐですよ!」


 俺たちはショッピングモールの1階にたどりついた。

 出口はもう、見えてる。

 あとはここを出て、『家電量販店』に向かうだけだ。

『家電量販店』の敷地は魔界避けの結界が張ってある。そこに入れば安全だ。


「でも、マスター。通信障害は」

「続いています。もう出口の近くなのに、通じないなんて……」


 ここまで来たのに、まだ通信障害は続いてる。

 なにが邪魔しているんだろう?


 索敵さくてきは『阿吽あうん』がやってくれてるけど……あの子たちは人質保護を優先してる。

 人質に危害を加えない化け物には、気づかないのかもしれない。

 だとすると……。


「マスター。通信障害って、空間のゆがみとか、関係、してる?」

「しています。魔術による通信も、波のようなものです。それを妨害しているなら、空間に影響を与えているでしょう。でも、微弱びじゃくなものですよ?」

「強力にしたら、どう?」

「え?」

「魔術具の出力とか、あげられる?」

「──! やってみます!!」


 蛍火は耳につけた、通信用の魔術具に手を当てる。

 魔力を注いで、魔術具の出力を上げる。

 魔術具からかすかに、アルティノの声がする。でも、すぐにまた途切れる。こっちが通信用の魔術具の出力を上げるのに合わせて、妨害の方も強くなってるんだ。


 だったら……空間のゆがみも強くなってるはずだ。

 俺の耳鳴りなら、それを捉えることができるかもしれない──




『──りりん』



 聞こえた。音は頭上から。

 視線を向けると、天井がわずかにふくらんでいるのが見えた。


「マスター!」

「わかります! 天井に擬態ぎたいしている魔物がいます!」

「イーザン!!」


 俺は鉄パイプを、天井に叩き付けた。


「エルサゥア……護身術!」

『ロロロロッロロロロロロロロロッ!!』


 手応えがあった。

 天井が弾けて、ゼリー状の化け物が降ってくる。


 さらに、その周囲の天井の色が、変わった。

 天井一面にべっとりと、ゼリー状ものが大量にこびりついてる。

 俺は鉄パイプを振り回して、そのすべてを叩き潰す。敵は強くない。少し叩くとコアが潰れて絶命する。

 戦闘能力はないようだ。

阿吽あうん』の索敵さくてきに引っかからなかったのは、そのせいか。


「これは……スライムです」


 動かなくなったゼリー状の魔物を見ながら、蛍火は言った。


「体内になにか入ってますね。これはラジオと……携帯電話でしょうか?」

「ショップのものを、取り込んだ?」

「……通信が繋がりました。このスライムが通信妨害をしていたんですね……」

「なるほど」


 俺はスライムに手をかざして『鑑定かんてい』する。

 表示された情報は──


──────────────────────


『■■妨害スライム』


 ■■イムが通信機器を■■込み、魔術通信に干渉■■■■もの。

 風景に擬体し、■■妨害を■■う。

 戦闘能力は■■ない。


──────────────────────


 やっぱり、こいつが通信妨害を行ってのか。


 コアの情報もわかる。

 属性は「接続」「魔力伝達」だ。

 この能力で魔術通信に干渉してたんだろうな。


「レーナから通信が入りました。こちらの様子がモニターできるようになったそうです! それと──」

「マスター!! 警戒!!」


 俺は思わず、声をあげていた。

 再び『りりん』と耳鳴りがしたからだ。


 音のした方に視線を向けると……なにかが光った。

 そして──巨大な光球が、こっちに向かって飛んできたのだった。

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