第38話「人質救出作戦を実行する(4)」

 ──魔界化ショッピングモール 地下1階への通路──




「待ちなさい! 六曜ろくよう!!」


 背後から聞こえた声に、六曜は足を止めた。

 七柄ななつかはいつまでもついてくる。

 戦わなければ、彼女をまくのは不可能だ。


 だが、六曜と七柄の実力は拮抗きっこうしている。

 戦いで力を出し尽くせば、魔界を攻略する力を失ってしまう。

 それは得策ではないと判断して、六曜は振り返る。


織姫おりひめさまの側にいかなくていいのか? 七柄」

「あなたを連れ戻せとの、織姫さまの命令です」

「聞く必要はない。私はご当主の意思で動いている」

「あなたはご当主の指示をねじ曲げて解釈かいしゃくしています」


 七柄は錫杖しゃくじょうを手に、告げた。


「ご当主──八重垣やえがき葛葉くずはさまがおっしゃったのは『魔界化コアを取得し、八重垣家の名を高めよ』です。コアを独占しろなどとはおっしゃっていません!」

「同じことだ。この六曜がコアを手に入れれば、八重垣家の名は高まる」

「あなたでは、ここの魔物には勝てませんよ」

「……なんだと」


 六曜は怒りの形相ぎょうそうで、七柄をにらみつける。

 感情に呼応するように、氷をまとった小さな鳥が現れる。六曜の式神しきがみだ。

 それを周囲に漂わせながら、六曜は、


「私はBランクの異能者だ。その私が、ランクC+にいる魔物に勝てないだと!?」

「私たちがBランクでいられるのは、織姫さまの力があってこそなのです。わかりませんか?」


 七柄はため息をついた。


「八重垣家が選んだのは織姫さまなのです。力があったから、あの方は八重垣の次期当主に任命された。織姫さまも結果を出してこられた。私たちはそれについてきただけ。Bランクの力を持つのは、私たちではないのです」

「……だまれ」

「私たちだけでは、魔界で生き残ることはできません。それを認めるのです! 六曜!!」

「…………だまれ」

「今ならまだ間に合います。私も一緒に謝りますから、だから織姫さまの元へ──」

「黙れと言っているのだ!! 七柄ななつか!!」


 地下に、叫び声が響き渡った。


「負け犬の言葉など聞く耳持たぬ! 六曜の血筋の者が、織姫のような孤児こじひざを屈するなどできるものか!!」

「六曜!!」

「織姫は『魔術災害』で両親を亡くした孤児こじだ! どうして私が、そんな人間の下につかなければいけない!!」

「私たちは魔界を駆逐くちくするために戦っているのですよ!?」

「違うな! 一般人にびるためだろう!?」


 六曜はせせら笑う。


「『魔術災害』を起こした責任を取る? 魔界を元の世界に戻すところを見せて、理解してもらう? ばかばかしい。異能者どもは、一般人を恐れているだけではないか!」

「……六曜」

「一般人は数が多い。彼らが敵に回ったら、異能者は勝てない。だから『攻略配信』などで一般人にびる! 一般人の機嫌を損ねないように、異能を公開しながら戦っているわけだ。馬鹿馬鹿しいことにな!!」

「六曜!! あなたはなにを考えているのですか!?」

「一般人に尻尾を振る連中になど、付き合っていられるか!!」


 そう言って六曜は、地下に向かって走り出す。


「私を理解してくれる者はいる。私は、そちらに行く。それだけだ」

「待ちなさい! 六曜!!」

「飼い主のもとへ帰れ、飼い犬!!」


 六曜の声に応じて、氷の塊が飛んでくる。

 足元で炸裂さくれつする氷に、思わず七柄は足を止める。

 その隙に六曜は地下に向かって走り出す。


 追いかけようとする七柄のまわりで、壁が動いた。

 魔界の侵食だ。


 高レベルの魔界は常に変化を繰り返している。

 それをとどめるのは、人の視線だ。

『ここはショッピングモール』だと知っている人々に『られる』ことで、魔界はその動きを止める。視聴者の意思によって、空間が現実側に引っ張られる。

 だが、今の七柄には配信の手段がない。


撮影幽鬼さつえいゆうき』は六曜が持っていった。

『ポラリス』の『カメラ妖精』は、蛍火たちと共にある。

 六曜に追いつけない以上、七柄は蛍火たちと合流するしかない。


「……あなたは、一般人を甘く見ていますよ。六曜」


 東洋魔術の名家に生まれた六曜には、一般人への差別意識がある。

 常に自分は上で、他人を支配する立場にあると思っているのだろう。

 だが──


「あなたが織姫さまを超えられない理由も、そこにあるのです。それを思い知ってからでは遅いのですよ……?」


 幼馴染みの暴走を止められなかった自分は、結局、無能なのだろう。

 そんな思いをかみしめながら、七柄はきびすを返した。


 上層に向かった織姫たちと、合流するために。






 ──そのころ──




 転移事件のニュースは、一般人の間にも広まりはじめていた。


 ネットやSNSは、情報を拡散かくさんする力がある。


 高位の異能者なら言うだろう。

『ネットやSNSとは、人の好奇心や恐怖心を利用して注目を集める、魔術のようなものである』

 ──と。


 だから『ディープ・マギウス』の動画のアドレスは広まっていく。

 人質の安否を確認するには『ディープ・マギウス』にアクセスするのが一番早いからだ。見知らぬサイトを警戒する者もいたが、徐々にアクセス数は増えていく。

 結界のアイテムに興味を持ち、実際に購入する者も現れる。


 そうして『ディープ・マギウス』が、人々の注目を集め始めたとき──



『梨亜=蛍火=ノーザンライトと八重垣織姫、人質の救出活動を開始します!』



 まるで『ディープ・マギウス』の『人々の注目を集める魔術』に対抗するように──魔術結社『ポラリス』のSNSに『魔界攻略配信』動画のアドレスが公開されたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る