第36話「人質救出作戦を実行する(2)」
「『
八重垣織姫が
勾玉は二対。白と黒。
彼女の声に応じて、
それが八重垣織姫の魔力と入り交じり、獣の姿になっていく。
やがて俺たちの前に、白と黒の巨大な犬が姿を現した。
「白犬が『
『わぅわぅ』『わぅ』
『阿吽』の体長は2メートル以上。口には巨大な牙が並んでる。
でも、目はつぶらで愛らしい。
呼ばれたのがうれしいのか、『阿吽』は八重垣織姫に身体をこすりつけてる。
「ボクとこの子たちを、自由にお使いください。『ポラリス』の皆さん」
「お言葉に甘えます。では、犬さんたちは魔物の警戒にあたってください」
「レーナが『魔界ショッピングモール』までの
「承知しました」
蛍火の提案に、八重垣織姫がうなずく。
「わたくしはバックアップに回ります。皆さま……くれぐれもお気をつけて」
アルティノは心配そうな顔で、車に戻る。
『
『ポラリス』は『神那』に、魔界化コアの所有権を渡すと約束している。
『
「それでは出発しましょう。皆さん!」
蛍火の合図で、俺たちは魔界の町を進み始めたのだった。
魔界化した町は、静かだった。
ここがもう人間の住む世界じゃないことが、よくわかる。
目の前に広がっているのは、4車線の道路。
昔は人通りの多い場所だったんだろう。
今は信号機も消えて、まわりには放置された自動車が並んでる。
アスファルトはところどころ裂けて、白いもやが噴き出している。
地面も平らじゃない。
建物ごと盛り上がり、謎の
丘陵地帯の向こうに見えるのは、大量の人影。
角が生えた、緑色の生物だ。
名前は『ゴブリンモドキ』。魔界で独自の生態系を作っている魔物らしい。
『わぅ』『わぅわぅ』
もちろん、奴らの存在はとっくに『
俺たちは交戦を避けて、
「……ブラッド=トキシンさんと一緒に仕事ができて、うれしいな」
隣を進む八重垣織姫が、ふと、そんなことを言った。
「君は
「イーザン (そうです)」
「君のいた場所も、こんな世界だったのかな?」
八重垣織姫の問いに、俺は首をかしげてみた。
……そういえば、どこから来た使い魔か決めてなかったな。
「そうか。別の場所から来た君に、『こんな世界』と言ってもわからないよね」
「イーザン (そう。そんな感じ)」
「この町もね、昔は人が住んでいたんだ。でも『魔術災害』が起きてから、あっという間に異形の生き物が支配する場所になっちゃった。人が長い時間をかけて町を作ってきたのに、魔物の住処になるまで1年もかからなかったんだ」
八重垣織姫の言葉に、俺はうなずき返す。
彼女は続ける。
「『人が住まなくなった家は、すぐに荒れ果ててしまう』という話があるよね? あれは無人になった家はメンテナンスしなくなるから荒れる、という意味だと言われていたけど、本当は違うんだ。人が住むことで、土地や建物に『ここは家である』という
「知って、ます」
「あ、ブラッド=トキシンさんはしゃべれるんだっけ」
「最近、
「すごいや。ボクは、もっと君とお話がしたいんだけど……」
八重垣織姫は口ごもる。
俺たちの後ろで、六曜と七柄がこっちを見てる。
六曜は苦々しい顔だ。
七柄は相変わらずの無表情だけれど、腰の太刀に手をかけてる。
俺を警戒しているみたいだ。
「あのね。これは
「はい?」
「人が住むことで、土地や建物に『家である』という
「じゅそを、解除?」
「そう。自然しかなかった場所に、人間が長い時間をかけて『町』という呪詛をかけた。それを『魔術災害』が解除してしまった。そうして、自然でも町でもない場所はどこでもない場所──魔界になってしまった。そう考えるとしっくりくるんだ」
「……わかる、気が、する」
「そうなの?」
「なんとなく、だけど」
俺の『属性付与』能力も似たようなものだ。
異世界で武器をエンチャントしてるときは『お前には
あれが呪いというなら、そうなんだろう。
家とか町とかは、それの拡大バージョンって感じか。
「わかってくれてうれしいよ。ありがとう」
八重垣織姫は目を輝かせてる。
「お礼に、今度なにかごちそうしたいな。なにがいい?」
「ハンバーガー、とか」
「…………え?」
目を丸くする八重垣織姫。
「君、どうしてボクの好物を知ってるの……?」
「間もなく到着します。戦闘準備をしてください」
不意に、蛍火が声をあげた。
路地の向こうに、ショッピングモールの看板が見えた。
駐車場には放置された自動車が停まっている。
普通に停まっているものもあれば、横になっていたり、上下逆になったりしているものもある。
隊列の前方で『
その声を聞いた八重垣織姫が答える。
『駐車場に魔物はいません。このまま突入できます』と。
俺は八重垣織姫に一礼してから、蛍火の隣に移動する。
戦闘に入るなら、俺の居場所はここだ。
「……トキさん」
「イーザン (はいはい)?」
「八重垣さまと、仲良くお話をされていたようですね?」
「情報交換、です」
「それにしては楽しそうでしたけど」
「勉強になる話、だった、から」
「そうですか、よかったですね」
「……どうか、しました?」
「なんでもありません。なんでもありません。なんでもない……と、思います」
蛍火は胸に手を当てて、そんなことを言った。
それからしばらくは、無言だった。
俺たちは魔物に見つからないように、放置車両の間を通り抜ける。
敵は2頭の『阿吽』が探知してくれる。
それを信じて、俺たちはショッピングモールの入り口へ。
巨大なショッピングモールなのに、開いている入り口はひとつだけ。
他はすべて、ガレキの下になっている。
ダンジョン化した建物はだいたいそうだ。
まるで
それでも……入れる場所がここしかないなら、踏み込むしかない。
「…………やはり、かなり侵食されていますね」
「ランク
蛍火の言葉に、八重垣織姫が応える。
ショッピングモールの床も壁も、青白い結晶体に覆われている。
結晶体には血管のような線があり、それが膨らんだり、縮んだりしてる。
まるで、
入り口を入ると、結晶体に囲まれた通路に出た。
道は、上下に分かれていた。
正面にはゲーブルや機械がむき出しになったエスカレーターがある。
別の場所に置かれていたのを、むりやり移動させたような感じだ。
エスカレーターは、上方向に続いている。
もうひとつは、地下に通じる坂道だ。
フロアの床に大穴があり、結晶体の斜面が続いている。
その先は青白い光があるだけ。まったくの異空間のようだ。
「──レーナ。『カメラ妖精』の準備をしてください」
蛍火が、耳につけた魔術具に語りかける。
蛍火の頭上で、『カメラ妖精』が動き出す。
アルティノが操作しているものだ。的確に動いて、全員が入る位置へと移動する。
「こっちも『
続いて、八重垣織姫が小さな紙を取り出す。
紙には『
八重垣織姫は呪文を唱え、紙を投げ上げようとする。
その手を──側に控えていた男性、六曜がつかんだ。
「『
「六曜!?」
「当主さまの命令は『魔界化コアを最優先で入手せよ』です。私はそれに従います」
そう言って六曜は、『撮影幽鬼』の
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