第39話「人質救出作戦を実行する(5)」

 ──『ポラリス』の配信動画では──




『非常事態のため、梨亜リアさまたちには攻略に集中していただきます。

 解説は私、「ポラリス」のレーナ=アルティノが行います』



『ポラリス』が配信する動画内に、レーナの声が流れる。

 画面に映っているのは、魔界化したショッピングモールだ。

 通路を2頭の犬と、ブラッド=トキシン、梨亜リア織姫おりひめが走っている。



『先頭を進むのは八重垣織姫やえがきおりひめさまの使い魔「阿吽あうん」。

 その後ろにいるのは梨亜さまの使い魔のブラッド=トキシンです。

 中央には「ポラリス」の梨亜さま。

 後方を守るのは「神那かんな」の八重垣織姫さまです。


 あの方々は魔界にとらわれた人たちを救うため、「魔界ショッピングモール」を進んでおります。

 応援をよろしくお願いします。視聴者の皆さまの視線と応援が力になります!』



〈〈〈うおおおおおおおおおおっ!!〉〉〉



 コメントらんが歓声であふれた。



〈Bランクの『神那かんな』とCランクの『ポラリス』の共同作戦、だと!?〉

超豪華ちょうごうかメンバーじゃねぇか!!〉

〈非常時なのはわかる。でも、これはすごい……〉

〈トキさんと『阿吽あうん』のコラボって初では!?〉

〈りあちゃんがんばれー!〉



 画面には『ショッピングモール』の通路が映っている。

 記録によると、かつて、ここには巨大な吹き抜けがあった。吹き抜けを取り囲むように通路があり、その横に店舗てんぽが並んでいたはずだ。


 今は違う。

 通路は変形して、異形の螺旋らせんと化している。

 その螺旋をめぐるように、梨亜たちは上をめざしているのだった。



『先頭の「阿吽」は人のにおいと、魔物の気配を感知してくれています。

 八重垣織姫さまのご協力に感謝です。

 これでお嬢さま──いえ、梨亜さまも安全に──』



 レーナが言いかけたとき、画面に変化があった。

 中央の巨大な吹き抜け──そこから、黒い影が降りてくる。

 翼とかぎ爪を備えたその姿は──



〈C級の魔物『ガーゴイル』か!?〉

〈織姫さまの使い魔が反応してる〉

〈でも、空中じゃどうしようもなくね? 梨亜さまの魔術で──〉



 ごすっ!


『…………ギィアゥアアアアアアア…………ァ!』



〈〈〈……は?〉〉〉



 一瞬のできごとだった。

 鉄パイプで翼をへし折られた『ガーゴイル』が落下していく。

 数秒遅れて、魔物が地上に激突する音と、断末魔だんまつまの叫びが響き渡る。


『……イーザン!』

『あ、はい。トキさんの「エルサゥア流護身術ごしんじゅつ」で「竜墜撃りゅうついげき」というそうです。護身術です。あくまでも、護身術だそうです!』



〈〈〈あんな護身術があってたまるか!!〉〉〉



 コメントが突っ込みの嵐になった。



〈トキさん、今なにした!? 見えなかったんだけど!!〉

〈待て待て、早戻ししてみる〉

〈えっと……犬がえた瞬間に地面を蹴って、『ガーゴイル』の背中に飛び乗ってる。そのまま鉄パイプで数回殴ってたみたいだけど〉

〈あんなアクロバティックな護身術があるか!〉

〈トキさんはどんな修羅しゅらの国から来たんだよ……〉

〈トキさんすごーい!〉



 視聴者たちが議論している間にも、梨亜たちは先に進んでいく。


 通路の先に、おもちゃ売り場の看板が現れる。

 店頭には子どもたちを描いたイラストがある。

 おそらく、十数年前は子どもたちが笑い合っているものだったのだろう。


 今は塗料がげて、子どもたちの目は空白に、口は三日月型に裂けている。それはまるで、虚無きょむを見た子どもが、おたがいをあざけっているかのよう。


 店先にいるのは、ぬいぐるみの集合体だった。

 身体はボロボロで目も口も失われている。

 それらが寄り集まり、巨大な人型を形作っている。


 それは、ぬいぐるみで構成されたゴーレムだった。


『「玩具がんぐゴーレム」……東洋魔術では「集合型付喪神しゅうごうがたつくもがみ」、西洋魔術界では「集団化騒霊マス・ポルターガイスト」と呼ばれるものです。

 ぬいぐるみのひとつひとつが鋭利えいりな武器を持っています!

 みなさま、お気をつけて!!』



〈ぬいぐるみが武器を持って襲ってくるって……悪夢じゃねぇか!!〉

〈こんなところに一般人がいるのか……〉

〈はやくたすけてあげて。りあちゃん。おりひめちゃん!〉



「──織姫さま。ご協力をお願いします」

「──了解だよ。蛍火さんは全体攻撃と個別攻撃、どっちがいい?」

「──個別の方が得意です。ぬいぐるみ一体一体を狙撃そげきすることもできます」

「──わかった。ボクは奴らを切りくずすよ!」



 八重垣織姫が文字が書かれた紙を取り出す。

 レーナが解説する。

 あれは呪符じゅふ。霊力を込めて術を発動させるものです、と。


「八重垣織姫の名のもとに、使い魔『阿吽』に火神カグツチの加護を。浄化の炎によりて、我が敵を打ち払え!!」

『『ごぅ!!』』


 直後、『阿吽あうん』の身体が炎に包まれる。

 八重垣織姫が術で生み出した炎だ。『阿吽』そのものを焼くことはない。

 彼女の霊力を帯びた炎は、魔物に対して強烈な攻撃力をもっているのだ。


『『ごぉォォオオオオオオオオオ!!』』


 浄化の炎に包まれた『阿吽』の身体が『玩具ゴーレム』に激突した。


『ルゥオオオオオオオオオオオ!』

〈〈〈おおおおおおっ!!〉〉〉


『玩具ゴーレム』に火炎が燃え移る。炎に巻かれたゴーレムが絶叫する。

 その姿に、視聴者は歓声を上げる。


 だが、『玩具ゴーレム』は歩みを止めない。

 浄化の火炎に焼かれながら、梨亜たちに向かって進み続ける。


『やはり、ランクC+の魔物は一筋縄ではいかないようです。でも、大丈夫。梨亜さまによる追撃が……って、ちょっと、トキさん!!』

「イーザン!!」


 ブラッド=トキシンが『玩具ゴーレム』に向かっていく。

 彼は身体を回転させながら、『玩具ゴーレム』に鉄パイプを叩きつける。



『え? 「エルサゥア護身術・円竜砕えんりゅうさい』……だそうです!!』

『グルゥゥォオオオオオオォ!!』



 ばんっ!



『玩具ゴーレム』が、震えた。

阿吽あうん』の突撃にも耐えた身体が、後ずさる。浮き上がる。吹き飛ぶ。

 壁に叩きつけられた『玩具ゴーレム』の結合が解けて、無数のぬいぐるみへと分解する。


「マスター! とどめを!!」

「は、はい。いきます! 『火炎弾ファイア・ブリッド』!!」



 ずどどどどどどどっ!!



 梨亜の杖から、大量の火炎弾が発射された。

 それらは複雑な軌道を描きながら、ぬいぐるみたちを撃ち抜いていく。

 無駄弾はひとつもない。梨亜の火炎弾は的確に、ぬいぐるみの胴体をひとつひとつ貫き、その四肢ししをバラバラにしていく。


『『『ルオォォォォォォッ…………』』』


 焼け焦げたぬいぐるみたちが、床に崩れ落ちる。

 残骸ざんがいの中から現れたのは、大量のコア。

 それをブラッド=トキシンが回収し、梨亜に手渡す。


「あ、ありがとうございます。トキさん」

「……イーザン」

「え? 早く先に進もう。ですか? そ、そうですね」

「あの。トキくん。ボクにも頼っていいんだよ。無茶しないでね! がんばりすぎないでね!?」

「……いいから、先に進む」

「う、うん。わかったよ。急がないとね!」


 梨亜と織姫がうなずくと、再びブラッド=トキシンは走り出す。

 相変わらず先頭を走るのは『阿吽』だ。ブラッド=トキシンはその真後ろについている。『阿吽』の尻尾と、鉄パイプが触れそうな距離だった。

 まるで『阿吽』を追い越すのを、ぎりぎりで我慢しているかのようだ。



〈おい。もしかしてトキさん、怒ってないか?〉

〈仮面のせいで表情はわからないけど……ああ。間違いない〉

〈まじでトキさん。激怒げきどしてる〉

〈『正義の魔術姫』の使い魔は、人を魔界に閉じ込めるような奴らを許さないのか〉

〈りあちゃんよりもおこってるよね?〉

〈犯人も馬鹿なことをしたもんだ。トキさんを本気で怒らせるとはな……〉



 梨亜たちの進撃は続く。


 服飾店から現れる、服をまとったゴーストを退けて (『阿吽』がみついて、ブラッド=トキシンが強化型鉄パイプで叩き潰した)。

 レコードショップから流れる、呪詛じゅそのこもった音楽を無効化して (梨亜が空気の流れを変化させて、ブラッド=トキシンが店の機材をボコボコにした)。

 襲い来る巨大なマスコットキャラクターを倒して (3人がかりでコアを引きずり出した)。


 ──そんな姿に興味を持った者たちが、『ポラリス』の動画にアクセスし始める。


 接続者数が増えるのを見ながら、レーナ=アルティノは思う。


(『ディープ・マギウス』の動画は、人の恐怖と警戒心を利用した『闇の動画』といえます。ならばお嬢さまと桐瀬きりせさまが作り出すのは、希望を宿した『光の動画』なのではないでしょうか……)


『ディープ・マギウス』は人の恐怖と警戒心を利用して、アクセスを集めている。


 今回の事件では、町中で普通に過ごしていた人々が魔界に転移させられた。

 それは、一般人には、防ぎようがないものだ。

 誰にでも起こりうる。そして、避ける手段はない。

 だからこそ人々は、事件に注目しているのだろう。


 ──そんな目にあった者がどうなるのか。

 ──どうやって脱出すればいいのか。

 ──魔界で生き延びることはできるのか。


 そんな恐怖と警戒心が、人々を『ディープ・マギウス』の動画に引き寄せている。


 それに対して梨亜たちの動画が映し出しているのは、希望だ。


 ──魔界に閉じ込められたとしても、異能者が助けてくれる。

 ──人質を見捨てたりしない。彼らを助けるために、命をける。

 ──異能は、そのために使う。


 そんな想いを、梨亜たちは行動で示している。

 それが視聴者を引きつけているのだ。


(先に『魔界化コア』を取りに行くやり方では、こうはいかなかったでしょう)


 六曜ろくようが言っていた『先に魔界化コアを手に入れて、「魔界ショッピングモール」を通常空間に戻す』というやり方は、間違ってはいない。


 けれど、六曜は人を見ていない。

 現に彼の動画では、人質のことは一切語られない。

 現れる魔物を、いかに自分が瞬殺しゅんさつしたか。どれだけ早く、『ショッピングモール』の地下を攻略しているか。まるで魔界攻略のタイムアタックでもしているかのように、意気揚々いきようようと語っている。


 彼の言葉は、人質の家族や友人、人質を心配する者たちには、無意味だ。

 だから、六曜の動画には人が集まらないのだろう。


(六曜さまは『撮影幽鬼さつえいゆうき』で動画を配信されていますが……視聴者を集めることができていません。このままでは……)


 視聴者を集めるのは、『視線の魔術』で魔界を弱体化させるためだ。

 たくさんの一般人に『見られる』ことによって、魔界の力は弱くなる。

 異能者が活動しやすくなる。


 一般人の『常識』が、異能者を助けてくれるのだ。

 だから、異能者と一般人は、もちつもたれつの関係でもある。


 ──異能者は世界を通常空間に戻そうする。

 ──一般人は彼らの『視線』によって、異能者を助けてくれる。


 どちらが欠けても『攻略配信』は成功しないのだ。

 どうして六曜には、それがわからないのだろう。


 レーナも六曜を止めたい。けれど、連絡手段がない。

 動画にコメントを入れてはいるが、彼は魔界の深いところにいる。

 対魔界の呪術がほどこされたスマホであっても、機能しないだろう。

 せめて、途中で引き返してくれればいいのだが……。



「たどりつきました! レーナ。ここがフードコートです!!」

「人質の人たちを見つけた! 全員無事だよ!」



 ──そう思った瞬間、梨亜と織姫の報告が入る。


 レーナは意識を切り替える。

 今は、人質を助けるのが先。そう思い、『カメラ妖精』の操作に集中する。


 画面には、フードコートが映っていた。

 10年間放置された場所だ。魔界化して、すでに原型をとどめていない。

 地面には椅子とテーブルが積み上がり、奇怪なオブジェと化している。店の残骸が融合して、看板が不思議な文字列を作っている。10店舗分が融合した注文カウンターが天井まで伸びている。その上に並んでいるのは、奇妙に変形した食品サンプルだ。


 その向こうに、人々の姿があった。

『物体入れ替え』の魔術で魔界に飛ばされた人々だ。


 結界の壁は、まだ、残っていた。

 人々は梨亜たちに気づいたのか、顔を上げる。瞳を輝かせて、彼女たちを見る。


「梨亜=蛍火=ノーザンライトとブラッド=トキシン。それに八重垣織姫さまです。皆さんを、救助に来ました!!」

「待たせてごめんね! すぐにここから出してあげるからね!」

「イーザン!」


 梨亜たちが、閉じ込められた人々に駆け寄る。

 そして、動画のコメント欄が、大歓声だいかんせいであふれたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る