第24話「不審な客に対応する(2)」

 スーツ姿の人物はふたり。

 ひとりは長身の男性。短い黒髪で、サングラスをつけている。

 もうひとりは同じくらい背の高い女性だ。


「……もう来ちゃった」


 ハンバーガーをかじりながら、少女が残念そうにつぶやく。

 直後、黒服たちが彼女に気づいたのか、こっちに向かってくる。


「……姫」


 黒服の男性の声が聞こえた。

 男性は手を伸ばして、少女の手からハンバーガーを取り上げる。


「このようなものは、あなたにふさわしくありません」

「ま、待って。まだ食べてる途中だよ?」

「ふさわしくないと申し上げている!」

「あ、あの、お客さま?」


 やってきたのは店長だった。


「トラブルは困ります。ご注文をされないのならお帰りを──」

「ご容赦ようしゃを」


 男性がサングラスを外して、店長を見た。

 目を合わせた店長が、震え出す。


「このような場所に長居をするつもりはありません。すぐに退店いたします。しばらくの間、ご容赦ようしゃを」

「で、ですが」

「容赦しろと言っている!」


 男性が店長と目を合わせた瞬間──店長の身体が、びくり、と跳ねた。

 男性はにやりと笑って、


「あなたは静かにいていればいい。いいですね!?」

「…………は、はい」


 ガチガチと歯を鳴らしながら、店長が引き下がる。

 顔は真っ青で、目には涙がにじんでる。店長は自分を抱くような格好で、ガタガタと震え出す。

 いくらなんでも様子がおかしい。


 八重垣織姫の知り合いということは、まさか、この男も異能者なのか?

 まさか……こいつ、店長に異能を使ったんのか?


 この仕事している間、嫌な客が来たこともあるけど……店長はなんとか対応してた。ここまでおびえるのははじめてだ。こんなの、普通の反応じゃない。


「少しうかがいたいのですが」


 俺は男性の前に出て、たずねた。


「これはなにか犯罪に関わることでしょうか。当店のお客さまが加害者で、そちらの男性が被害者とか。あるいは、お客さまに食物アレルギーがあって、食べるのを止めようとなさっているのでしょうか?」

「……店員さん」


 少女がすがるような目で、俺を見た。

 俺は彼女に『ここは食事を楽しむ場所だから、それ以外の要望は聞けない』と言った。

 逆を言えば、食事を楽しむのに必要な対応はできるってことだ。


「ここは食事を楽しむ場所です。お客さまでしたら、まずはご注文を。そうでないなら──」

容赦ようしゃをしろと言った! 聞こえなかったのか!?」


 男性がこっちを見た。

 奴の目が一瞬、奇妙な光を放つ。

 魔力的な光だ。やっぱり『威圧いあつ』系の力か。


 さんざん異世界で喰らったからな。『威圧』系の力は。

 王族や貴族が威厳いげんを保つために、普通に使ってたし。

 さすがにもう耐性ができてる。


容赦ようしゃしろと言われても困ります」

「────な!?」


 男性が目を見開く。


「よ、容赦をしろと言ったのだ! 聞こえなかったのか!?」

「聞こえてます。というか、店内で大声を出さないでください」

「この私が頼んでいるのだぞ!?」


 ふたたび男性が、俺をにらむ。

 さっきより眼光が鋭い。というか、実際に光って見える。

『威圧』の威力を上げたらしい。効かないけど。


「俺はあなたのことを知りません。お客じゃないなら、命令を聞く理由はないです」

「…………な、なんだと?」

「ここは食事を楽しむ場所です」


 俺は男性をまっすぐに見返して、告げる。


「お客さまの迷惑になる行為はやめてください。食事の邪魔をするなら、出て行ってもらいましょうか」


 野球帽の少女はハンバーガーを取り上げられて、しょぼん、としてる。

 好きなものが食べられないのは辛いよな。


「あなた方はこちらのお客さまのお知り合いの方なのですか? そうでないなら、あなたが商品を取り上げようとしたことは、窃盗せっとう恐喝きょうかつですよね。場合によっては通報しますけど」

「や、やめろ! さもないと──!」

「人を威圧するような言い方はやめてください」

「…………ぐ。ぐぬ」

「お客さまじゃないなら、お引き取りください」

「…………う」


『威圧』が効かないのがわかったのだろう。

 男性は助けを求めるように、隣の女性に視線を向けた。

 女性は、ため息をついて、男性の手からハンバーガーを取り上げる。


「失礼いたしました。姫さま」


 女性はそれを少女の前に置いて、一礼した。


「お店の方にも迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。おびします」

「…………ボクも、ごめんなさい」


 そう言ったのは、少女の方だった。

 彼女は俺と店長に頭を下げて、


「このふたりは、ボクの知り合いです。ボクの姿が見えないので心配して探しに来たんです。だから、警察に通報するのは……かんべんしてあげて」

「承知しました」


 俺は一礼して引き下がる、


「ですが、こちらの方々が店内にいらっしゃるのなら、まずはご注文をお願いします。そうでないなら、外でお待ちいただければと」

「わかりました。二人とも、店員さんの言う通りにして」

「承知しました。姫さま」

「……わかりましたよ」


 男性と女性は、素直に注文カウンターに向かう。

 カウンターに入っていた先輩に、持ち帰りでなにか注文している。

 けれど、食べる気はなさそうだ。

 ふたりは袋に入った商品を手に、少女の前の椅子に座る。

 男性は俺をにらんでいる。『なんだお前は。文句があるのか』という感じだ。


 もちろん、文句はない。

 こっちは店員として仕事をしただけだからな。


『ここは食事を楽しむ場所』『注文しないでうろついている客には注意を』というのは、店のルールだ。そのルールを決めた店長は、まだ青い顔で、震えてるんだけど。


「……助かったよ。桐瀬くん」

「いえいえ」

「怖くなかったのかい? かなり迫力のある相手だったけど」

「仕事ですから」

「あの人たち、仕返しとかに来ないよね? 大丈夫だよね?」

「ないと思います」


 俺は少し、考えてから、


「もしもそういうことがあったら、俺をクビにしてください。失礼なことをした店員をクビにした。店側はなにも知らない。それで文句を言ってくることは、たぶん、ないと思います」

「君をクビになんかできるわけないじゃないか」

「そうなんですか?」

「……君は仕事のできる人だよ。私は、評価してるよ」


 店長は真面目な顔で、そんなことを言った。


「それはともかく、桐瀬くん」

「はい?」

「君……ゴールデンウィークが終わってから、ずいぶん落ち着いてるよね。なにかあったのかい?」

「そうでしょうか?」

「生活が厳しいからバイトを入れまくってたんだよね。なのに、シフトも減らしてる。もしかして……この前のことがあって、仕事を辞めようとしてるのかい?」


 店長は青い顔で、俺に頭を下げた。


「あれは私が悪かったよ。危険なところに配達をさせてごめん。あんなことはもうしないから、辞めないで欲しいな。君がこの店に必要な人だってわかったから……」

「気にしてませんよ。それに、先のことはわかりません」

「そ、そうか」


 店長は不安そうな顔で、うなずいた。


「とにかく、トラブルは私の方でなんとかするよ。大人だからね」


 そう言って、店長はバックヤードに戻っていった。


 それから、俺はまた仕事に戻った。

 客席をまわりながら、テーブルの掃除をしていると──



「…………ありがとうございました」



 帽子をかぶった少女が、俺のところに来て、頭を下げた。


「こういうお店に来るのははじめてだけど、美味しかった。ありがとうございました」

「またのお越しをお待ちしております」

「そ、それじゃ、失礼します!」


 勢いよく頭を下げて、少女は帰って行った。

 黒ずくめの男女も一緒だった。

 そちらのふたりは無言のまま、こちらを見ることもなく帰って行ったのだった。


「おつかれさま。後輩くん」

「先輩も、おつかれさまです」

「不思議なお客さんだったね。店長、あわてすぎだけど」

「そうですね。ところで先輩」

「なにかな?」

「あの3人に見おぼえはないですか?」

「ないよ。確かに、女の子は可愛かったね。芸能人かな?」

「……かもしれないですね」


 俺は彼女が、異能者の八重垣織姫やえがきおりひめだと思ったんだけど。

 まぁ、俺があの人たちと関わることはないか。

 後から来たふたりは、こういう店を嫌っているみたいだし。


 それに、八重垣織姫は上位ランクの配信者だ。『攻略配信』を始めたばかりの俺とはレベルが違う。

 たぶん、関わることはないんじゃないかな。


 俺はそんなことを考えながら、仕事を続けるのだった。



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 次回、第25話は、明日のお昼くらいに更新する予定です。

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