第23話「不審な客に対応する(1)」

 ──柳也りゅうや視点──



桐瀬きりせくん。不審ふしんなお客がいるから気をつけて」


 そう店長に言われたのは、俺がフロアに戻った後だった。

 指さす先を見ると……うん。確かに、変な客がいるな。


 古ぼけた野球帽やきゅうぼう目深まぶかに被り、色の濃い眼鏡をかけて、口にはマスク。

 だぼだぼの服で体型を隠しているから、男性か女性かもわからない。

 そんな人物が、店の入り口でうろうろしていた。


 ……いや、あれは男性じゃないな。女性だ。

鑑定かんてい』スキルのせいか、見た目で性別くらいはわかる。


 異世界エルサゥアには色々な種族がいたからな。

 男性か女性か。身分は高いか低いか。人間か亜種族か。そういうのを見分ける能力が必要だったんだ。


「いらっしゃいませー」


 やがて、野球帽の女性が店に入ってきた。

 彼女はうつむき加減で、きょろきょろと左右を見回している。

 人目を気にしているようだ。


 でも、足取りはしっかりしてる。

 武術を学んでいる人物にも見える。

 左右を見回したのも一度だけ。あとはまっすぐ、こちらに向かってくる。


 そして──



「……板前いたまえのおすすめを」



 よくわからないことを言った。


「申し訳ありません。そのようなご注文はうけたまわれません」

「ふぇっ!?」

「メニューはこちらです。どうぞ」


 俺はカウンター上のメニュー表を指し示す。

 彼女はびっくりしたような顔で、俺とメニュー表を見比べる。


「あ、あの……おすすめは」

「ただいまのお時間ですと、夜セットがお安くなっております」

「じゃ、じゃあそれで!」

「サイドメニューは……」

「おすすめで!」

「ポテトでよろしいですか?」

「おすすめで!」

「ドリンクは……」

「おすす──」

「当店はコーヒーが──」

「それで!」

「こちらでお召し上がりですか──」

「それで!!」

「ありがとうございました。お支払いは──」

「これで!」


 お客は財布をまるごと差し出してきた。

 いや、困るんだけど。


 なんとかお願いして、現金を出してもらう。そうそう、お札を……いや、1万円札10枚出してどうするんだ。うちはそんな高級店じゃないから。

 はい。お釣り……いや、なんで困った顔をしてるんだ?

 え? 財布を使うのに慣れてない?

 じゃあお釣りは上着のポケットに入れて……そうです。落とさないようにね。


「ありがとうございました。商品はあちらのカウンターでお渡しします」

「…………ありがとう、ございました」


 ……でも、なんだろう。声に聞き覚えがある。

 直接聞いたわけじゃない。動画で聞いたような。


 魔界攻略を終えてから、勉強のために色々な『攻略動画』を見た。

 一番多く見たのが蛍火の動画。その次が東洋魔術師の八重垣織姫やえがきおりひめのものだ。目の前にいるお客は、彼女に似ているような気がする。


「でも……東洋魔術師の八重垣織姫やえがきおりひめが、こんなところに来るわけないか」



 ──どがががごろんっ!



 すごい音がした。

 さっきのお客が、カウンターにぶつかって転びかけた音だった。


 お客が振り返る。

 転びかけたせいで、眼鏡が吹っ飛んでる。

 あ、間違いない。八重垣織姫だ。

 なるほど。有名配信者だから、人目につかないように変装してるのか。


 でも、すごいな。

 俺は小さな声でつぶやいただけなのに、聞こえたのか。

 強力な異能者は聴覚ちょうかくも鋭いんだな。


「お待たせしました。セットでお待ちのお客さま」

「は、はいいいっ!」


 野球帽のお客が声をあげる。

 彼女は商品の乗ったトレーを受け取って──


「え、えっと……」


 ──どうしたらいいのかわからないみたいに、周囲を見回してる。

 しょうがないな。


「お客さま。あちらの席はいかがでしょうか」

「そこで!」

「静かで人目につかず、落ち着く席です」

「ぜひに!」


 こくこくこく、と、彼女はうなずいた。

 俺は先に立って、彼女を席へと案内する。

 客も少ないし、これくらいしてもいいだろう。


「あ、あの……店員さん」

「はい」

「ボクは、八重垣織姫じゃないよ?」


 眼鏡をかけ直した少女は、そんなことを言った。


「よく間違われるんだけど、違うよ。別人だよ?」

「かしこまりました」

「本当だよ!?」

「承知いたしました」


 有名配信者も大変だ。

『攻略配信』は、全世界のどこからでも見られるようになっている。

 だから蛍火は認識阻害にんしきそがいの効果があるメイクをしてる。

 そうしないと、外を歩くのも大変になるからだ。


 だけど、視聴者数が多くなればなるほど、特定されやすくなる。

 そんな状態で生活するのは大変だろうな。


「あ、あのあの。店員さん!」


 持ち場に戻ろうとしたら、呼び止められた。


「あの、これって、どうやって食べれば……」


 少女は袋に入ったハンバーガーを手に、途方にくれた顔をしてた。


「袋を開くとハンバーガーが出てきます。そのままかぶりついてください」

「ありがとう!」


 少女はぎこちない手つきで包み紙をほどき、ハンバーガーを取り出す。

 そのまま口をいっぱいに開いて、かぶりついた。


「────おいしい」

「それでは、失礼します」

「あ、あのっ!」


 ……まだなにかあるの?


「あなたを、親切な方と見込んで、お願いがあるんだ」

「なんでしょうか」

「黒いスーツを着た人たちがボクを探してたら、知らないと言ってもらえないかな」

「それは……」

「お願いだよ。ボクはただ、美味しいものを食べたいだけなんだ」

「申し訳ありません。そのようなご要望は……」

「……そうなんだ」

「ここは食事を楽しむ場所ですから、それ以外のことは難しいです」

「うん。わかった。無理言ってごめんね……」


 彼女はまた、ハンバーガーを食べ始める。

 ちなみに、ポテトの食べ方を教えると『え? 直接つまんでいいの』とびっくりされた。


 同じ異能者でも、蛍火とはまったく違う。

 外の世界を知らない箱入りのお嬢さま、という感じだ。

 蛍火ほたるび以外の異能者って、こんな感じなんだろうか。


 そんなことを考えていると──



「いらっしゃいませお客さま。待ち合わせですか? あの、ちょっと。ご注文は……お客さま!?」


 

 ──店長があわてる声が聞こえた。

 見ると、黒い背広を着た人物が、客席の方に来るのが見えた。


 少女が言っていた通りの人物だった。



──────────────────────



 次回、第24話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。

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