第30話「買い物に出かける(2)」
──
「このメーカーの食器はとても
「
「そ、それでは下着を一緒に選ぶことにいたしましょう。まずは桐瀬さんの下着を選んで、それから……わたしの下着を一緒に……。心の準備がありますので少々お待ちください……え? 下着は別々に買う、ですか。は、はぁ。桐瀬さんがそれをお望みなら……」
魔術結社『ポラリス』の
というか、値札を気にせずに商品を買ったのははじめてだ。
食器は
寝間着はすぐに選べた。蛍火が『わたしも試してみます』といってLLサイズのTシャツを買ってたけど。どう考えてもぶかぶかだった。試着したのを見せられたからわかる。
下着は俺が自分の分を買って、蛍火にレシートを渡した。あとで精算するそうだ。
レシートを確認した蛍火は、不満そうだった。
『福利厚生なんだからもっといいものを』と言ってた。
あんまり高級品だと落ち着かないといったら、納得してくれたけど。
おたがいを知るという目的は、それなりに果たせたと思う。
蛍火についてわかったことは「
あと、表情がくるくる変わる。
食器を選ぶときは、目をきらきらさせてたし、寝間着を選ぶときは腕組みして、真剣に悩んでいた。下着を買うときは真っ赤になって、俺を女性下着売り場に引っ張って行こうとしてた。
見てて飽きない。
「桐瀬さん、聞いてもいいですか?」
そんなことを考えていると、ふと、蛍火が言った。
「異世界から戻ったあと、体調の変化などはありますか?」
「体調の変化、ですか?」
「はい。たとえば……7年間、異世界の飲食物を口にされていたせいで、味覚が変わってたり、ですね。肉体的な変化がないのはわかりますが、感覚が、こちらの世界と合わなくなっていたりということがあるかもしれません」
蛍火は心配そうな口調で、
「そういうときはおっしゃってくださいね。魔術的なケアができるかもしれません」
「ありがとうございます。別に今のところは……」
言いかけて、ふと、気づいた。
「異世界にいたときに気づいたことでもいいですか?」
「は、はい。どのようなことですか?」
「
「耳鳴り、ですか?」
「異世界にいたとき、ある魔法に反応して、耳鳴りが起きるようになったんです」
たぶん、異世界召喚された影響だと思う。
あっちの世界で、時々、鈴の音のような耳鳴りがするようになったんだ。
異世界では相談する相手がいなかった。
健康管理をしてくれる医師はいたけど、耳鳴りの話をしても聞き流された。
そりゃそうだ。あっちの世界は
毎日のように人が死んでるときに耳鳴りを
だから自分で調べてみた。
そうしたら、俺の耳鳴りには規則性があることがわかったんだ。
「──と、いうことです」
俺は蛍火に説明した。
話を聞いた蛍火は、興味深そうに、
「お話はわかりました。それで、耳鳴りを起こす原因というのは?」
「近くで
「世界を渡るですか?」
「それもあります。こっちの世界に戻されるときも耳鳴りがしてましたから。あとは、邪竜族が転移魔術で攻め込んできたときにも、耳鳴りがしていました」
「こちらの世界に来てからは、どうですか?」
「魔界に入るときに耳鳴りがすることがあります。すぐに消えますけど」
「…………なるほど」
蛍火は少し、考え込むようなしぐさをした。
しばらくして彼女は、顔を上げて、
「おそらく桐瀬さんは、空間の
そんなことを、言った。
「よくありますよね。気圧が大きく変化すると、耳鳴りや頭痛を起こす人って」
「あ、確かに」
「あれは気圧の変化に、身体が反応しているわけです。そして、桐瀬さんは異世界に召喚されたことで、
「それが耳鳴りという症状になったってことですか?」
「桐瀬さんの魂は、時空の
「……そういうこと、ですか」
「魔界も、この現実世界とは少し別の空間です。だから桐瀬さまの魂が反応しているのだと思います。ですが、この世界で暮らしていれば、いずれ症状は治まると思います。魂の警戒信号みたいなものなのですから」
「ありがとうございます。すっきりしました」
……すごいな、蛍火は。
耳鳴りの正体を、あっさりと解明してしまった。
説明もすごくわかりやすい。
異世界に召喚された影響で、魂が空間の歪みに反応するようになって、それが耳鳴りとして現れている、って。
なんというか、すとん、と、飲み込める。
俺は7年間異世界にいた。
けれど、こっちの世界では7日間しか経っていなかった。
つまり俺は、空間の歪みだけじゃなくて、時間の歪みにさらされてる。
そんな経験をしたら、魂がストレスを感じるのも当然。
だから、それが耳鳴りとしてあらわれてる……ってことか。
相談してよかった。
蛍火がいなかったら、耳鳴りの正体はわからないままだった。
本当にすごいな。蛍火は。
「あ、あのあの。桐瀬さま!?」
「ありがとうございます。おかげで、すっきりしました」
「いえ、そんな。見つめられると緊張してしまうので……あの」
「相談に乗ってもらったお礼に、おごらせてください」
……確か、1階に喫茶店があったはず。
そんなに高価くはないから、俺でもおごれると思うんだ。
「それでは、さきほどのフードコートに行きませんか?」
蛍火は、ぽん、と手を叩いた。
「わたし、フードコートってはじめてなんです」
「フードコートでいいんですか?」
「はい。桐瀬さんの先輩さんがいらっしゃいますけど……隅の方にいれば正体がばれることはないでしょう」
「わかりました」
……貴族のお嬢さまにおごるのにフードコートというのは、どうなんだろう。
本人がいいと言ってるんだからいいのか?
俺も今は『攻略配信』のおかげで多少は余裕があるし、もうちょっと高級なところに連れて行った方がいいんじゃないか……?
そんなことを考えながら、エスカレーターに乗っていると──
『…………りん。りりん』
──耳鳴りがした。
「──蛍火さん!」
「は、はい! なんでしょうか!?」
「空間の歪みや魔物を探知する魔術ってありますか!?」
「あ、あります!」
「町中で使っても大丈夫ですか?」
「探知魔術なら問題ありません。周囲に影響を与えませんし、緊急時なら、緊急避難が適用されるはずです。でも……どうしたのですか?」
「耳鳴りがするんです」
俺の耳鳴りは空間の
でも、ここは市内のショッピングモールだ。魔界からはかなり離れている。
空間の歪みがあるわけがないんだけど……。
エスカレーターが3階に到着する。
すぐ目の前がフードコートだ。近づくと、耳鳴りが大きくなる。
でも……さっきは耳鳴りなんかしなかった。
ということは、さっきと違うところがあるはずだ。
フードコートの柱。並んだテーブルと椅子。店の前にあるメニュー表と
視線を走らせる。
観察は得意だ。異世界ではずっとアイテムを鑑定・観察して、属性付与してた。
だから、微妙な違いもわかるはず……。
「確かに、魔術が使われている形跡があります。場所は……」
「見つけました。たぶん、あれです」
俺はテーブルの下を指さした。
よく見ると、コインのようなものが置いてある。
誰かが硬貨を落としていったようにも見える。なかなか気づかなかったのはそれのせいだ。
だけど、硬貨にしては大きすぎる。形も平坦じゃない。中央に突起のようなものがある。
それが数個、フードコートの椅子の下に配置されていた。
「あれは……魔法陣を生み出すアイテムです!」
俺の後ろで、蛍火が声をあげた。
「ど、どうして!? 町中でマジックアイテムを利用した儀式魔術を行うなんて……」
「解除方法を教えてください!」
「あの円盤が魔法陣を作っているんです。排除してください!」
「わかりました!」
俺は走り出す──けど、人が多い。
土曜日の午後だからだ。フードコートは人であふれている。
コインが配置されているあたりは誰もいない。『故障につき使用禁止』の札があるからだ。
人が来ないようにして、誰かが魔術を発動しようとしている。
──間に合わない。
配置された円盤が、光を放つ。
耳鳴りが大きくなる。
円盤で囲まれた場所がゆらいで……まわりにあった椅子とテーブルが消えた。
代わりに出現したのは、長年放置されていたかのような、ぼろぼろの椅子とテーブル。
そして、異形の化け物が出現していた。
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次回、第31話は、週末くらいに更新する予定です。
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