第25話「東洋魔術師、動き出す」

 ──その後、とある車の中で──




「勝手に出歩かれては困ります。織姫おりひめさま」


 サングラスを外しながら、女性は言った。


「しかも、八重垣家やえがきけの次期当主ともあろうお方が、あのようなお店に……」

「ハンバーガーというものを食べてみたかったんだよ。あの店は美味しいってコメントが来てたから」


 少女は後部座席で伸びをしながら、


「本当に美味しかったな。店員さんも親切だったし。また行きたいなぁ」

「姫さま!」

「……怒鳴どならなくてもいいじゃないか」

「あなたは、ご自分の立場がわかっていらっしゃるのですか! 八重垣織姫やえがきおりひめさま!」


 叫んだのは、運転席の男性だった。


御身おんみは巫女であり、魔界に侵食されたこの地を浄化するという使命をお持ちなのですよ! ならば、選別せんべつされた食事を取るべきです。ファストフードなどという雑な料理を食べて……それで浄化の力がおとろえたらどうするつもりなのですか!?」

「控えなさい。六曜ろくよう


 八重垣織姫と呼ばれた少女は、りんとした口調で告げた。

 運転席の男性が、反射的に背筋を伸ばす。

 赤信号で車が停まったのを確認して、八重垣織姫は、


「ボクは、自分の状態は常に把握している。ハンバーガーをひとつやふたつ食べたところで、ボクの力に変化はない。心配なら、週末の『攻略配信』までには精進潔斎しょうじんけっさいして体調を整えておく。それでいいだろう」

「……言葉が過ぎたようです。申し訳ありませんでした」

「わたくしからも、六曜ろくようの無礼をお詫びいたします」


 後部座席の女性が、少女に向かって頭を下げる。


「六曜は少し動揺しているようです」

「原因は、さっきのお店でのことかな?」


 八重垣織姫は言った。


「六曜は店員さんたちに『威圧』の術を使ってた。一般の者に異能を使うのは禁止なのにね。でも、ボクもハンバーガーに夢中で注意できなかった。これはボクの失態だ。これは非難されても仕方がないや」

「お、お嬢さま」


 運転席の男性がミラー越しに織姫を見る。

 それから、彼は眉をつり上げて、


不浄ふじょうなる場から姫さまを連れ出すためです。緊急避難が適用されるはずです!」

「──六曜」


 冷えた声が、飛んだ。

 その声に殴られたように、運転席の男性が息をのむ。


「八重垣織姫の名において罰を与える。君が次回の『攻略配信』に出ることを禁じる」

「姫さま!?」

「魔物と戦うための能力を、一般人に振るうなんて論外だ。看過かんかできない」


 八重垣織姫は宣言した。


「君は次の『攻略配信』から外す。これは決定だ。いいね?」

「…………はい」

「店側にはおびをしなければいけないね。七柄、なにか意見はあるかな?」

「私の方で考えておきます。それより姫さま。ふたりでの魔界攻略になりますが。大丈夫でしょうか?」

「次の攻略予定地はCランクだ。ボクと七柄ななつかなら、問題なく攻略できるよ」


 八重垣織姫は、車のシートに身を沈めて、


「六曜が一般人に『威圧』を使ったのは許されることじゃない。でも……効かなかった店員さんがいたね。あの少年は普通に六曜に反論してたもんね」

「私が油断していたのです!」

「あるいは、あの少年が異能者か、だね」


 一般人の中に異能の才能を持つ者がいることは、よくある。

 特に、幼い子どもには異能が発現しやすい。

 異能者の家ではそういう子どもを集めて選抜せんばつし、養子とすることもある。

 あの店の店員も、気づかずに能力を発現させた者のひとりなのかもしれない。


「『威圧』が効かない体質なのか、意識して無効化したのか……興味深いな」

「お嬢さまに申し上げます!」


 運転席の男性が、絞り出すような声で告げる。


「自分が『攻略配信』から外されることに異論はありません」

「ふむ」

「ですが、おふたりで攻略されるのであれば、Dランクの魔界にすべきです。調べたところ、魔術結社『ポラリス』の梨亜リア蛍火ほたるび=ノーザンライトが、『家電量販店』にてDランク攻略速度のレコード2位を達成したとか。織姫さまはこの記録を打ち破り、あの者を3位に転落させなければなりません」

「どうして?」

八重垣やえがき七柄ななつか六曜ろくようの家こそが、間際市の鎮守ちんじゅをつかさどってきたからです。よそものの西洋魔術師には、格の違いを思い知らせる必要が──」

「そんなの興味ない」

「織姫さま!」

「ボクたちの目的は魔界を消して、みんなを安心させることだ」


 八重垣織姫はさとすような口調で、


「八重垣と七柄と六曜は、この町の鎮守をつかさどってきた。その町に魔界が生まれたということは、八重垣たちが町を『魔術災害』から守れなかったということでもある。だから優先しなきゃいけないのは、魔界を消して、町をもとに戻すことだよ」

「織姫さまは外から来た人間だから、なんとでも言えるのです!」

「六曜!? あなたはなにを──」

「黙れ七柄。お前もそうだろう? 六曜家と七柄家の血筋である私たちは、八重垣家の養子となる可能性があった。なのに……八重垣家は外から人を引き入れた」

「やめなさい六曜!」

「織姫さまに能力があるのはわかる。けれど、自覚がおありにならない。八重垣のご当主は間違えたのだ。本来なら、自分たちが──」

「車を停めなさい! そして、黙りなさい、六曜!!」


 女性──七柄の言葉に応じて、運転席の男性が車を停止させる。

 七柄は助手席から降りて、運転席側へ。

 ドアを開けて、六曜の胸ぐらをつかみあげる。


「ご本家の決定に異を唱えるとは何事ですか!」

「……申し訳ない。口が滑った」

「私にびてどうするのです。謝罪なら、姫さまになさい!」

「謝罪は不要だよ。六曜。七柄」


 後部座席の八重垣織姫は、静かに答える。


「ボクが外から来た者というのは、本当のことだもの」

「……姫さま」

「孤児だったボクを、お義母さま──八重垣の当主さまは引き取ってくれた。十五人の候補の中から、ボクを次期当主に見込んで、八重垣の姓をくれた。全部、本当のことだよ」

「姫さま。そのようなおっしゃりようは……」

「隠しても仕方ないじゃない」


 八重垣織姫は肩をすくめた。

 彼女は六曜と視線を合わせる。


 先に視線をらしたのは、六曜の方だった。

 そんな彼に苦笑いしながら、八重垣織姫は、


「六曜がボクを認めないのは勝手だ。そんなことはどうでもいい。ただ、優先順位を間違えないで欲しい。ボクたちが優先すべきは、町の人たちを守ること。彼らを安心させること。魔界を消し去って、人の領域を取り戻すことだ」

「……織姫さま」

「……はい。姫さま」

「六曜はそれに反した。町の人に『威圧』の術を使い、不安を与えた。だから、次の『攻略配信』から外す。わかったかな?」


 八重垣織姫の言葉に、六曜と七柄がうなずく。


「七柄も落ち着いたね。六曜が運転したくないなら、代わってあげるといい。それから、今回の件だけど、外出の許可はちゃんと取ってあったはずだよ。そりゃハンバーガーを食べに行くというのは内緒だったけどさ」


 八重垣織姫は、肩をすくめた。


「だから、君たちはボクを追いかけてくることなんかなかったんだ」

「……自分は、お役目を果たすだけだ」

「八重垣家の次期当主を守るのが、七柄の仕事です」

「それと梨亜=蛍火=ノーザンライトさんのことだけど……六曜が気にするのはわかるよ。あの子、急に力をつけてきてるからね……」


 八重垣織姫も、『攻略配信』の動画はチェックしている。

 魔界の状態や、魔物や配信者の情報は重要だからだ。

 それで梨亜=蛍火=ノーザンライトの動画もチェックしていたのだけど──


「使い魔ブラッド=トキシンか。彼は何者なのだろうね」

「……姫さま?」

「なんでもないよ。それじゃ、安全運転で帰ろう」


 やがて、車は山道に入っていく。

 その先にあるのは、社に囲まれた広大な敷地。

 最奥には巨大な屋敷がある。


 この山ひとつが、八重垣家の持ち物だ。

 八重垣家はいにしえより続く、呪術と陰陽術の名家のひとつ。

 彼らがこの町を拠点としてから、すでに1000年近い時が過ぎている。


 当代において、最も力を持つのが彼女、八重垣織姫。

 そして『攻略配信』でBランクに位置する、異能者だった。



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 次回、第26話は、今日の夕方くらいに更新する予定です。

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