第28話「幕間」

 ──市内のとある倉庫で──




「この馬鹿ども!! どうして『配信者ギルド』に目をつけられるようなことをしたのだ!?」


 ここは、間際市まぎわしの海の近くにある、倉庫街。

 かつては物流の集積地だったが、今は使われていない。

 魔界に近すぎるからだ。


 もちろん、魔界は封印の柱によって囲まれている。

 港まで魔物がやってくることはない。


 けれど、夜な夜な浮かび上がる青白い光を、人々は恐れた。

 そのため、この港は廃棄はいきされ、別の場所に港が作られたのだった。


 今は、通りかかる人もほとんどいない。

 まわりには、古ぼけた倉庫が並んでいるだけ。

 人目につきたくない者たちが集まるには、絶好の場所だった。


「お前たちにはいずれ活躍の場を与えると言った。なのに、どうして勝手に動いたのだ!!」


 倉庫の一角で、長身の青年が叫んでいた。

 着ているのは漆黒しっこくのジャケット。顔にはサングラスをつけている。

 髪はぼさぼさ──というより、意図的に乱れた状態で固めているように見えた。


 青年の前には、十数人の若者がいた。

 彼らは全員、気まずそうに目を伏せている。


「『魔界の近くに配達員デリバリー呼んでみた』だと? そんなくだらぬ動画を撮れと誰が指示した!?」

「で、でも、リーダー……」


 若者の一人が、前に出る。

 仲間に背中を押されながら、彼は、


「あいつらは、オレらの名をあげるために……」

「その機会は私が与えると言ったはずだ」

「オレらはチームなんですよね!? 異能者と、その仲間として、ネットで名をあげるために集められたんですよね!?」


 別の者が声をあげる。


 ここにいるのはEランク以下の異能者と、一般の若者たちだ。

 彼らは腕に、星のマークが入った腕章を着けている。

 それが、チームの証だった。



「──なのに、リーダーは準備をするばっかりだ!」

「──他の異能者にめられてばかりでいいんですか!」

「──術を教えてくれるのはいいけど、このままじゃ……」



 彼らが入り込めるのは魔界の外側だけだ。建物にも入れない。

 だから普段、魔界の路上や川べりにいる魔物を駆除くじょしている。


 それで満足している者もいる。

 ここにいるのは、もっと名をあげることを望む者たちだった。



『もっと効率のいい方法があるはず』

『自分たちは、それを知らないだけ』

『上位の配信者は、うまいやり方の情報を独占しているのだ』



 そんな不満が、彼らの中で渦を巻いていた。


 彼らを集めたのが、リーダーの青年だ。

 リーダーは、異能者たちに機会を与えると言った。


 ──ランクが低い者たちを育て、有名な異能者にする、と。

 ──能力を持たない者には、異能者のサポート役としての地位を保障すると。


 だから倉庫には、術の訓練のための道具が揃っている。

 炎の魔術に耐える標的。

 氷の魔術が張り付いた板。

 風の魔術で切り裂かれたタイヤなど、様々だ。


「リーダーは、オレらの訓練の様子を動画に撮ってるだけだ!」

「それをネットにアップするのかと思えば、違う。なにもしていない!」

「結果が出てねぇのに……あれをするな。これをするな……って、偉そうに!!」


 少年少女たちが叫び声をあげる。

 それを見回しながら、サングラスの青年は、


「それが新たな『攻略配信』サイトに登録するためだと言ったら、どうする?」


 ──そんなことを言った。 

 集まった者たちが、一斉に沈黙する。


「世の中は広い。『配信者ギルド』とは無関係な、もっと影響力の強い配信サイトがあるのだ。アンダーグラウンドに存在する、選ばれた者しか登録が許されないサイトがな」


 リーダーの青年はタブレットを取り出した。

 その画面を、集まった者たちに示す。

 すると──



「「「おおおおおおっ!?」」」



 歓声が上がった。

 映し出されているのは、魔界の風景だ。

 風景が間際市まぎわしとは違う。世界のどこかにある魔界だろう。


 そこで何者かが、魔術の実験を行っていた。

 化け物に魔術具を取りつけて、使役しえきしているのだ。

 そんな動画は『配信者ギルド』のサイトには存在しない。


 しかも、大量の魔物を操って、魔界攻略を行っているとなればなおさらだ。

 そんな能力を持つ者は、間際市にはいないはずだった。


「サイトの名は『ディープ・マギウス』。神秘の最奥さいおうきわめる者……つまり、選ばれた者だけが登録できる動画配信サイトだ」


 リーダーと呼ばれる青年は、言った。


「『配信者ギルド』など、ぬるい。あんなところで名をあげてどうする?」


 集まった人々を見回しながら、リーダーは続ける。


「『ディープ・マギウス』は完全なる実力主義だ。『配信者ギルド』ではできないような動画も公開されている。配信の収益額も桁違けたちがいだ。ここなら、君たちの才能を活かすことができるだろう!」


 再び、歓声が上がる。

 それが落ち着くのを待って、リーダーは、


「『ディープ・マギウス』に、お前たちの練習風景を送ってある。力を示すことが『ディープ・マギウス』に登録する条件だからだ。お前たちの動画は評価されて、チームは登録に成功した。すでに最初のクエストの依頼が来ている。なんと、魔術具も送ってくれるそうだ」


 男性は続ける。


「数日後、町のとある場所に魔物が出現する。人を襲う、危険なものたちだ。そいつらを君たちが討伐し、人々を救うのだ。君たちは英雄になれるだろう!! 君たちの勇姿ゆうしは『ディープ・マギウス』だけでなく、一般のサイトにも広まるのだ!!」

「「「おおおおおおおおっ!!」」」

「そして我々は、正しい評価を得る! 実力にふさわしい評価と地位をな!!」


 リーダーはさらに説明を続ける。


 ──近いうちに、町中にあるショッピングモールに魔物が現れること。

 ──そこで人々が襲われること。

 ──チームの仲間たちが、危機におちいった人々を救うこと。


 どれも、人々の注目を集めるに違いない。

 その後で、人々を救ったチームのメンバーが『攻略配信』を始める。

 彼らは注目を集めるだろう。

 成功は、約束されたようなものだ。


「間もなくこの場所に『ディープ・マギウス』からの荷物が届く。それを受け取り、書かれている指示に従うのだ」


 リーダーの青年は、皆に告げた。


「私は、計画を邪魔するものを排除する。皆が、正しく役目を果たせるように」


 そう言ってリーダーの青年は、その場を離れた。

 倉庫を出ると、車が待っていた。その横にいるのは、側仕えの少女だ。


「あとの手配は、お前に任せる」


 リーダーは側仕えの少女に向かって、告げた。


「お前はチームの者たちを見張れ。暴走しやすい者たちだから、慎重にな」

「ご主君」

「なんだ?」

「私は、異能者としてはできそこないです」

「知っている。お前は、数字のついた・・・・・・家の者・・・にはなれなかった」

「いずれは異能の世界から身を退くつもりでおります。その後は一般人として、就職を」

「それも聞いている。これが最後の仕事だ」

「ですが……ご主君は本当に、独立勢力を作るおつもりなのですか?」


 側仕えの少女はたずねた。


「本当に、あんなサイトに手を出す必要があったのですか? 『ディープ・マギウス』には、危険な魔術師たちが関わっているといううわさがあるというのに……」

「今回だけだ。二度と関わることはない」


 リーダーと呼ばれる青年は、答えた。


「お前は荷物を受け取り、部下に渡せ。それだけでいい」

「……ご主君」

「お前があの家の次期当主になっていればよかったのにな。そうすれば、私がこんな手間をかけることもなかっただろうに」

「……私は力不足でした。それだけです」

「お前が一般人となった後の面倒は、私が見る」


 そう言い残して、リーダーの青年は車に乗り込む。


「アンダーグラウンドの魔術師など、表舞台では動けない者たちと決まっている。そんな奴らを利用して、表の世界に名を残すのは面白いとは思わないか?」


 そうして彼は、自分のいるべき場所へと向かったのだった。


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 次回、第29話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。



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