第26話「買い物の計画を立てる(1)」

 ──柳也りゅうや視点──




 金曜日の夜、蛍火からメッセージが届いた。


梨亜リア:お買い物に行きませんか?』


 バイトのない日だからまっすぐ帰ってきて、部屋の掃除をしていた。

 それを終えて夕食 (蛍火ほたるびからもらったカップめんと、スーパーのおにぎり)を食べていたら、着信に気づいたんだ。


『梨亜:やっぱり、マンションに桐瀬きりせさんのお部屋をご用意したいのです』

『梨亜:「ポラリス」の福利厚生ふくりこうせいです』

『梨亜:引っ越して欲しいわけではありません。「攻略配信」で遅くなったときのために、泊まれる場所を用意しておきたいのです』


 蛍火のメッセージは続いている。


『梨亜:福利厚生の一環として、桐瀬さんが快適に過ごせるようにしたいのです。でも、男性に必要なものとなると、わたしやレーナにはわかりません。だから、お買い物に行きませんか?』


 魔術結社『ポラリス』は、市内にあるマンションの最上階を借り切っている。

 当然、部屋は余っている。

 俺もそこに住まないかって提案してきているのは、そのせいだ。


 断ったのは、引っ越してしまうと『ポラリス』を辞めたときに面倒になるからだ。

 引っ越し先が見つからないって理由で仕事を辞められなくなるのは困るし。

 ……蛍火の厚意は、ありがたいんだけど。


 この前マンションを訪ねたとき、空いてる部屋を見せてもらった。

 冷蔵庫に洗濯機、机と椅子、テーブルにベッドが備え付けられていた。

 キッチンは広い調理スペースと、4つ口のコンロつき。

 浴室には乾燥機能があって、洗濯物も乾かせるようになってた。すごい。


 だから──


『桐瀬:俺がマンションの部屋を使うとしても、備え付けられているものだけで十分です。特に必要なものはありません』


 俺はそんなメッセージを返した。

 数秒後、返信が来た。


『梨亜:メンタルケアは重要ですよ?』


 ──と、いうことだった。


「梨亜:お気に入りのものを置くことで精神は安定し、よりよく異能を使うことができます。だから、桐瀬さんが落ち着けるように、お部屋を整えたいのです』

『桐瀬:ベッドがあって風呂があって台所があれば十分ですけど?』

『梨亜:んー。なんといいますか』


 蛍火は、しばらく考えているようだった。


『梨亜:わたしは桐瀬さんに、「生きる」ためではなく「暮らす」ための環境を整えてさしあげたいのです。福利厚生とは、そういうものですから』

『桐瀬:そんなに気をつかわなくても』

『梨亜:言い方を変えましょう』


 威張いばった猫のスタンプが届く。

『重要なお話です』というセリフがついてる。蛍火の趣味かな。


『梨亜:わたしたちは魔界攻略のパートナーです。ですから、おたがいの趣味や好みを知る必要があります。おたがいを知ることができれば、よりよく連携を取り、心をあわせて戦うことができるでしょう』

『桐瀬:そういうものなんですか?』

『梨亜:魔界の攻略は危険がともないます。連携が取れるかどうかで、生存率が変わってきます。そんなときのために、パートナーをよく知ることは大切なんです!』


 なるほどわかった。

 魔界『家電量販店』の攻略はスムーズに終わったけど、いつもこうとは限らない。

 ピンチになったときは、俺と蛍火の連携れんけいが重要になる。

 そのために相手のことを知っておこう、ってことか。


『桐瀬:わかりました。買い物に行きましょう』

『梨亜:ありがとうございます! それでは──』


 買い物に行くのは土曜日ということになった。

 場所は市内にあるショッピングモールだ。


『梨亜:わたしも自分用のものを買います。食器やタオル。寝間着や下着。クッションなどです! ちょうど買おうと思っていたのです。わたしと桐瀬さんが、おたがいのことを知るためにもちょうどいいですね』

『柳也:了解です』

『梨亜:それでは当日。よろしくお願いいたします!』


 ぺこり、と、お辞儀をする猫のスタンプが来て、会話は終了した。


 買う物のはマンションに泊まるときに使う日用品。

 費用はもちろん『ポラリス』が負担してくれるそうだ。


 ただし、買ったものはマンションの部屋に置いておくことになる。

 あとは、福利厚生に使ったという実績が必要なので、近いうちにマンションの方に泊まって欲しい、とのことだった。


『ポラリス』は異能者のことを考えてくれてるんだな……。

 異世界の職場では、食器や雑貨なんて選ばせてもらなかったからなぁ。

 皿やカップは欠けてるのが普通だったし、服や靴は『身体の方を合わせろ』って言われていた。


 こっちの世界のバイト先もそうだ。

 前の店員が着ていた制服を支給されて、『持って帰って洗え』『汚れが残ってたら怒鳴る』という感じだった。そのバイトはもう、クビになったけど。


 それに比べたら『ポラリス』は──いや、比べたら蛍火やアルティノに失礼か。

 とんでもなくホワイトだもんな。今の仕事先は。


「でも、蛍火は……少し危なっかしいな」


 出会ったばかりの俺を『ポラリス』にスカウトして、それでアルティノに怒られてたし。

 誇り高い貴族を目指しているのはいいけど、やってることは正義の味方だし。

 俺におばあさんの形見の杖を預けてしまうし。色々と無防備むぼうびすぎる。


 強力な魔術師だから、自分の身くらいは守れるんだろうけど。

 なんというか……放っておけない。


 俺は……異世界で暮らしたせいで、正義もほこりも信じられなくなった。

 あっちの世界は邪竜族との戦争状態だったからな。

 正義や誇りの名の下に人が使い捨てにされたり、人間性をぶちこわされるのを見て来た。

 戦争の結果、人々がどうなるのかも目の当たりにした。

 正義とか誇りとかには、もう、うんざりしてる。


 でも、蛍火は、その両方を持ってる。

 魔界を攻略して人々を助けるという『正義』も、貴族としての『誇り』も。

 そのために命をけている。


 そんな蛍火は俺にとって……少し、まぶしいんだ。

 蛍火が異世界に召喚されたら、世界を救う英雄になってたんだろうな。


 そういう人だから『攻略配信』で人々の注目を集めてるんだろうし、される配信者として、どんどん視聴者を増やしていくんだろうな。


 俺は……蛍火のサポート役でいい。

 蛍火には、正義と誇りを信じたままでいて欲しい。

 光の当たる場所で、主人公のままでいて欲しいんだ。 

 この世界では、異世界みたいなドロドロでぐちゃぐちゃで救いのない種族間絶滅戦争しゅぞくかんぜつめつせんそうは起きていないんだから。


 ……誰かを『す』ってのは、こういう感覚なのかもしれないな。


 そんなことを考えながら、俺は週末の用意をはじめるのだった。

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