第40話「人質救出作戦を実行する(6)」

 ──柳也りゅうや視点──




「ありがとう! 異能者のみなさん……」

「こ、怖かったです……」

梨亜リアさまと織姫おりひめさまだ。本物だ……」


 転移させられた人たちは、無事だった。

 結界はまだ機能していた。蛍火ほたるびが魔力残量を確認すると、残り時間は10分弱。

 ……魔力残量が少なすぎる。


 人々がここに転移させられてから、2時間と少し経っている。

『ディープ・マギウス』の動画のコメントには『結界は3時間保つ』と書いてあった。だから、あと50分は作動するはずだ。

 それが魔力残量ぎりぎりってことは……魔界の影響が強すぎて結界が消耗しょうもうしたのか? それとも『ディープ・マギウス』が嘘をついたのか……。


「あああああっ! トキさん! トキさんだぁああっ!」


 みのり先輩は元気そうだった。

 でも、内側から結界の壁をばんばんたたくくのはどうかと思う。

 蛍火と八重垣織姫やえがきおりひめが結界を解除してるからね。もう少し待ってね。


 俺は結界を作り出している円筒に触れた。

鑑定かんてい』してみると──


──────────────────────


 結界柱『■■■シェル』


 物理、および魔力を遮断する結界を生み出す柱。

 内部に込められた魔力媒体を動力としている。

 ■■■■により作成されたもの。


 レアリティ:B

 属性:障壁。分断。


──────────────────────


 ところどころ『鑑定』できない部分がある。

 かなり高度なマジックアイテムだ。

 それに──


『……アルティノさん。今、話せますか』


 俺は魔術具でアルティノに語りかけた。


『どうぞ。トキシンさま』

『この柱は……誰かがあらかじめ設置しておいたものですよね。おそらくは、転送用のマジックアイテムも。つまり誰かが……魔界のこの場所に入り込んで、人々を拉致らちする準備をしてたってことですよね?』

『そうなります』


 アルティノの答えが返って来る。


『「空間入れ替え」の魔術は、似たような空間を入れ替えるものです。実行するには町にある「ショッピングモール」と、魔界にある「ショッピングモール」の両方に魔術具を設置する必要があります』

『今回の事件をしかけた連中は、このショッピングモールに入ってたことがあるってことですね』

『はい。ランクC+の魔界に入ることができる実力者です。その者はおそらくは「ディープ・マギウス」に関わっています。安全のためにも、結界を解除したら急いで外へ──』



 ぶつっ。



『アルティノさん!?』

『────さま!? ──ですか!? どう──ください。復旧を──』


 通信が弱くなってる!?

 上を見ると『カメラ妖精』が、ふらついてる。

 飛び上がって……落ちかけて、体勢を立て直す。そんなことを繰り返してる。


 なにがあった?

 通信を確保するのは最重要事項だから、途切れにくい魔術が使われているはずだ。

 それが……切れたのか?


「結界を解除しました!」


 蛍火の声が聞こえた。

 俺たちと人々を隔てていた壁が、消えていく。

 俺は『結界柱』を拾い上げた。

 一本くらいなら収納スキルに入れられる。念のため回収しておこう。


「すぐに脱出しましょう。八重垣織姫やえがきおりひめさまの使い魔が前後を守ってくれます。あせらず、ゆっくりと行動してください!」


 蛍火は交通誘導するみたいに杖を振ってる。

 彼女と八重垣織姫の存在が、みんなを安心させてるようだ。

 やっぱりすごいな。異能者は。


 と、思っていたら──


「あ、あの……トキさん」


 みのり先輩が、俺の側に来ていた。

 ……いや、今の俺は仮面に黒いローブをつけてるんだけど。

 両手はかぎ爪で、背中には変な羽が生えてるし。

 先輩、よく近づく気になるなぁ。


「あ、ありがとう。トキさんは私の、一番のしです!」

「イーザン」

「あ、あのあの。握手してもいいですか?」


 俺はうなずいて、かぎ爪のついた手を伸ばす。

 そうして俺たちは、軽い握手を交わした。

 みのり先輩は動揺のあまり俺の手首を掴んだりしてたけど。それでも、満足したみたいだ。


「脱出、します」

「トキさんがしゃべった!?」

「最近、覚醒かくせいした」

「そ、そそそそそっ、そうなの!?」

「話はあと。逃げます」

「は、はい。どこまでもついていきますとも!」


 いや、俺についてくるんじゃなくて、他の人と一緒に逃げてね。うん。そうそう。『阿吽あうん』の黒い方の後ろについて。八重垣織姫が最後尾で人々を守ってくれるからね。


「……マスター。通信の、こと」


 俺は隣にいる蛍火に声をかけた。

 蛍火はうなずいて、


「わかっています。通信妨害が入っているのですよね」

「こんなこと、ある?」

「ありえません。わたしたちが使っている通信魔術は、高位の異能者が作ったものです。妨害できるはずがないのですが……」

「とにかく、急いで、脱出すべき」

「はい。それがいいと思います」


 そうして、俺たちは人々と共に出発した。

 人々のまわりを赤い鳥が飛び回ってる。八重垣織姫が呼びだした使い魔だ。

 炎の力で人々を守るらしい。


 俺と蛍火は迎撃部隊。

 魔物が現れたら、足止めするのが仕事だ。


「進行方向に敵はいません! 落ち着いて進んでください!」


 蛍火が人々に向かって叫んだ。

 人質になっていた人々は、今のところ落ち着いてる。


 というか、呆然としているように見える。無理もない。

 ここは普通の人たちが足を踏み入れることのない魔界だ。右も左も……そもそも、どうやって生き残ればいいのかもわからないはず。だから知っている存在──蛍火や八重垣織姫に従ってくれてるんだろう。



『『わぅわぅ、わぅん!!』』



 不意に、前方を進んでいた『阿吽あうん』が、吠えた。

 即座に俺は身体強化して『阿吽』の前に出る。


 通路の壁際に、影が見えた。

 魔物かと思ったけど、違う。人間だ。


 通路の壁に寄りかかって、ぐったりと座り込んでいる。

 着ているのは浄衣じょうえだ……というか、あの人は。


七柄ななつかさん?」

「………………うあ、あ」


 うつろな目が、俺を見た。


 おかしい。七柄さんは六曜ろくようを追って地下に向かったはずだ。

 なのに六曜の姿は見えない。

 それに、どうしてこんなに……ボロボロなんだ?


 六曜の説得に失敗して、俺たちを追いかけてきたんだろうか?

 でも、それにしては妙だ。

 通路にいた魔物たちは全滅させた。七柄さんの行く手を遮るものはいないはず。


 じゃあ、この人は一体……誰と戦ったんだ?

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