第37話「人質救出作戦を実行する(3)」

「なにするんだよ! 六曜ろくよう!!」


 八重垣織姫やえがきおりひめが叫んだ。


「ボクたちが争う理由なんてない! 『ポラリス』の人たちは魔界化コアを『神那かんな』にくれるって言ったじゃないか! なにが不満なんだよ!?」

「当主さまは、魔界化コアをゆずり受けろとは言っていない!」


 六曜は『撮影幽鬼さつえいゆうき』の呪符じゅふを握ったまま、八重垣織姫から離れた。

 彼は怒りのこもった目で、八重垣織姫をにらみつけている。


「誇り高き東洋魔術師である我々が、視聴者の前で、『ポラリス』に『魔界化コア』を恵んでもらえというのですか!? そんなみっともない姿をさらせと!?」

「どうでもいいよそんなの! 今は人質救出の方が大切でしょ!?」

「あなたの考えは現当主さまに背くものだ! そんなあなたに従う理由はない! 私は、別行動を取らせていただく!」


 言い捨てて、男性──六曜は地下に向かって歩き出す。

 魔界の侵食が強いのは地下だ。

 彼は、コアがそっちにあると思ったんだろう。

 だけど──


「約束は、守るべき」


 気づくと、俺は六曜の前に立ちふさがっていた。

 妙な感じがしたからだ。


 こいつは、『魔界化コア』にこだわりすぎる。

 いくら当主の命令だからって、ひとりでコアを取りに行くのは無茶だ。


 今、優先しなきゃいけないのは人命救助だ。

 六曜は八重垣織姫の補佐役なんだから、かなりの力があるんだろう。

 その彼がパーティから外れるたら、先輩たちを助けに行くのが遅くなる。


「自分たちは、人を助ける。そのために、ここに来たはず」

「……ちっ」

「『魔界化コア』は取ればいい。でも、今じゃなくて、いい」

「さがれ使い魔。人がましい口を利くな!」

「地下にコアがあると、確信してる理由は、なんだ? お前は、ここにはじめてきたはず」

「……調子に乗るなよ。使い魔風情ふぜいが」


 六曜が錫杖しゃくじょうを手に取った。


「どこから来た化け物かは知らないが、貴様など──」

「あなたの『威圧いあつ』は、効かない」


 俺は言った。

 六曜の肩が震えた。奴は目を見開いて、俺を見た。


「あんたの術は、効かない。人質を放って地下に行くなら、理由を聞かせろ。どうして、地下にコアがあると、確信してる? もしかして、あんたは、この場所に詳しいのか?」

「お前は……いや、君は……」

「自分は、ブラッド=トキシン。マスターの使い魔」


 六曜が情報を持っているなら、聞き出す必要がある。

 この場所に詳しいなら、人質の居場所も知っているかもしれない。

 時間短縮のためにも聞き出しておきたい。


「……『魔界化コア』は、地下にあると聞いている」


 しばらくして六曜は、かすれる声で言った。


「情報屋から聞いた。人質は上の階にいる。不確定情報だがな。私はご当主の命令を果たすため、地下に向かう」


 そう言って六曜は走り出した。


「六曜! 待ちなさい。六曜!」

「六曜は私が連れ戻します」


 答えたのは七柄ななつかだった。


「織姫さまは『ポラリス』の方々と人質救出に向かってください」

「いいの? 七柄ななつか

「私は織姫さまのお義母上ははうえの部下ですが……織姫さまの部下でもあるのです。あなたさまの害になることはいたしません。信じてください」

「わかった。ボクたちは人質のところに向かうよ」

「織姫さま。口調を」

「……織姫たちは『ポラリス』の皆さんと協力して、人質の救出を行います」

「それでよろしいのです」


 七柄は、穏やかな笑みを浮かべた。

 彼女が表情を変えるところを見るのは、はじめてだった。


「では、失礼いたします」


 そうして七柄は、地下に向かって走っていった。

 それを見送ってから、八重垣織姫は、


「ご迷惑をおかけしました。お詫びします」


 俺と蛍火に向けて、深々と頭を下げた。


「この失態は、皆さまのお役に立つことでつぐないたいと思っております。どうか、織姫と『阿吽あうん』を、自由にお使いください」

『『わぅわぅわぅ!』』


 同意するように、白と黒の犬たちが吠える。


「組織内のトラブルはよくあることです。気にしないでください」

「ありがとうございます」

「みんながわたしとトキさんのように、心をひとつにしているわけじゃないですからね!」


 いや、なんで俺の方を見るんだよ。蛍火。

 さっき八重垣織姫と話をしてたことを気にしてるの?


「みんながわたしとトキさんのように、心をひとつにしているわけじゃないですからね。ね。トキさん」

「……イーザンイーザン (はいはい)」


 とりあえず、うなずいておいた。

 俺は蛍火の使い魔だからな。マスターの意思は尊重しよう。


 それに、八重垣織姫を責めるつもりもない。

 彼女は『ポラリス』に協力すると誓ってくれた。それで十分だ。


 それから俺たちは、再び隊列を整えた。

 先頭は白犬と黒犬の『阿吽あうん』。その後ろに俺、ブラッド=トキシン。

 隊列の中央には魔術使いの蛍火。

 後衛に、小太刀を手にした八重垣織姫が続く。


 そして、アルティノが操る『カメラ妖精』が動き出し、撮影と配信が始まった。


「行きましょう。皆さん」

「イーザン!」

「八重垣織姫。参ります!」

『『『わぅわぅわぅわぅ!!』』』


 そうして俺たちは、『魔界ショッピングモール』の上層へと、足を踏み入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る